ナバホ父は、数年前にナバホピースメイキング機関という非営利団体(一応、会社登録をした)を立ち上げた。私とナバホ父は将来、この会社の延長のアクティブティとして、世界中の人をナバホ国に招き、セッションをしたいという夢を持っている。参加者が宿泊できるように、現在、ナバホ両親の家の敷地内に B&B (ベッドアンドブレックファースト)となる建物を建設中である。 但し、この建物の建設はすべて自分達が手作業で行なっているため、非常にゆっくりなペースでしか進んでいない。 現在の時点では、基礎工事と外壁が終わったばかりである。 それでは、このインスティテュートの使命および目標をここに掲げておきたい。 1.世界各国から参加者を集い、ナバホ国に招待する。 このステップでは、ナバホの人々に伝わる知恵を参加者に共有する。 参加者達は、大地と共に生きる方法や、自然界に生きるその他の生物、動物や鳥達、爬虫類、植物などと共存共栄するために必要な知恵を学ぶ。 2.参加者達の生活している場所では、大地と共に生きるためにどのような方法が行なわれてきたのかを、参加者達が発表する。 参加者達の国の先人たちが守ってきた伝統や知恵を発表し、それらが現在どのようになったのかという変貌についても発表する。 先人たちの知恵をもう一度見直し、生活環境を変えるためにはどんなことができるのかを、具体例を出しながら、意見を出し合う。 3.ナバホの人々の生活振りを見せてもらうため、伝統的な暮らしをしている人々を訪問する。 ナバホの聖地を訪問し、その場所に言い伝えられている先人の知恵や神話を学ぶ。 4.参加者達が今回のナバホ国訪問で得られた情報について、さらに話し合う。 参加者全員が意見を発表する機会を設ける。 5.各人にできることを、皆の前で意思表明する。 6.参加者が自分達の住む国に戻った後、実現できたことや実現が難しいことなどを報告しあう。 このプロジェクトは、まだ私とナバホ父との間で、試行錯誤を繰り返している段階である。 ナバホの理念に基づくなら、私達は今、黒の段階に入ったばかりだ。 しかし、このプロジェクトは必ず、今の黒の段階から、黄、青、白の段階へと進んでいくと、私は確信している。
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ピースメイキングセッション(感想) ナバホ体験記
ある日のピースメイキングの講演会では、参加者が白人、ホピ、アパッチ、カイオワなどのネイティブインディアンの人々という風に異なる人種が集まった。このセッションでの参加者の感想が特に印象的だったので、ここに記録しておきたい。 イギリス人とドイツ人のハーフの男性 「私は誰よりも短気な性格で、そのことがいつも嫌で仕方がなかった。 しかし、今回の講演会に参加して、怒りを無理に抑える必要はないのだ、と分かった。 怒りを表現することによって、相手に気付かせることもできるし、話し合いを始めるきっかけを作ることにもなる。自分のことを頭ごなしに否定するのは、今日限りでやめようと思った」 アメリカ人女性 「私はずっと白人社会で生きてきたので、幼少時代から議論の方法を叩き込まれて成長した。 議論の時には、いかに相手に負けないように自分を表現するのか、ということに執着してきた。 しかし、今日の講演会に参加して、常に勝ち続ける必要はないということ、常に自分の意見を主張し続ける必要はないということ、時には話し合いの場に参加して、他の参加者達の意見に耳を傾けるのみでも良いのだということが分かった。 相手を打ち負かすことに重点をおいてきた自分にとっては、これらのことに気付けたことが貴重な体験になった」 幼少時代をナバホ国で過ごした、アメリカ人女性 「私は幼少時代をナバホ国で過ごしたので、自分が白人だという感覚はなかった。成人して都会に移り住み、普通のアメリカ人の中で生活するようになって初めて、いかに貴重な体験をナバホ国でさせてもらっていたのかということに気付いた。 今回の講演会を聞いていて、プエブロ族のダンス会場での出来事を思い出した。 