ある日、ナバホ父が私をピースメイキングの講演に誘ってくれた。講演の前日はナバホ父の古い友人宅に泊めてもらうことになった。
その友人の家は郊外にある一軒屋で、取り立てておかしいところはなかった。
しかし、一歩家の中に入ると、何かとても悲しくて苦しい感情が押し寄せてきた。
友人は私達に冷たい飲み物を提供してくれて、3人でしばらく談笑をしたのだが、その間中、私はむしょうに外の空気を吸いに行く必要性を感じた。
二人にお詫びを言ってバルコニーに出ると、さらにネガティブな感情が悪化した。吐き気がして、立っていられないほどになったのだ。あまりにも突然すぎる出来事だったので、何が何だか分からなかった。
バルコニーから部屋の中に戻った瞬間、父は私の異変に気付き、「窓を開けておけ」と言った。
あまりにも吐き気がひどかったため、父に対してうなづくことすらできず、私はトイレに駆け込んで、一気に吐いた。吐きながら涙が出てきて、激しい嗚咽が漏れる。だが、その理由は全く分からなかった。そのときには特に悩み事も無かったし、悲しくなる要因も無かったからだ。
吐き終わった後、平静を装って部屋に戻った。父には心配をかけたくなかったからだ。しかし、父は静かな口調でこう言った。 「用心しなさい。黒い影が君の後ろをついていったのが見えた」
ぞっとした。確かに何かが後ろをついてきている感覚はあったのだが、父から指摘されなければそのまま気のせいだと思い込もうとしていた。
その瞬間、友人の愛犬トビーが「そうだ、そうだ」と言わんばかりに、私の背後に向かって激しく吠え立てた。
父は静かに私に手招きをして、父の目の前に座るようにと指示した。
父はメディスンバッグからセージとクリスタルを取り出した。
「今からクリスタルゲイジングをして、君の後ろについた黒い影の正体を教えてもらう。黒い影が伝えたいことを知って、癒してあげて、君を解放するように頼んでみよう。そうでなければ、君はずっとそのネガティブな想いに支配されてしまう」
父はまず、何もしていない状態でのクリスタルを私に覗かせた。「この状態を覚えておきなさい。クリスタルゲイジングの祈りの後では、クリスタルの見え方が異なってくるからー」
それから父は、ナバホ語でチャントを唱えながらクリスタルをセージで浄化した。
祈りを終えて、父はクリスタルを覗き込んだ。しばらくしてから、父は「大体の事情は分かった」と言った。
そして、私の方に向き直り、こう言った。 「君自身がクリスタルから情報をもらって、君が癒しのための祈りをしなければならない。クリスタルに祈りを捧げてから、どういう事情なのか、この黒い影が何を求めているのかを教えてもらいなさい」
真摯な気持ちになってクリスタルに祈りを捧げ、クリスタルの中を覗き込んだ。私の勘違いなのか、クリスタルは祈りを捧げる前とは見える光景が異なっていた。女の人が頭を下げている姿が見える。「悲しい、悔しい、どうしてなのか分からない、なぜ? なぜ私が?」そんなような単語のイメージが次々に湧き上がる。その意味が分からなかった。
「クリスタルが教えてくれたことを話してごらん」と父が私に言った。
私は自分に見えた光景、感情に対して半信半疑だったので、父には「何も視えないし、何も感じない」と嘘をついた。間違うことが怖かったし、自分にそういう力があるとは信じていなかったのだ。
父はじっと静かに待っていた。「自分の視たもの、感じたものを信じなさい。君には俺と同じものが視えているって分かっているんだよ」と優しく言ってくれた。
その言葉に助けられ、私はぽつぽつと視たもの、感じたものを父に話した。
そのとき父と私に視えていたのは、以前この家に住んでいた黒人女性の姿だった。この家で見知らぬ人に暴力を受け、ひどく殴られて殺された。目玉が飛び出るほど殴られて、レイプされた。女性は死んでからも、理由が分からないまま、この場所で誰かに助けてもらおうとしていた。どこに行けば良いのか、どうすれば良いのかわからずに・・・
私と父は彼女に対して話しかけた。
「この場所で痛みを伴い、苦しみを味わい、辛い想いをしたんですね。あなたの辛さは十分伝わりました。その痛みや苦しみは今日で終わりにしましょう。なぜなら、あなたはもうこの世界に肉体を持たないスピリットになったのだから。あなたの故郷であるスピリットワールドにまっすぐ戻ってください。そこでは、あなたに近いスピリット達が待っていてくれて、あなたの受けた傷を癒してくれます。いつまでもここに残って、苦しんでいる必要はないのですよ。どうか、苦しみや怒りを手放して、まっすぐスピリットワールドに帰ってください」
祈りを捧げている間に、ネガティブな空気が段々と晴れていった。そうして、いよいよ女性のスピリットがここを去ること決断をしたんだなと思った瞬間、トビーが天井に向かって「クゥン」と小さく鳴いた。天井が数回、ミシミシと音を立てて、その後はシンと静まり返った。
父と私は互いに顔を見合わせ、「彼女はスピリットワールドへ向かったんだね」と言った。
それが、私の初めてのクリスタルゲイジング体験だった。
それから父は、少年のようないたずらっ子の表情で私にこう言った。
「俺の娘は素直じゃないなー。視えていたくせに、どうして視えないなんて嘘をつくんだ? 正しい場所で正しい人といるときには、素直になって良いんだよ。君はスピリチュアルな道を歩いていくために、もっともっと修行を積む必要があるな」
