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I created Three Wisdom business logo with my sincere hope for the better world. In my personal life, I am learning three different types of wisdom; Japan, America, and Navajo. Each culture and the way of thinking has rooted from our ancestors and their cultures. I would like to contributeto introduce each culture and the wayContinue reading “Logo”

「出産」, parenting  

午前4時過ぎ、私の担当の産科医がやってきて、私の子宮口の開き度合いを内診した。6センチまで開いていた。子宮口の開いてくるスピードは人によって様々なのだけれど、一般的に目安とされているのは1時間で1センチ程度なのだそうだ。私の場合は、その一般目安よりは少し遅かったのだが、一応進んでいるので、このまま正午まで様子を見ることになった。 午前6時過ぎには夫用の朝食が届いた。患者である私は、出産するまで何も食べてはいけないことになっている。 正午までは相変わらず一時間おきに看護婦さんがやってきて、私の血圧と子宮口の開きをチェックした。正午の時点で、7センチ開いていた。正午に担当の産科医がやってきて、「陣痛促進剤を打ちましょうね」と言った。私はできる限り自然で出産したかったので、何とかもう少し待って欲しいとお願いした。産科医も病院側も、出来る限り私の意志を尊重したいという結論に至ってくれたので、このまま様子を見ることになった。 夫用の昼食が届き、またもや私は夫が食べている姿を見るだけで、何も食べさせてもらえなかった。昨夜10時に破水したときにほんの少しシリアルを口に入れたが、ちゃんとした食事は午後6時過ぎに食べた夕食以来何も食べてない。お腹空いた・・・。何か食べれたら、もうちょっと元気になれるんだけどな・・・。

「破水」, parenting

日中は、スーパーマーケットで買出し。食材を大量に買い込み、冷蔵庫と冷凍庫と戸棚はほぼ満杯状態になった。 もうそろそろ出てきそうな気がする。夕食のときに夫も「今晩か明日、破水か5分間隔の陣痛があるような気がする」と言っていた。 そして・・・。 夜10時過ぎ、お風呂から出てベッドに横になった途端、お腹の左横から、「パンッ」と何かがはじけるような音がした。 ん?? もしかしてこれが破水ってやつかな? トイレに行って確認したが、まだ水は出てきていない。 「破水じゃないなら、さっきの音はなんだったんだろう?」と思いながらトイレからリビングまで歩いたときに、ぬるいお湯のような液体が洩れていることに気付いた。おしっこではないことは確実に分かっていた。思っているよりも量が多い。やっぱりこれが破水なんだ。 リビングから大声で夫を呼んだ。 夫は完全に眠っていたようで、何度か呼んだ後でようやく起きてリビングに出てきた。 夫はまだ半分眠っている状態だったのだが、トイレからリビングまでの私が通った跡が水浸しになっているのを見て、ようやく完全に目を覚ました。 夫は大急ぎでバスタオルを2枚持ってきてくれた。一枚は私に手渡してくれて、もう一枚で床を拭いてくれた。 それから、「病院に電話する前に、何か食べておくか?」と私に聞いてくれた。私の担当の産科医は、病院に入ってしまったら、出産が終わるまで一切何も食べさせないと言っていたからだ。 何かを食べようとするのだが、「いよいよ出産なんだ」と思うと、体が震えてしまって食べ物がうまく咽を通らない。結局、シリアルをほんの少しだけ口に入れただけだった。 それから、病院に持って行くつもりで予め用意しておいたキャリーバックを車に積んで、夫と一緒に車で病院に向かった。 病院に着いたのは夜の11時前。 受付で「破水しました」と報告すると、産科病棟から2人の看護婦さんが車椅子を押して受付まで迎えに来てくれた。車椅子にはビニールシートが掛けてあって、ほっとした。この時点で、両足に挟んでいたバスタオルはビショビショになってしまっていたからだ。 産科病棟に入ると、日中はノンストレステストのために使っている大部屋に通された。内診をすると、子宮口は4センチ開いていた。 私の羊水の色は薄いピンク色だった。看護婦さんいわく、羊水の色は、薄いピンク、薄い黄色であることが多く、たまに、完全に透明の人もいるのだそうだ。羊水はぬるま湯のようなほんのり暖かい温度で、甘くて優しい匂いがした。 看護婦さんが私の羊水のサンプルを摘出し、何やら検査をした後、私と夫は個室病室に案内された。この病室ですべての作業が行なわれる。陣痛を経て子宮口が10センチになるまで待機し、出産し、出産後の養生をする。 このとき、陣痛はまだ10分間隔で、痛みはまだまだ耐えられる程度のものだった。 一時間おきに看護婦さんが病室に来て、私の血圧を測り、陣痛の痛みレベルが10段階のうちどのレベルかを聞いた。このときの痛さレベルは、6か7程度。 夫は同じ病室内に備えてあるソファーベッドで仮眠を取った。陣痛の痛みが段々と大きくなるに連れて、不安も押し寄せてくるのだが、夫がそばに居てくれるのだからと思うとほっとした。夫は時々目を覚ましては、私のベッドのところまで来て、私の額にキスしたり、頭を優しくなでてくれたりした。

