ラコタの親族関係を言い表す言葉で、tiospaye という語がある。これは 「拡大家族」 という意味だ。
ラコタの親族関係は、一般社会のものと少し異なる。
ちょっとややこしいのだが、説明しておきたい。
ここに、一般的な家族、(父親、母親、子供)がいるとしよう。
日本なら、子供からすれば、父親、母親は一人ずつだ。
しかしラコタでは、父親の兄弟も 「父」で、その子供は 「兄弟姉妹」になる。父親の姉妹は、「叔母」 で、その子供は「従兄弟」になる。
同様に、母親の姉妹も 「母」で、その子供は「兄弟姉妹」となる。母親の兄弟は、「叔父」 で、その子供は「従兄弟」となる。
つまり、「お父さん」「お母さん」と呼べる人が一人きりではなく、「兄弟」「姉妹」と呼べる人も一人きりではないのだ。
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私はこのことを知らなかったので、ラコタ兄にやたらと 「兄弟」「姉妹」 が多いことに驚いていた。後で聞くと、こういうことだったのだ。
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この拡大家族制度は、ラコタ国で今も生きている。このことによって、子供たちはより多くのサポートや愛情を受ける事ができる。
保留地を訪れたことがある人なら誰でも経験していると思うが、保留地の子供たちはとても人懐っこい。それはこの拡大家族という環境で育ったお陰なのだ。この拡大家族の恩恵を受けている子供たちは、大人になってから社会の中やコミュニティの中でも柔軟に対処していく術を身に付けている。
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ちなみに、ラコタ語で 「兄」 は ティーブロ(tibloーー女性から兄を呼ぶ言葉) と言う。私がラコタ兄のことを “ティーブロ” と呼ぶと、ラコタ兄はとても嬉しそうだった。
ここにまた、ラコタの文化背景がある。
ラコタの人々にとっての価値観もまた、一般社会のものとは異なる。
伝統的なラコタにとっての “富” とか “裕福さ” というのは、物質や財産、家畜の数などではなく、「何人、親族と呼べる人がいるか?」 ということによって決まる。 物質、財産、家畜といったものは見せ掛けの富や裕福さであり、精神性の向上や精神的な幸せにはつながらない。真の富とか裕福さ、幸福は、「どれだけ寛大になれるか?」 ということで決まると考えられている。
ラコタにはギブアウェイという考え方がある。“ある人が無い人に出してあげよう”、という考え方だ。ここにも、ラコタの伝統的な考え方が盛り込まれている。ギブアウェイは、その人がいかに寛大であるかを示すものなのだ。
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現代の日本では核家族が主流になっているが、私達日本人の祖先もかつては大家族で生活してきた。
保留地にはこの古き良き時代の名残が、今もしっかり残っている。
私達が保留地を訪れて懐かしさを感じるのは、私達のDNAが同じ価値観を覚えているからなのだろう。
