2006年5月20日。この日は乗馬をすることになっていた。
牧場を持っているラコタ兄の従兄弟の家まで、車で一時間ほど。とても、ワクワクしていた。私は馬が大好きなのだ。
馬に乗る順番は、何となく早いもの勝ちのような雰囲気が漂っていた。一頭づつ馬に鞍を装着して、「この馬は誰が乗る?」 と聞いていくという感じだった。
体の大きな茶毛の馬が鞍を付けている間、私はその馬に見とれていた。きれいな馬だったのだ。
ボスが 「この馬は誰が乗る?」 と聞いたとき、私は勇ましく 「私!!」 と名乗りを上げた。しかし、ボスにあっさりと却下された。「君の順番はもう少し後。僕と君の両方が馬に乗ってしまったら、通訳をする人が残らなくなってしまうだろ?」
しょんぼりと肩を落とす。”そっか。私はスタッフだから、こんな時はお客さんを優先させてあげなきゃいけないんだ…” そうは言っても、ボスは誰よりも先に馬に乗っていたけど…。
結局その馬には、別の女性客が乗る事になった。メンバーの内の半数ほどが馬に乗って、トラックの外に出て行った。
ラコタ兄と私は、馬の群れの後を歩いてついていき、お客さん達を見守る事にした。トラックを出てから、馬の一行は小川の方向に向かって進んでいた。どの馬もゆったりと歩いていて、危険は無さそうだった。
馬の一行は小川を越えて、小さな丘を登ろうとしていた。その時、ある事件が起きた。
1人の女性が、馬から落ちた。私が乗ろうとしていた馬に乗った女性のお客さん。その瞬間の映像は、今も私の脳裏に焼きついている。
上り坂に差し掛かって、馬の足取りが急にギャロップになった。その瞬間、女性の体が馬から離れ、背中側から宙に浮いて、地面に落ちた。一瞬の出来事だったのに、スローモーションのように見えた。
次の瞬間、ラコタ兄と私は彼女の元に走り出した。小川の水量は膝くらいまであったのだが、靴を脱ぐこととか、ズボンをたくし上げようなどという考えは、微塵も起こらなかった。とにかく、全速力で彼女の元に走っていった。
ボスとラコタ兄の奥さんが馬に乗った状態で、お客さんに話しかけていた。
ーー大丈夫ですか?ーー
ーー頭を打ちましたか?--
ーーどこか痛い所はありますか?--
落馬した女性が、か細い声で何とか返答している。
ーー頭は打っていない。背中とお尻から落ちたので、そこが痛いーー
こんな時、どうすれば良いんだっけ? 確か、学生時代の保健の授業で、応急処置の方法を習ったはず。えっと、確か…、後続事故の危険がある場合を除いて、患者を動かしてはいけないって習ったっけ…。
そんなことを考えていると、ラコタ兄がこう言った。
「上半身を起こさせるんだ」
エッ? 動かしちゃいけないんじゃないの? でもこの人の職業はカウボーイ。自分も落馬経験があるだろうし、落馬した人の対処法も知っているはずだ。この人が助けてくれる。
「体を起こして、座れますか?」 と私が聞くと、お客さんは 「体が痛すぎてムリ」 だと言う。それでもラコタ兄は、「無理にでも体を起こさせるんだ」 と言い張る。
若い男の子と私の2人で お客さんの体を支えて、体を起こさせた。するとラコタ兄が、「よし、座れるな。今度は立たせてみろ」 と言う。体を動かす度に、お客さんの表情が苦痛でゆがむ。何とか自分の足で立ってもらった後、ラコタ兄は お客さんに片足ずつ動かしてみるようにと言い、それから全身を順番に動かさせた。ラコタ兄が 「どうやら、骨は折れていないようだな」 と言った。
その間に、ラコタ兄の奥さんが急いで車の所へ戻り、ピックアップトラックを運転してその場に戻ってきた。
ラコタ兄が楽々と 落馬した女性の体を担ぎ上げ、ピックアップトラックの助手席に乗せた。お客さんは、ラコタ兄の従兄弟の家に担ぎ込まれた。
ラコタ兄の従兄弟もその奥さんも、のんびりと構えている。「落馬したの? あぁ、そうなの? じゃ、しばらく休んでいけば?」 という感じ。この人たちからすれば、落馬など日常茶飯事なのだろう。
落馬した女性はしばらく家の中で休む事になった。
後でラコタ兄に聞いたのだが、落馬した場合は、頭を打った場合や骨が折れている場合を除いて、すぐに体を動かさなければならないのだそうだ。そうしなければ、筋肉が硬直してしまって、本当に動けなくなってしまうらしい。
それに、ラコタ兄はこんなことも言っていた。
「乗馬には落馬はつきものだ。落馬しても、馬を怖がらずにまた挑戦する。そうすると、次回は 「カウガール」 並みにうまく乗りこなせるのだ…」 と。