ネイティブの人達のダンス会場では、最前列に老人や子供のための座席を用意していることがある。 ネイティブなら誰でもそのことを知っているので、前の方が開いていたとしても、決してその場所を占拠したりしない。 しかし、その日は白人のツアー客も観光に来ていた。 ツアー客達はまっすぐに開いている座席に腰を下ろした。 自分は、その人達と同じ種族であることを恥じるだけで、何も行動を起こせなかったのだが、一人の勇気あるネイティブの青年がそのツアー客のところへ行き、事情を説明した。 するとツアー客は快くその席を空けてくれたのだった。 そのときに私は、行動しなかったことを恥じた。 今日の講演で学んだ通り、白人のツアー客はただ知らなかっただけ。 ネイティブの青年は自分の持っている知識を共有することによって、ツアー客をプエブロ族の一員に引き込むことに成功したのだし、相互理解のための一助にもなった。 ホピの男性 「1880年代、ホピ部族の代表はアメリカ政府と話し合いを持つため、ワシントンDCに招集された。だが、ホピの代表者達は分かっていた。自分達が都会に出て行けば、立ち振る舞いも分からずにみじめな負け方をするだけだと。 1885年春、18人のホピがアルカトラズ刑務所に入れられ、2年間収容された。 その頃、ホピの人々がキバに集まって話し合いの場を持った。ホピが生き残るためには、白人の言葉、白人の考え方を学ばなければならない時代に入った。 ホピはあくまでもホピとして生きていきたかったのだが、白人の文化を受け入れなければ、ホピの言葉や生活習慣も滅びてしまう。 今まで、白人の文化を受け入れることは負けることだと感じてきたのだが、今回の講演の中で、受け入れることが一つの解決策のきっかけになるかもしれないと感じた」 カイオワの男性 「今回の講演を聞いて、自分がカイオワであるというアイデンティティをもう一度見直し、誇りを持つ機会が与えられた。 ネイティブの人達は、大地にしっかりと根付いている。 だからこそ、大地に対する愛情が深いのだ。 今日の講演で、知識を共有することの大切さを学んだので、今後は部族内での知識の共有や、広く白人の人達への知識の共有にも携わっていこうと思う」
クリスタルゲイジング ナバホ体験記
ある日、ナバホ父が私をピースメイキングの講演に誘ってくれた。講演の前日はナバホ父の古い友人宅に泊めてもらうことになった。 その友人の家は郊外にある一軒屋で、取り立てておかしいところはなかった。 しかし、一歩家の中に入ると、何かとても悲しくて苦しい感情が押し寄せてきた。 友人は私達に冷たい飲み物を提供してくれて、3人でしばらく談笑をしたのだが、その間中、私はむしょうに外の空気を吸いに行く必要性を感じた。 二人にお詫びを言ってバルコニーに出ると、さらにネガティブな感情が悪化した。吐き気がして、立っていられないほどになったのだ。あまりにも突然すぎる出来事だったので、何が何だか分からなかった。 バルコニーから部屋の中に戻った瞬間、父は私の異変に気付き、「窓を開けておけ」と言った。 あまりにも吐き気がひどかったため、父に対してうなづくことすらできず、私はトイレに駆け込んで、一気に吐いた。吐きながら涙が出てきて、激しい嗚咽が漏れる。だが、その理由は全く分からなかった。そのときには特に悩み事も無かったし、悲しくなる要因も無かったからだ。 吐き終わった後、平静を装って部屋に戻った。父には心配をかけたくなかったからだ。しかし、父は静かな口調でこう言った。 「用心しなさい。黒い影が君の後ろをついていったのが見えた」 ぞっとした。確かに何かが後ろをついてきている感覚はあったのだが、父から指摘されなければそのまま気のせいだと思い込もうとしていた。 その瞬間、友人の愛犬トビーが「そうだ、そうだ」と言わんばかりに、私の背後に向かって激しく吠え立てた。 父は静かに私に手招きをして、父の目の前に座るようにと指示した。 父はメディスンバッグからセージとクリスタルを取り出した。 