22.お見送りラコタツアー 

2006年5月23日。ツアー最終日。 4時半に起床してシャワーを浴び、バタバタと支度をしてラピッドシティ空港へ向かう。 全員分のチェックインを済ますことが、私の最後の大仕事になった。私達がチェックインカウンターに到着したときには既に時間ギリギリだったので、空港係員から 「もう時間がありません。急いでください!」 と急かされながらの作業だった。 現在ノースウェスト航空では、預かり荷物の制限重量は 50ポンド ( 23 キロ) までとなっている。私と、もう一人の女性客の荷物は重量オーバーになり、25ドルを支払うようにと言われた。その時既に、空港係員からは 「荷物受付終了まであと1分です」 と急かされていた。私の荷物の重量は 57ポンド、つまりたった3キロ程のオーバーだった。 こういう場合は、泣きつくに限る。私は瞬時にモードを切り替え、精一杯のかわいらしい笑顔とおどおどした表情を作って、係員に頼み込んだ。 「規則だってことは十分分かっているんですけどぉ、今回だけ見逃してもらえませんか? そうしていただけると、とっても助かるんですぅ…」 私の経験上、大抵はこの作戦が有効なのだが、今回の係員には通用しなかった。彼は、ぴしゃりとこう言い捨てた。 「私どもの航空会社では、一切例外を許可しておりません!」 チッ! ダメだったか? 仕方なくそのまま25ドルを支払い、ゲートまでダッシュで駆け込んだ。たかが25ドル、されど25ドルだ。貧乏な私にとっては、切実なのである。 ちなみに余談だが、後日、別の空港係員に確認したところ、預けられる荷物は 23 キロが2つまで、つまり合計で 46 キロまで大丈夫だったのだ。私はスーツケースの中にボストンバッグを持っていたので、それを使って荷物を2つに分ければ良かっただけの話である。 それに、私が後日乗ったフライトでもすべて、私の預け荷物は60ポンドを超えており、制限重量を4キロほどオーバーしていたのだが、どこのカウンターでも 「これくらいなら良いよ」 と言ってくれた。結局の所、係員の気分次第なのだ。 ****************** 話をツアーに戻そう。 ツアーメンバーは、このまま3本飛行機を乗り継いで、関空まで戻ることになっていた。最終の便、デトロイトから関空までの席が、若い男の子 K 以外、誰も取れておらず、座席欄に “At Gate” と表示されていた。それがとても気になっていたのだが、ボスがいるから大丈夫だろうとも思っていた。 一本目のフライトは全員同じで、ミネアポリス空港まで。ここから、落馬した女性客は個人旅行の予定があったので、先にみんなと別れることになった。 別れ際に、彼女は私にこう言ってくれた。 「いろいろ助けてくれてありがとう。特に病院で付き添ってくれていた時には、本当に心強かった。ありがとうね」 涙がこぼれそうになった。彼女は私のふがいなさを怒り、全く信頼してくれていないと感じていたからだ。だからこの一言で、本当に心が癒された。 それでも、これからまだ7人のメンバーをお見送りしなければならない。最後は笑顔で見送りたいと思っていたので、私は涙を必死でこらえていた。何か言葉を発すると、涙がこぼれそうだったので、彼女に何も言えなかった。なので、今この場で、きちんとお礼を述べておきたい。 あの時のあの言葉、とても嬉しかったです。私の方こそ、あなたには、いろんな箇所でさりげなく、助けていただきました。良い学びも、たくさんもらいました。本当に、ありがとうございました。 ************************ それから、他のメンバーを見送る番になった。 1人ひとり、丁寧に言葉をかけてお別れをした。涙腺が弱くて嫌になってしまう。でもこの瞬間はもう二度と帰って来ない。そう思うと、すべての出会い、すべての瞬間が愛おしくてたまらない。 ************************* ボスは、いつもと変わらぬ笑顔で私にハグをくれた。 「ナバホの家族によろしく。7月のツアーもよろしく頼む」 そうなんだ。私はまた一ヶ月半後、新しいツアーメンバーと共にこの大地に戻ってくる。今回得た学びを生かし、次回に備えよう。 ************************** 最後に、ツアーのみなさんへ。 今回は本当にありがとうございました。このツアーの通訳をさせていただいたこと、貴重な体験を共有させていただいたことに、本当に感謝しています。 私にとってみなさんは、一つの大きな家族のようでした。みなさんの助けがあったからこそ、このツアーを無事に終えることができました。 また近いうち、日本で皆さんにお会いできる日を楽しみにしています。

