シャイアン・リバー・スー部族両院に到着し、落馬した女性を診察室に連れて行った。
医者がやってきて、問診を行う。医者の質問の中で、いくつか意味が不明な単語があったので、それを何度か聞き直す、ということをした。
そのことが、女性客を不安にさせてしまう原因になったのだと思う。きっと悪気は全く無かったのだろうが、女性は私にこう言った。
「私は英語が話せるし、アメリカの病院に来た事もあるの。だから、そばにいてくれなくても良いわよ」
その言葉が、とてもショックだった。 “あなたの助けなんていらない!” そんな風に聞こえた。思わず、後ずさりした。病室から走って出て行ってしまいたい心境だった。しかし、ボスも医者も、私にそうさせなかった。「患者がパニックになる恐れだってある。だから、何と言われようが、彼女のそばについていてあげなさい」 と。
医者の問診が終わると、レントゲンを撮ることになった。病室とレントゲン室は少し離れている。レントゲン技師が、女性を乗せた車椅子を押してレントゲン室まで移動する間、私は肩を落としてついていった。 “あなたの助けなんていらないわよ” そんな風な言葉が、頭の中でグルグルと回る。
レントゲン室では、結構長い時間待たされた。女性客と2人っきりの時間が、とても長く感じた。
女性はこう言った。
「レントゲンを取る間は、外に出ていた方が良いわよ。あなたはまだ若いから将来子供を身ごもることになるでしょう。 出来る限り、レントゲンの放射能を浴びない方が良いと思うの」
彼女は本当に私の体を心配して、こう言ってくれたのだと思う。 そこで私は、レントゲン室の外で待つ事にした。
たかがレントゲンなのに、とても長い時間掛かった。 あまりにも長いので心配になり、中に入ろうとした。 しかし、中から鍵が掛かっていて、入れなかった。
やっとレントゲン技師が、部屋から出てきた。彼女は先程よりもさらに顔色が悪くなり、げっそりしている。
中で一体何があったのだろう? レントゲンを取るだけで、これほど体力が消耗するものなのか?
私はレントゲン技師に聞いた。
「レントゲンを撮るだけなのに、どうしてこんなに時間が掛かったんですか?」
すると、レントゲン技師は薄ら笑いを浮かべて、こう答えた。
「いやぁ、4枚取ったんだけど、使えないものばかりだったんで、最後の1枚でやっと使える写真が撮れたんだよね」
何だって? お前のせいで、こんなに時間が掛かって言うのか? それにお前、何でへらへら笑ってるんだよ?
女性によると、レントゲンを撮るためにはベッドに上がらなければならず、そのベッドが高い位置だったから上がるまでに苦労した、のだとか。
「あいつ、全然手を貸してくれなかったの?」
と私が聞くと、女性は黙ってうなづいた。
何てヤツなんだ? 怒鳴りたい気持ちが込み上げてきたが、まだ彼女の治療は終わっていない。私がここで怒鳴った所で、どうにもならないことは分かっていた。
病室に戻って、レントゲン技師が医者にレントゲン写真を手渡した。医者はそれに一瞬目をやり、それから妙な表情をして、女性客の元にやってきた。
「あなたが怪我したのは、右足ですよね? 彼が撮ったのは左足のレントゲン写真だったんです。これじゃダメだ。レントゲンを撮り直します。」
レントゲン技師がまた半笑いの表情で、こちらにやってきた。私は精一杯怒りを抑えて、レントゲン技師にこう言った。
「彼女は全身打撲で、ちょっと体を動かすだけでも大変なんです。それを分かってあげて下さい」
それに対して、アホのレントゲン技師はこんな返答をした。
「彼女が痛みを感じていようがいまいが、俺には全く関係ない。レントゲンの撮り直しも、俺は全く気にしない。俺はちっとも構わない」
私の全身を、熱い血が駆け巡っていった。私はレントゲン技師に対して、激怒していた。よっぽど何か言ってやろうかと思ったが、とにかくまだ治療の途中なのだ。私が怒鳴る事によって大変な目に遭うのは、私ではなく 彼女なのだ。そう思って、怒りを飲み込み、何も言わないでおいた。
そうは言っても、私が怒っていることは明らかだったので、レントゲン技師はこんなことを聞いてきた。
「俺の事を訴えたりしないよな? 俺は俺なりに仕事をまっとうしてるんだ。君が俺を訴える事なんて出来ないぜ」
誰も一言も、訴えるなどと言っていない。第一、私はあれから何も言っていないのだ。さすが、アメリカの病院のスタッフだ。患者に訴えられるということを、最も恐れているのだろう。
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それから 女性客はレントゲンの撮り直しを終え、また病室に戻った。いろんなことが起こって、やりきれない気持ちだった。彼女が病室で医者を待っている間、私は待合室で待つ事にした。
その時ボスは、その場にいなかった。ラコタ兄と一緒に、私達の食べ物を買いに行ってくれていたのだ。
一刻も早く、ボスとラコタ兄に会いたかった。私一人では、不安でたまらなかったのだ。
ようやく、ボスとラコタ兄が待合室に戻ってきた。私は、ボスが買ってきてくれたハンバーガーをほおばった。空腹なのに、ちっとも美味しく感じない。無理やり流し込んでいるという感じだった。
ボスが私に 「おい、大丈夫か?」 と聞いた。ボスの目は、彼が私の気持ちをすべて感じ取ってくれていることを物語っている。不覚にも、私は泣き出した。 それから、ポツリポツリと、私は心の中を吐き出していった。
女性客から 「そばにいてくれなくても良い」 と言われて、落ち込んだということ。 彼女が私を信用してくれていないのが悲しいということ。 それが、私の実力不足から来ていることを、充分分かっている。 そのことが悔しいのだということ。 アホなレントゲン技師のこと。 レントゲン室から出てきた 女性客が、とてもやつれてげっそりしていたこと。 一人で待っている間、とても不安だったということ。
ボスとラコタ兄は、私の背中をさすってくれた。その手がふんわりと優しくて、私はほっとした。
病室の中へは、ボスとラコタ兄も一緒に入ってくれることになった。
そこから先は、とても心強かった。撮り直しのレントゲン写真の結果、骨折はしていないことが判明。アメリカの病院にはシップ薬がないので、アイスノンを2つほどもらった。それと、痛み止めの薬をもらった。
やっと終わった。病院で診てもらえて、私達はみんな、ほっとした。
************** ちなみに… 後日談だが、 落馬した女性は帰国してから日本の病院で診てもらったらしい。肋骨が折れていたそうで、全治一ヶ月だと言われたそうだ。そう言えば、アメリカの病院では、足のレントゲンしか撮らず、胸のレントゲンは撮っていなかった。普通、落馬したとなると、当然胸のレントゲンを撮るべきなのに…。でもその時は、胸のレントゲンのことなど全く思いつかなかった…。