「今からクリスタルゲイジングをして、君の後ろについた黒い影の正体を教えてもらう。黒い影が伝えたいことを知って、癒してあげて、君を解放するように頼んでみよう。そうでなければ、君はずっとそのネガティブな想いに支配されてしまう」 父はまず、何もしていない状態でのクリスタルを私に覗かせた。「この状態を覚えておきなさい。クリスタルゲイジングの祈りの後では、クリスタルの見え方が異なってくるからー」 それから父は、ナバホ語でチャントを唱えながらクリスタルをセージで浄化した。 祈りを終えて、父はクリスタルを覗き込んだ。しばらくしてから、父は「大体の事情は分かった」と言った。 そして、私の方に向き直り、こう言った。 「君自身がクリスタルから情報をもらって、君が癒しのための祈りをしなければならない。クリスタルに祈りを捧げてから、どういう事情なのか、この黒い影が何を求めているのかを教えてもらいなさい」 真摯な気持ちになってクリスタルに祈りを捧げ、クリスタルの中を覗き込んだ。私の勘違いなのか、クリスタルは祈りを捧げる前とは見える光景が異なっていた。女の人が頭を下げている姿が見える。「悲しい、悔しい、どうしてなのか分からない、なぜ? なぜ私が?」そんなような単語のイメージが次々に湧き上がる。その意味が分からなかった。 「クリスタルが教えてくれたことを話してごらん」と父が私に言った。 私は自分に見えた光景、感情に対して半信半疑だったので、父には「何も視えないし、何も感じない」と嘘をついた。間違うことが怖かったし、自分にそういう力があるとは信じていなかったのだ。 父はじっと静かに待っていた。「自分の視たもの、感じたものを信じなさい。君には俺と同じものが視えているって分かっているんだよ」と優しく言ってくれた。 その言葉に助けられ、私はぽつぽつと視たもの、感じたものを父に話した。 そのとき父と私に視えていたのは、以前この家に住んでいた黒人女性の姿だった。この家で見知らぬ人に暴力を受け、ひどく殴られて殺された。目玉が飛び出るほど殴られて、レイプされた。女性は死んでからも、理由が分からないまま、この場所で誰かに助けてもらおうとしていた。どこに行けば良いのか、どうすれば良いのかわからずに・・・ 私と父は彼女に対して話しかけた。 「この場所で痛みを伴い、苦しみを味わい、辛い想いをしたんですね。あなたの辛さは十分伝わりました。その痛みや苦しみは今日で終わりにしましょう。なぜなら、あなたはもうこの世界に肉体を持たないスピリットになったのだから。あなたの故郷であるスピリットワールドにまっすぐ戻ってください。そこでは、あなたに近いスピリット達が待っていてくれて、あなたの受けた傷を癒してくれます。いつまでもここに残って、苦しんでいる必要はないのですよ。どうか、苦しみや怒りを手放して、まっすぐスピリットワールドに帰ってください」 祈りを捧げている間に、ネガティブな空気が段々と晴れていった。そうして、いよいよ女性のスピリットがここを去ること決断をしたんだなと思った瞬間、トビーが天井に向かって「クゥン」と小さく鳴いた。天井が数回、ミシミシと音を立てて、その後はシンと静まり返った。 父と私は互いに顔を見合わせ、「彼女はスピリットワールドへ向かったんだね」と言った。 それが、私の初めてのクリスタルゲイジング体験だった。 それから父は、少年のようないたずらっ子の表情で私にこう言った。 「俺の娘は素直じゃないなー。視えていたくせに、どうして視えないなんて嘘をつくんだ? 正しい場所で正しい人といるときには、素直になって良いんだよ。君はスピリチュアルな道を歩いていくために、もっともっと修行を積む必要があるな」
人間の能力 ナバホ体験記
