「修羅場」ナバホ体験記

彼らの敷地に入った瞬間、ぞっとするほどの嫌な空気を肌で感じて鳥肌が立った。

私が暮らしていたトレーラーハウスに入ると、私のベッドの上に彼が腰掛いていた。 彼の隣には、機関銃の手入れをしている別の大男がいる。

??? どういうこと???

トレーラーハウスには鍵があって、鍵は一つしかないと聞かされていた。 つまり、私しか持っていないはずだった。

彼らは合鍵を持っていたんだ。 私には一つしかないと嘘をついていた・・・。

私は無理やり笑顔を作って、男性に 「元気?」 と挨拶をした。

彼も 「やぁ」 と返事をした。 彼もまた、作り笑いを浮かべた。

彼は大男の事を、自分の従兄弟だと紹介した。  従兄弟は、私と握手をしようとせず、私の挨拶に対する返答もせず、ただ黙々と機関銃をクロスで磨いている。

私の両手と両足がかすかに震え始めた。 それを気付かれまいと必死に平静をつくろいながら、私は荷物をまとめはじめた。

「何してるんだ?」 男性がすかさず大声で私に聞いた。

「ナバホの両親の家に引っ越そうと思って…。今までありがとうね」

そう返答すると、彼の表情がさっと青ざめた。 彼は従兄弟に目で合図をし、従兄弟はさっとトレーラーハウスの外に出ていった。 部屋の中には私と彼だけが残された。

彼はすごい勢いで私の体を引き寄せ、「君を愛している。出て行かないでくれ。ずっと俺とここにいてくれ。 1人ぼっちにしないでくれ」 と懇願した。

びっくりして突き放そうとしたが、彼の力が強すぎて身動きができない。

「何言ってるの? あなたには奥さんがいるじゃない? あなたは1人じゃない」

「俺の事を好きだって言ったじゃないか?」と彼が続ける。

 ・・・確かに私はそう言った。 それは覚えている。 何日か前に彼が ”Do you like me?” と聞いたとき、軽く”Yeah” と答えた。

でも私は ”I love you.” と言った訳ではない。 私の中では、 ”like” と ”love” は全く別物だった。 だから友人として ”like” を使っても罪ではないと勝手に解釈していた。 それに、友人同士でも親しければ ”I love you” ってみんな簡単に言うし・・・。

 「俺の事を好きだと言ってくれたのに……。 君も俺を裏切るのか? 君も俺を捨てるのか? 許さない。 君を絶対に放すつもりはない。 ここから出て行くことは絶対に許さない」

泣き落としでは駄目だと感じたのか、彼は従兄弟を家の中に呼んだ。 彼の従兄弟は大柄な男で、 身長は180センチを軽く超えている。 しかも銃を持っている。 ・・・冗談でしょ?・・・  しかし、従兄弟は全然笑顔じゃない・・・。

もう駄目だと思った。 こんな所で殺されてしまうんだろうか? 体がガタガタと震えた。 涙と鼻水まみれで、本当に惨めな姿だった。

そのとき、トレーラーハウスの外で、車のドアが開く音がした。 一緒に住んでいたナバホ女が帰ってきたのだ。 平日の昼間に、彼女が帰ってくるなんてことは今までなかった。

彼女は私の名前を呼んだ。 優しく呼んだという訳ではなく、切羽詰った声で叫んだ。

私が彼女の家に入ろうとすると、彼も私の後ろから付いて来て一緒に入ろうとした。 それを彼女が制した。

「私はこの子に用事があるの。 あんたは外で待っていなさい」

彼女にぴしゃりと言われて、彼は怖気づいた子犬のように後ずさった。

「さてと……。何があったのかを話してごらんよ」

彼女はそう切り出した。

どうして彼女が平日のこの時間に家に戻ってきたのか理由を知りたかったのだが、聞かない方が良いような気がした。

私は、「ナバホ両親の家に引っ越すことにした」 とだけ彼女に言った。

「どうしてなの? もっと話すことがあるでしょ? 全部話してよ」 と彼女は執拗に問い続けたが、私はそれ以上何も言わなかった。

彼女は大きなため息をついてから、こう言った。

「彼はあなたを愛してるって私に言ったのよ。 あなたと結婚するつもりだと。 あなたもそれに同意したともね」

どうしてそんな話になってるの? 

「そんなこと言ってない!」私はそう反論した。「友人として好きだとは言ったけど、愛しているとは言ってない! 結婚するなんて言ってない!」

「同じ事よ」 と彼女が私を制した。

「あなたが彼を炊き付けたことには変わりは無い。 彼は精神的に病んでいる。 私は彼から離れたいとずっと願ってきた。 彼の世話をするのがもう嫌になった。 だからあなたに彼を引き取ってもらいたいと思ってる」