ナバホ父の人生の旅 ナバホ体験記

現在のナバホ父からは想像がつかないのだが、父は若い頃、失敗を繰り返していたらしい。 父は、敬謙なキリスト教徒である母親と、ナバホの伝統的な教えを重んじる父親の元で、7人兄弟として生を受けた。 少年時代はとても貧しく、小学生の頃からガソリンスタンドなどでアルバイトをした。 心の奥ではナバホの伝統的な教えを重んじていたのに、それを完全否定する母親から命令されて、彼は毎週日曜には必ずキリスト教の教会に出向き、説教を聞かされた。 その中で彼が最も嫌だったのは、「キリストを信じない者は、地獄に落ちる」という教えだったらしい。 青年期になると、彼は地元のギャングのメンバーになり、仲間達と悪い遊びに手を染めるようになる。 「ここは自分の居る場所ではない」、「自分は悪いことをしている」 と頭で分かっていながらも、家族の愛に飢えていた彼は、ギャングメンバー達からの偽りの家族表現が居心地良く思えたし、寂しさが癒されるような気がしていた。 その後、父は地元のコミュニティカレッジに進み、ナバホ母と出会った。 つまり、両親はお互いに初めて付き合った人と結婚したのだ。 コミュニティカレッジを卒業後、父はナバホ部族の警察官として 20 年ほど勤めた。 警察官としての職業は、まずナバホの法律を学ぶところから始めた。 警察官としての職業を通して、彼はナバホの人々の悲しい実態を目の当たりにする。 何度も同じ間違いを犯す人々。 そういった人々は、父の寂しい少年期・青年期を彷彿させるものがあった。 そんな中で、彼は、人々を癒すことがしたい、と考えるようになった。 1990年、彼は長年働いた警察官としての職を辞任し、警備員のアルバイトを始めた。 ある日、出会った人が 「ピースメイカーとして働いてみないか」 と父に勧めてくれた。  当時父は、ピースメイキングとはどういうものなのか、ピースメイカーとはどのようなことを行なう人なのかを知らなかった。 最初の3ヶ月間は試用期間で、まともな給料が出なかったのだが、父はがむしゃらに勉強した。 どんな小さなケースでも、父は手を抜くことなく、精神誠意を尽くして人々の和解に尽力した。 そうして、試用期間が終わる頃、父はその業績を認められ、正式に部族のピースメイカーとして雇ってもらえることになった。 ピースメイカーとしての職を進めていくうちに、父はある方向性を見出した。 「自分にはナバホの伝統的な教えを重んじていきたい、ナバホの大切な教えを人々に広く伝えていきたい」 ということだった。 ********** ある日、父はセレモニーを開いてもらうため、メディスンマンの元を訪ねた。 そのセレモニーの中で、父はスピリット達に 「人々に教えを正しく伝えるため、話す能力を与えてください」 と祈った。 セレモニーの中で、スピリット達は父に、ある指示を与えた。 それは詳細な指示で、「XX月XX日に、XXXXという場所へ車で向かい、祈りを捧げる。その後、4歩歩いたところで、黒いダイヤモンドを見つけるだろう。そのダイヤモンドをその日から4日間口の中に含めたままで、大切な教えを人々に共有すること」 というものだった。 そうして彼は、そのメッセージに忠実にとある場所へと向かうと、本当に黒いダイヤモンドを見つけることができた。 **************** 現在、父は、ナバホのピースメイカーとして、全米と全国でのピースメイキング講演やセッションを開催依頼が殺到するほどに忙しくなった。 それでも父は今でも、方向性を見失いそうになったときは、スピリット達に助けを請うている。 この話をしてくれたとき、父は最期にこう締めくくった。 「祈りは本当に聞き入れてもらえるんだよ。だから祈りの力を信じていなさい」