ナバホ父がこんなことを話していた。 人間の脳は宇宙の広さに匹敵するほどの能力を秘めているが、実際に使われているのはほんの僅かな部分のみだ。 脳には制限がないのだから、何歳になっても学ぶ姿勢を崩してはいけない。 スピリットワールドに戻る最後の瞬間まで、人間は学び続けなければならない。そうやって努力したこと、経験したこと、学んだことは魂に記憶されるので、次の人生でも活用することができる。人生の中で、無駄なことは一つもない。 Everything is good for your spirit, whenever you enjoy and try hard. 現代は文明が進んで暮らしやすい世の中になったといわれているが、実のところ、ずっと以前にこの地球で暮らしていた人間には現代の人間よりももっと優れた能力があった。 自然と共存して暮らしていた頃の人々は、動物のことも植物のことも知り尽くしていた。祈りの方法も熟知していた。ナバホの神話に登場する双子の男の子達は、物理的に離れていてもお互いにテレパシーを使って意思疎通が図れていた。 そういった知恵や知識、第六感などは、文明の進歩とともに薄れてしまってはいるが、決してなくなってしまっている訳ではない。DNAにしっかりと刻み込まれているからだ。思い出すことさえできれば、現代の人間達が古代の人々のように暮らすことだって可能なんだ、と。
インディアンネーム ナバホ体験記
ナバホ国で私自身の Hozhooji ceremony を受けたことがある。 これは beauty way ceremony とも呼ばれるもので、corn pollun road (正しい道)に戻るため必要なサポートをHoly People に祈るための儀式だ。 今回私が行なったセレモニーそのものは2日間。 初日はセレモニーを受ける前の準備としてのクレンジングセレモニー。 セレモニー中はネガティブな想いが一切入ってはいけないため、心と体を浄化しておく必要がある。 昼間は、体の浄化。 ユッカの茎を水で泡立てて石鹸を作り、髪の毛と体を洗う。 夜は、ネガティブな想いをすべて出し切る。これらの不要なものを出し切ってしまい、手放すという作業をする。すべてのネガティブな想いは、セレモニー用のタバコの煙によって、宇宙に戻す。 Hoply People がこれらを浄化させてくれる環。 2日目は夕方から本格的なものになる。最初に患者である私が、このセレモニーで達成したいことを述べる。 その後、メディスンマンがナバホ語で祈りの言葉を話し、それを私が一字一句同じように復唱していく。 これはセレモニーに対するコミットメントのような役割を果たし、「心身を浄化してこのセレモニーに望みます。私はまっさらの状態でこのセレモニーに敬意を払っています。 私に今後必要なサポートをどうぞ与えてください」 というような内容のことを自ら述べる。 セレモニー終盤に差し掛かった頃、私にナバホネームが与えられた。 Toh Bizhool ateed (mist girl) 霧が太陽の光を浴びるとき、虹が生まれる。 それはすべてが調和できた瞬間を意味し、また調和の美しさの象徴でもある。 私がこの虹を見るときにはいつでも、Holy Peopleからの特別なメッセージがあるときなのだそうだ。
ナバホ父の人生の旅 ナバホ体験記
現在のナバホ父からは想像がつかないのだが、父は若い頃、失敗を繰り返していたらしい。 父は、敬謙なキリスト教徒である母親と、ナバホの伝統的な教えを重んじる父親の元で、7人兄弟として生を受けた。 少年時代はとても貧しく、小学生の頃からガソリンスタンドなどでアルバイトをした。 心の奥ではナバホの伝統的な教えを重んじていたのに、それを完全否定する母親から命令されて、彼は毎週日曜には必ずキリスト教の教会に出向き、説教を聞かされた。 その中で彼が最も嫌だったのは、「キリストを信じない者は、地獄に落ちる」という教えだったらしい。 青年期になると、彼は地元のギャングのメンバーになり、仲間達と悪い遊びに手を染めるようになる。 「ここは自分の居る場所ではない」、「自分は悪いことをしている」 と頭で分かっていながらも、家族の愛に飢えていた彼は、ギャングメンバー達からの偽りの家族表現が居心地良く思えたし、寂しさが癒されるような気がしていた。 その後、父は地元のコミュニティカレッジに進み、ナバホ母と出会った。 