22.お見送りラコタツアー 

2006年5月23日。ツアー最終日。

4時半に起床してシャワーを浴び、バタバタと支度をしてラピッドシティ空港へ向かう。

全員分のチェックインを済ますことが、私の最後の大仕事になった。私達がチェックインカウンターに到着したときには既に時間ギリギリだったので、空港係員から 「もう時間がありません。急いでください!」 と急かされながらの作業だった。

現在ノースウェスト航空では、預かり荷物の制限重量は 50ポンド ( 23 キロ) までとなっている。私と、もう一人の女性客の荷物は重量オーバーになり、25ドルを支払うようにと言われた。その時既に、空港係員からは 「荷物受付終了まであと1分です」 と急かされていた。私の荷物の重量は 57ポンド、つまりたった3キロ程のオーバーだった。

こういう場合は、泣きつくに限る。私は瞬時にモードを切り替え、精一杯のかわいらしい笑顔とおどおどした表情を作って、係員に頼み込んだ。

「規則だってことは十分分かっているんですけどぉ、今回だけ見逃してもらえませんか? そうしていただけると、とっても助かるんですぅ…」

私の経験上、大抵はこの作戦が有効なのだが、今回の係員には通用しなかった。彼は、ぴしゃりとこう言い捨てた。

「私どもの航空会社では、一切例外を許可しておりません!」

チッ! ダメだったか? 仕方なくそのまま25ドルを支払い、ゲートまでダッシュで駆け込んだ。たかが25ドル、されど25ドルだ。貧乏な私にとっては、切実なのである。

ちなみに余談だが、後日、別の空港係員に確認したところ、預けられる荷物は 23 キロが2つまで、つまり合計で 46 キロまで大丈夫だったのだ。私はスーツケースの中にボストンバッグを持っていたので、それを使って荷物を2つに分ければ良かっただけの話である。

それに、私が後日乗ったフライトでもすべて、私の預け荷物は60ポンドを超えており、制限重量を4キロほどオーバーしていたのだが、どこのカウンターでも 「これくらいなら良いよ」 と言ってくれた。結局の所、係員の気分次第なのだ。

******************

話をツアーに戻そう。

ツアーメンバーは、このまま3本飛行機を乗り継いで、関空まで戻ることになっていた。最終の便、デトロイトから関空までの席が、若い男の子 K 以外、誰も取れておらず、座席欄に “At Gate” と表示されていた。それがとても気になっていたのだが、ボスがいるから大丈夫だろうとも思っていた。

一本目のフライトは全員同じで、ミネアポリス空港まで。ここから、落馬した女性客は個人旅行の予定があったので、先にみんなと別れることになった。

別れ際に、彼女は私にこう言ってくれた。

「いろいろ助けてくれてありがとう。特に病院で付き添ってくれていた時には、本当に心強かった。ありがとうね」

涙がこぼれそうになった。彼女は私のふがいなさを怒り、全く信頼してくれていないと感じていたからだ。だからこの一言で、本当に心が癒された。

それでも、これからまだ7人のメンバーをお見送りしなければならない。最後は笑顔で見送りたいと思っていたので、私は涙を必死でこらえていた。何か言葉を発すると、涙がこぼれそうだったので、彼女に何も言えなかった。なので、今この場で、きちんとお礼を述べておきたい。

あの時のあの言葉、とても嬉しかったです。私の方こそ、あなたには、いろんな箇所でさりげなく、助けていただきました。良い学びも、たくさんもらいました。本当に、ありがとうございました。

************************

それから、他のメンバーを見送る番になった。

1人ひとり、丁寧に言葉をかけてお別れをした。涙腺が弱くて嫌になってしまう。でもこの瞬間はもう二度と帰って来ない。そう思うと、すべての出会い、すべての瞬間が愛おしくてたまらない。

*************************

ボスは、いつもと変わらぬ笑顔で私にハグをくれた。

「ナバホの家族によろしく。7月のツアーもよろしく頼む」

そうなんだ。私はまた一ヶ月半後、新しいツアーメンバーと共にこの大地に戻ってくる。今回得た学びを生かし、次回に備えよう。

**************************

最後に、ツアーのみなさんへ。

今回は本当にありがとうございました。このツアーの通訳をさせていただいたこと、貴重な体験を共有させていただいたことに、本当に感謝しています。

私にとってみなさんは、一つの大きな家族のようでした。みなさんの助けがあったからこそ、このツアーを無事に終えることができました。

また近いうち、日本で皆さんにお会いできる日を楽しみにしています。