21.お別れ会 ラコタツアー

私の体調も戻ったので、全員揃ってラコタ兄とのお別れ会をすることになった。 ツアーメンバーが一人づつ、ラコタ兄に今回のツアーの感想やお礼を述べていく。 *********************** 最初に切り出したのは 若い男の子。 自分はずっとビジョンを探し続けてきた。このツアーに来る少し前に、付き合っていた彼女が自分の元を離れて行った。原因は、自分がまともな職に就いていなかったから。そのことでとても傷ついた。何が正しい事なのか、自分はこれからどうしたいのかをずっと考えていた。このツアーに参加したのは、もしかしたらその答えが得られるかもしれないと思ったから… それについて、ラコタ兄はこんなコメントをした。 「私自身もパートナーシップを組むために、長い道のりを歩いてきた。今のパートナー(ラコタ姉)に出会い、落ち着くまでに、2回結婚したが、うまくいかなかった。前の結婚に関しては、彼女の方はパートナーシップを組む準備が出来ていたのだが、私はまだ準備が出来ていなかった。だからうまくいかなかった。ビジョンを見付けることも、パートナーシップを組むことも、人それぞれタイミングが異なる。 だからまず君は、自分の内面を見つめる所から始めなければならない。自分の中の男性性と女性性を認識し、うまくバランスを取り、調和させること。つまり、自分の内面での結婚をさせることが先。そうしなければ、別のスピリット、つまり他の人とのパートナーシップなど築けない。 ビジョンも同じことが言える。初めから遠くを見ていても、何も見えない。どこを見れば良いのかというポイントが分からないからだ。まずは一番近い所、つまり自分を見つめる所から始める。自分というものを思い出す。自己を確立する。そこから始めて、段階を経て旅を続けていってください」 ここでボスが一言、T にこう言った。 「つまり、今の君に必要なのはグラウンディングだ」 グラウンディングというのは、一言で言うと、地に足を付けること。木を想像してもらいたい。しっかりと大地に根を張っている木は、どんな大雨に会おうが、どんな大風が吹こうがびくともしない。人間も同じ。成長していくためには、まず核となる部分を根付かせなければならないのだ。 グラウンディングは、エネルギーの循環のためにも必要である。エネルギーを宇宙からもらい、不要なものは大地に戻していく。地に足が付いていない人は、このエネルギーの循環ができない。つまり、エネルギーが中に留まってしまうのだ。そうなると、新しいエネルギーの入る余地が無くなる。新しいものを手に入れるためには、古いものを手放さなければならない。 *********************** 次に話し始めたのは、もう一人の若い男の子。 僕は人と打ち解けるのが上手い方ではない。家族とも上手くコミュニケーションが取れていなかった。でもこのツアーメンバーとはすぐに打ち解ける事ができた。みんな、ごく自然な形で、僕のことを輪の中に入れてくれた。それに、現地の子供達とも自然に打ち解けられた。そういうことが、とても嬉しかった。帰国したら、家族ともこの体験を分かち合いたいと思う…。 ラコタ兄のコメント。 「あなた達はみんな、この大地に呼ばれたから、このツアーに参加することになったのです。