つまり、両親はお互いに初めて付き合った人と結婚したのだ。 コミュニティカレッジを卒業後、父はナバホ部族の警察官として 20 年ほど勤めた。 警察官としての職業は、まずナバホの法律を学ぶところから始めた。 警察官としての職業を通して、彼はナバホの人々の悲しい実態を目の当たりにする。 何度も同じ間違いを犯す人々。 そういった人々は、父の寂しい少年期・青年期を彷彿させるものがあった。 そんな中で、彼は、人々を癒すことがしたい、と考えるようになった。 1990年、彼は長年働いた警察官としての職を辞任し、警備員のアルバイトを始めた。 ある日、出会った人が 「ピースメイカーとして働いてみないか」 と父に勧めてくれた。 当時父は、ピースメイキングとはどういうものなのか、ピースメイカーとはどのようなことを行なう人なのかを知らなかった。 最初の3ヶ月間は試用期間で、まともな給料が出なかったのだが、父はがむしゃらに勉強した。 どんな小さなケースでも、父は手を抜くことなく、精神誠意を尽くして人々の和解に尽力した。 そうして、試用期間が終わる頃、父はその業績を認められ、正式に部族のピースメイカーとして雇ってもらえることになった。 ピースメイカーとしての職を進めていくうちに、父はある方向性を見出した。 「自分にはナバホの伝統的な教えを重んじていきたい、ナバホの大切な教えを人々に広く伝えていきたい」 ということだった。 ********** ある日、父はセレモニーを開いてもらうため、メディスンマンの元を訪ねた。 そのセレモニーの中で、父はスピリット達に 「人々に教えを正しく伝えるため、話す能力を与えてください」 と祈った。 セレモニーの中で、スピリット達は父に、ある指示を与えた。 それは詳細な指示で、「XX月XX日に、XXXXという場所へ車で向かい、祈りを捧げる。その後、4歩歩いたところで、黒いダイヤモンドを見つけるだろう。そのダイヤモンドをその日から4日間口の中に含めたままで、大切な教えを人々に共有すること」 というものだった。 そうして彼は、そのメッセージに忠実にとある場所へと向かうと、本当に黒いダイヤモンドを見つけることができた。 **************** 現在、父は、ナバホのピースメイカーとして、全米と全国でのピースメイキング講演やセッションを開催依頼が殺到するほどに忙しくなった。 それでも父は今でも、方向性を見失いそうになったときは、スピリット達に助けを請うている。 この話をしてくれたとき、父は最期にこう締めくくった。 「祈りは本当に聞き入れてもらえるんだよ。だから祈りの力を信じていなさい」
「下水タンク」 ナバホ体験記
一ヶ月程、ナバホグランマ・ナバホグランパのトレーラーハウスに住んでいたことがある。 グランマ宅に引っ越してから1週間目に、ある事件が起きた。 その日グランマはトイレに行ったきり、なかなかキッチンに戻ってこなかった。心配になって見に行くと、グランマがトイレの中であたふたしている。トイレの水が流れずに溢れ出てきた、というのである。 その日初めて知ったのだが、この辺りには公共の下水管はまだ引かれていないので、各家には下水を貯蓄するタンクが設置されている。タンク内の汚水が一杯になったら専門業者を呼んでタンク内の汚水を吸い取ってもらう必要があるらしい。 この作業は一般家庭なら半年毎に行うのだが、グランマ達はあまり水を使わない(シャワーを浴びるのも3日に1回程度)ので、前回業者を呼んだのは何と3年も前のこと。 業者を呼ぶ前にやっておかなければいけない問題があった。2人は下水タンクの場所を覚えていないというのだ。3人で外に出て探してみるが、やはり見付からない。何しろ3年も前の話である。頻繁に起こる砂嵐のせいで、タンクの蓋の上に土が被さってしまっている。穴を掘って探すしかない。 グランパは「確かこの辺りだった。」と大体の場所を指差す。あちらこちらに穴を掘り続けて6時間後、ようやく地面から1.5 Mほど掘ったところでタンクの蓋が見付かった。タンクの隣に目印の棒が立ててあったのだが、土がすっかりと覆い隠していたのである。 それにしても、あの日は本当によく働いた。あまりの筋肉痛で、歯ブラシすら持てないほど手の筋肉が麻痺していたのだから…。 その日以来、私は節水の鬼になったのは言うまでも無い。