「下水タンク」  ナバホ体験記

一ヶ月程、ナバホグランマ・ナバホグランパのトレーラーハウスに住んでいたことがある。 グランマ宅に引っ越してから1週間目に、ある事件が起きた。 その日グランマはトイレに行ったきり、なかなかキッチンに戻ってこなかった。心配になって見に行くと、グランマがトイレの中であたふたしている。トイレの水が流れずに溢れ出てきた、というのである。 その日初めて知ったのだが、この辺りには公共の下水管はまだ引かれていないので、各家には下水を貯蓄するタンクが設置されている。タンク内の汚水が一杯になったら専門業者を呼んでタンク内の汚水を吸い取ってもらう必要があるらしい。 この作業は一般家庭なら半年毎に行うのだが、グランマ達はあまり水を使わない(シャワーを浴びるのも3日に1回程度)ので、前回業者を呼んだのは何と3年も前のこと。 業者を呼ぶ前にやっておかなければいけない問題があった。2人は下水タンクの場所を覚えていないというのだ。3人で外に出て探してみるが、やはり見付からない。何しろ3年も前の話である。頻繁に起こる砂嵐のせいで、タンクの蓋の上に土が被さってしまっている。穴を掘って探すしかない。 グランパは「確かこの辺りだった。」と大体の場所を指差す。あちらこちらに穴を掘り続けて6時間後、ようやく地面から1.5 Mほど掘ったところでタンクの蓋が見付かった。タンクの隣に目印の棒が立ててあったのだが、土がすっかりと覆い隠していたのである。 それにしても、あの日は本当によく働いた。あまりの筋肉痛で、歯ブラシすら持てないほど手の筋肉が麻痺していたのだから…。 その日以来、私は節水の鬼になったのは言うまでも無い。

「家に居なさい」  ナバホ体験記

スバルちゃんが深い眠りに入ってしまってからは、毎朝、毎晩、「車を直して下さい」 としつこいほどお祈りを続けた。 いろんな人が修理を試みてくれてもどうしても直らないということが4週間も経つと、さすがの私もとうとう腹をくくり、しばらくは車無しで過ごす決意をした。 その日の夜、夢を見た。 夢の中に、私の守護霊様が現れた。 「あなたの車は私達が意味あって、わざと止めたのです。 あなたは今、正しい場所に正しい人達と過ごしています。 もしあなたの車が今も動いていたら、きっとあなたはあちこちの友人を訪ね回って、ほとんど毎日家を留守にしていたでしょう?」 と言うのである。 確かに、車が故障したお陰で、私はナバホ家族と共に過ごす時間が多くなった。 もし車が快調に動いていたら、間違いなくほぼ毎日出歩いていたに違いない。 守護霊様はこう続けた。 「そろそろ、あなたの車を直してあげましょう。 あなたは故障原因が電気系統だと思っているようですが、ガソリン系統を調べてみなさい」 ***************** この夢を見た翌朝、私はミュージアムに出掛けた。 そこで友人マニュエルとバッタリ遭遇した。 マニュエルがスバルちゃんの容態を聞いてくれたので、私は彼に夢の話をした。 「まさかとは思うけど、念のためガソリン系統を調べてもらえない?」 その日の午後、マニュエルが家に来てくれた。 彼が車の下に潜ってチェックすると、ガソリンポンプが破損していることが分かった。 その日の内に新品のガソリンポンプを購入して交換すると、スバルちゃんのエンジンがついに掛かったのである。 それ以来、スバルちゃんは快調に走り続けている。 それにしても、こんなことってあるんだなぁ。確かに車が止まってからの4週間、私はナバホ家族と共に有意義な時間を過ごしていたのだった。 *****t******** 後日談になるが、あのとき守護霊様が車を壊してくれたのは、私と夫の仲を取り持つためだったんだと思う。 この頃から私とナバホ弟(現在の夫)は、付き合うようになったのだから・・・。