「家に居なさい」 ナバホ体験記
スバルちゃんが深い眠りに入ってしまってからは、毎朝、毎晩、「車を直して下さい」 としつこいほどお祈りを続けた。 いろんな人が修理を試みてくれてもどうしても直らないということが4週間も経つと、さすがの私もとうとう腹をくくり、しばらくは車無しで過ごす決意をした。 その日の夜、夢を見た。 夢の中に、私の守護霊様が現れた。 「あなたの車は私達が意味あって、わざと止めたのです。 あなたは今、正しい場所に正しい人達と過ごしています。 もしあなたの車が今も動いていたら、きっとあなたはあちこちの友人を訪ね回って、ほとんど毎日家を留守にしていたでしょう?」 と言うのである。 確かに、車が故障したお陰で、私はナバホ家族と共に過ごす時間が多くなった。 もし車が快調に動いていたら、間違いなくほぼ毎日出歩いていたに違いない。 守護霊様はこう続けた。 「そろそろ、あなたの車を直してあげましょう。 あなたは故障原因が電気系統だと思っているようですが、ガソリン系統を調べてみなさい」 ***************** この夢を見た翌朝、私はミュージアムに出掛けた。 そこで友人マニュエルとバッタリ遭遇した。 マニュエルがスバルちゃんの容態を聞いてくれたので、私は彼に夢の話をした。 「まさかとは思うけど、念のためガソリン系統を調べてもらえない?」 その日の午後、マニュエルが家に来てくれた。 彼が車の下に潜ってチェックすると、ガソリンポンプが破損していることが分かった。 その日の内に新品のガソリンポンプを購入して交換すると、スバルちゃんのエンジンがついに掛かったのである。 それ以来、スバルちゃんは快調に走り続けている。 それにしても、こんなことってあるんだなぁ。確かに車が止まってからの4週間、私はナバホ家族と共に有意義な時間を過ごしていたのだった。 *****t******** 後日談になるが、あのとき守護霊様が車を壊してくれたのは、私と夫の仲を取り持つためだったんだと思う。 この頃から私とナバホ弟(現在の夫)は、付き合うようになったのだから・・・。
「ボッタクリ被害」 ナバホ体験記
スバルちゃんが停止してから、連日のようにいろんな知人が家にやってきては、車を修理しようと試みてくれた。ナバホ父、ナバホ弟A、友人T,友人M、ナバホ叔母のボーイフレンドE、ナバホ従兄弟Cなどなど。 しかし、誰もスバルちゃんの故障原因を突き止めることは出来なかった。 エンジン音はしているが、スタートしないという状態だったので、「電気系統に間違いない」ということで皆の意見は一致していた。 この時点で既に電気ケーブル一式とコイルなどの部品交換は全て完了。 それでも直らないので、車屋さんに見てもらうことにした。 ツェ・ボニートという町に一件、車修理ショップがある。ここが一番近いショップだった。この店に、スバルちゃんを牽引した。 店側は「診断料金は66ドル。故障原因が分かったら、その部品代金と工賃は別途。工賃は一時間70ドル」だと言われた。 「高いな!」とは思ったが、他に手立てがないので仕方が無い。 診断を頼むことにした。 診断結果はディストリビューター・アセンブリーの一部品が故障しているので修理が必要との事。 部品代金だけで260ドル。トータルで330ドルを支払い、部品を購入。 「部品交換は難しいですか?」 と聞くとメカニックの兄ちゃんは 「手間は掛かるけど難しいものじゃない。本を見ながらやれば出来るさ」という返事。 ショップに交換を依頼すると工賃を取られるので、ナバホ弟Aが交換してくれることになった。 その後もしつこくメカニックの兄ちゃんに 「診断結果には自信があるんだろうね?絶対この部品を交換したら直るんだろうね?」 と確認すると、「絶対この部品だと確信しています」 との返事。 家に戻って部品交換したが、やはりエンジンは掛からない。 店に戻って「お宅の診断結果は間違っていた。だから全額返金しろ」 とごねてみたが、一セントも戻ってこなかった。 しかしこちらとしては納得がいかない。 診断結果は間違っていたのだし、それにこんな小さなプラスチックの部品が260ドルもする訳が無いじゃないか? こちらが日本人女性だからバカにして吹っかけられたのだろうか? ギャラップの車部品ショップで部品の値段を調べると、ディストリビューターのアセンブリーセット本体が169ドルだという。 やはりボラれていた!! *********** その後、ナバホ父が、お店の大ボスに交渉しに行ってくれた。 大物二人の交渉によって結局220ドルは戻って来たが、それでもこちらの怒りは消えない。 日本人のオンナだからと言って値段を吹っかける。 しかもちゃんと看板を上げた店が…。 私が交渉してもダメなのに、ナバホ父が交渉すると、先方はあっさりお金を返してきた。 クッソー!!私はまだまだ風貌でなめられているんだ! 瞬時にいかついおっさんの顔に顔を変身させる術があれば良いのに・・・。 それにしても私はまだまだ短気だ。
「車購入 第二弾」 ナバホ体験記
また長期滞在が出来ることになったので、再度車を購入することにした。今回の予算は1000ドル以下。絶対条件は4駆車であること。それ以外は妥協するつもりだった。 前回と同じようにアルバカーキへ出向き、売りに出ている車を探したが、大抵は2000ドル前後。なかなかピンとくる車が見付からない。探し始めて一週間後、800ドルで売り出されていた83年もののスバル(4WD)に出会った。今回も見た瞬間に「コレダ!!」と感じたので即決購入。値段は750ドルにまけてもらった。 見た目はオンボロでいかにもレズカー(保留地仕様の車 Reservation Car)という風貌だったが、よく走ってくれたので非常に満足していた。 ところがこのスバルちゃんは、購入日からわずか2週間でダウンした。デコボコ道を走行している途中でいきなりエンジンが停止してしまったのだ。でもそこは保留地内である。車が止まって数分しか経っていないのに、車に詳しい友人が「たまたま」そばを通りかかってくれたので、友人がすぐに修理してくれて、スバルちゃんはまた走り出した。その時掛かった費用は7ドルのみ。友人はディストリビューター・キャップの接続部が磨耗していると言ったので、この部品を交換するだけで良かった。 それから4日目、家を出て5分ほどすると、またエンジン停止。今回は普通に走行中に故障してしまったのだ。車を脇に寄せて、ナバホ父のオフィスまで歩くことにした。 道路脇を歩き始めると、何台もの車が止まってくれる。別に親指を出してヒッチハイクをしようとしている訳でも無いのに、「乗せてやろうか?」と申し出てくれる車が多い。最初の3台は丁重にお断りしたのだが、4台目の車が止まった時は私も歩き疲れていたので乗せてもらうことにした。 ドライバーは40代半ばの男性。彼は何やら飲み物を飲みながらの運転。よく見ると、何とそれはビールではないか?「あのぅ、それってビールに似てますよね?」と聞くと「似てるというかビールだよ。」との返事。!!マズイ!!そこでまた、丁重にお礼を言って、車を降ろしてもらった。もう、知らない人の車に乗せてもらうのはやめることにした。 やっとの思いでナバホ父のオフィスに辿り着いたが、あいにくナバホ父は外出中。仕方が無いのでまた車の所までトボトボ歩いて戻った。 私の車が見える距離まで歩くと、そこには人だかりが出来ていた。ナバホ母、ナバホ弟A,ナバホ弟Bと友人TとM。私の車の後ろには3台の車が停まっている。私の車が道路脇に停まっているのを見付け、ビックリして集まってくれたらしい。 「電気系統のどこかが故障してるんだろう。」という結論に至ったのだが、修理できる人が誰も居なかったので、その日はナバホ弟Aのトラックで牽引してもらい、家に戻った。 その日は特に心配していなかった。またすぐに直るだろうと確信していたからだ。