「ボッタクリ被害」  ナバホ体験記

スバルちゃんが停止してから、連日のようにいろんな知人が家にやってきては、車を修理しようと試みてくれた。ナバホ父、ナバホ弟A、友人T,友人M、ナバホ叔母のボーイフレンドE、ナバホ従兄弟Cなどなど。 しかし、誰もスバルちゃんの故障原因を突き止めることは出来なかった。 エンジン音はしているが、スタートしないという状態だったので、「電気系統に間違いない」ということで皆の意見は一致していた。 この時点で既に電気ケーブル一式とコイルなどの部品交換は全て完了。 それでも直らないので、車屋さんに見てもらうことにした。 ツェ・ボニートという町に一件、車修理ショップがある。ここが一番近いショップだった。この店に、スバルちゃんを牽引した。 店側は「診断料金は66ドル。故障原因が分かったら、その部品代金と工賃は別途。工賃は一時間70ドル」だと言われた。 「高いな!」とは思ったが、他に手立てがないので仕方が無い。 診断を頼むことにした。 診断結果はディストリビューター・アセンブリーの一部品が故障しているので修理が必要との事。 部品代金だけで260ドル。トータルで330ドルを支払い、部品を購入。 「部品交換は難しいですか?」 と聞くとメカニックの兄ちゃんは 「手間は掛かるけど難しいものじゃない。本を見ながらやれば出来るさ」という返事。 ショップに交換を依頼すると工賃を取られるので、ナバホ弟Aが交換してくれることになった。 その後もしつこくメカニックの兄ちゃんに 「診断結果には自信があるんだろうね?絶対この部品を交換したら直るんだろうね?」 と確認すると、「絶対この部品だと確信しています」 との返事。 家に戻って部品交換したが、やはりエンジンは掛からない。 店に戻って「お宅の診断結果は間違っていた。だから全額返金しろ」 とごねてみたが、一セントも戻ってこなかった。 しかしこちらとしては納得がいかない。 診断結果は間違っていたのだし、それにこんな小さなプラスチックの部品が260ドルもする訳が無いじゃないか? こちらが日本人女性だからバカにして吹っかけられたのだろうか? ギャラップの車部品ショップで部品の値段を調べると、ディストリビューターのアセンブリーセット本体が169ドルだという。 やはりボラれていた!! *********** その後、ナバホ父が、お店の大ボスに交渉しに行ってくれた。 大物二人の交渉によって結局220ドルは戻って来たが、それでもこちらの怒りは消えない。 日本人のオンナだからと言って値段を吹っかける。 しかもちゃんと看板を上げた店が…。 私が交渉してもダメなのに、ナバホ父が交渉すると、先方はあっさりお金を返してきた。 クッソー!!私はまだまだ風貌でなめられているんだ! 瞬時にいかついおっさんの顔に顔を変身させる術があれば良いのに・・・。 それにしても私はまだまだ短気だ。  

「車購入 第二弾」  ナバホ体験記

また長期滞在が出来ることになったので、再度車を購入することにした。今回の予算は1000ドル以下。絶対条件は4駆車であること。それ以外は妥協するつもりだった。 前回と同じようにアルバカーキへ出向き、売りに出ている車を探したが、大抵は2000ドル前後。なかなかピンとくる車が見付からない。探し始めて一週間後、800ドルで売り出されていた83年もののスバル(4WD)に出会った。今回も見た瞬間に「コレダ!!」と感じたので即決購入。値段は750ドルにまけてもらった。 見た目はオンボロでいかにもレズカー(保留地仕様の車 Reservation Car)という風貌だったが、よく走ってくれたので非常に満足していた。 ところがこのスバルちゃんは、購入日からわずか2週間でダウンした。デコボコ道を走行している途中でいきなりエンジンが停止してしまったのだ。でもそこは保留地内である。車が止まって数分しか経っていないのに、車に詳しい友人が「たまたま」そばを通りかかってくれたので、友人がすぐに修理してくれて、スバルちゃんはまた走り出した。その時掛かった費用は7ドルのみ。友人はディストリビューター・キャップの接続部が磨耗していると言ったので、この部品を交換するだけで良かった。 それから4日目、家を出て5分ほどすると、またエンジン停止。今回は普通に走行中に故障してしまったのだ。車を脇に寄せて、ナバホ父のオフィスまで歩くことにした。 道路脇を歩き始めると、何台もの車が止まってくれる。別に親指を出してヒッチハイクをしようとしている訳でも無いのに、「乗せてやろうか?」と申し出てくれる車が多い。最初の3台は丁重にお断りしたのだが、4台目の車が止まった時は私も歩き疲れていたので乗せてもらうことにした。 ドライバーは40代半ばの男性。彼は何やら飲み物を飲みながらの運転。よく見ると、何とそれはビールではないか?「あのぅ、それってビールに似てますよね?」と聞くと「似てるというかビールだよ。」との返事。!!マズイ!!そこでまた、丁重にお礼を言って、車を降ろしてもらった。もう、知らない人の車に乗せてもらうのはやめることにした。 やっとの思いでナバホ父のオフィスに辿り着いたが、あいにくナバホ父は外出中。仕方が無いのでまた車の所までトボトボ歩いて戻った。 私の車が見える距離まで歩くと、そこには人だかりが出来ていた。ナバホ母、ナバホ弟A,ナバホ弟Bと友人TとM。私の車の後ろには3台の車が停まっている。私の車が道路脇に停まっているのを見付け、ビックリして集まってくれたらしい。 「電気系統のどこかが故障してるんだろう。」という結論に至ったのだが、修理できる人が誰も居なかったので、その日はナバホ弟Aのトラックで牽引してもらい、家に戻った。 その日は特に心配していなかった。またすぐに直るだろうと確信していたからだ。

「消防士の訓練」  ナバホ体験記

消防士のトレーナーをしている友人が、消防士のフィールド・トレーニングに招待してくれた。 ナバホ保留地の首都ウィンドウロックから4時間のハイクに行くというのである。 20人ほどの訓練生が4つのチームに分かれていた。 私はその内の一つに入れてもらい、最後尾に加わった。 チームは常に仲間の調子を見ながら進まなければいけない。 消防士の仕事はチームワークが成功を決める第一条件だかららしい。 私達は縦一列になって歩く。 自分の前を進む仲間が言った言葉は全て大声で繰り返すのがルールになっていた。 「足元注意!」「頭上注意!」「急な斜面だ、気を付けろ!」などなど。 私の前にいた青年はやたらと叫んでいた。「車だ!」「カラスだ!」「蛇だ!と思ったら棒だった!」など、つまらないことまで。しんどいので無視していると、「オイ、俺が言ったことをちゃんと後方に伝えてくれよ!」とニヤニヤと笑いながら後ろを振り返る。 汗だくでゼイゼイ言いながら必死で歩いている私をからかっていたのだ。 彼はまだまだ余裕の表情だった。 たかがハイクだと思っていたが、実際はキツイのなんのって…。 しっかり前後左右、上下を見て歩かなければ足をくじいたりこけたりする可能性もある。 普段使っていない神経や筋肉をフル活用して歩いた。 ************* 突然、私の太ももにチクリと痛みを感じた。 虫にかまれたのだ。 クモなのかアリなのか定かではなかった。 ここには毒グモが存在するのを知っているので、不安になった。 私の異変に気付いた友人が、かまれたところを見せろと言った。 傷を見せると友人は、「アリだな」と言って、その周辺をしばらく歩き回って何かを探した。 探し物が見つかると、友人はその場所にしゃがみ込んで、ポケットから何やら取り出した。 タデディンバッグだった。 これはナバホなら誰でも持っているもので、お祈りに使うトウモロコシの花粉が入った袋だ。  友人は、私のために虫さされを癒す薬草を探してくれていたのだった。 彼はその薬草にナバホ語でお祈りをして、それからトウモロコシの花粉をオファーした。 それから、私にも同じ事をやるように言った。 「今からあなたを薬草として使わせていただきます。 どうか私の傷を癒して下さい」 と祈りを捧げ、トウモロコシの花粉をオファーしてから薬草を使う分だけ取らせてもらう。 友人はこの薬草の使い方を説明してくれた。 1) この薬草を数時間水に浸す。 2) 薬草が柔らかくなったら、指で軽くこすって薬草の汁を患部に塗りこむ。 大切なのは、そのときに薬草に対して感謝の気持ちを伝えること。 3) 翌朝は早く起きて、東の方角に向かって歩く。 同じような薬草が生えている場所を見付けて、まずお祈りをする。 4) 薬草をとして使わせてもらった事のお礼を述べる。 それから大地に使用済みの薬草を戻し、その上にトウモロコシの花粉をオファーする。 5) この作業は誰にも見られてはいけない。 *************** 余談だが、ナバホなら誰でも薬草ハーブを知っているという訳ではない。 この友人の母親は、メディシンウーマンでハーバリスト(ハーブ研究者)だったので、彼は子供の頃から薬草に関する知識を学んだのだそうだ。