何故なら、この世で起こる事にはすべて意味があるからです。帰国したら、この大地で体験したこと、感じたことを、あなた達の家族や友人達と分かち合ってください。そしてまた是非、この大地に戻ってきてください。来るたびに、前回とは異なった体験をすることができると、私は確信しています」 ************************** 60代女性の話。 私の夫は、子供達がまだ幼い頃に他界した。小さな子供3人を抱えて、私は必死で生きてきた。今は、子供達も立派に成人して、孫も3人いる。これからは、自分のために時間とお金を使っても良いのではないかと思った。このツアーに参加しようと思ったのは、そういう理由から…。 このツアーでは、みんなから本当に大切にしてもらい、気遣ってもらった。だからとても楽しく過ごせた。このツアーで出会えた皆さんに、本当に感謝しています。 ************************* 落馬した女性客の話。 落馬事故の件では、皆さんにご心配をお掛けしてしまいました。皆さんの優しい気遣いや、思いやりに触れることができ、本当に感謝しています。スウェットロッジでの祈りも、本当にありがとうございました。 ラコタ兄のコメント。 「落馬は誰のせいでもなく、意味があって起こったことです。その意味を、いつかあなたが、あなた自身の方法で見付け、そこから学べることを祈っています」 ************************* 60代女性のの話。 私達の年代の人達は誰でも、戦後の貧しい子供時代を送ってきました。そんな中、私達は 「もったいない」 という精神を確立してきました。どんなものでも、使えそうなものは工夫して再利用する、最後までとことん使う、粗末にしない。そういう風にして生きてきました。このツアーで保留地での生活を体験して、その 「もったいない」 という精神を思い出すことができました。 このツアー参加は、家族、特に夫の暖かい理解があったからこそ実現できました。帰国したら、この旅で体験したことを家族と共に分かち合うつもりです。 彼女はは話している最中に、少し涙を流した。 ラコタ兄のコメント。 「ものを大切にするということは、とても良いことです。 保留地の若者達はみな、便利な生活を求めて外に出て行きます。そうして、保留地から、段々と人が減っているというのが現状です。でも私は、こう思っています。私達がまず自分の故郷に戻り、自分の周囲の世話をする所から始めることが大切だと…。 白人の作り上げた外部の世界は、確かに便利な暮らしを保証してくれます。でもそれらは、いつまでも続くわけではない。何故なら、自然から奪うばかりの生活では、やがてその資源を使い果たしてしまうからです。 私達は保留地の中で、自然と共存して生きています。自然から何かをもらったら、必ずお返しをしています。そんな風にして、自然に生かさせてもらっている訳です。今回あなた方が保留地での体験から感じたこと、得たことを、どうか家族や友人達と分かち合ってください。 それから、あなたはとても良いご家族を持っていらっしゃるようですね。どうかこれからも、あなたのご家族を大切になさってください」 ******************** 若い女性客 の話。 このツアーに参加するのは、2度目。またこの大地に戻ってこられて嬉しかった。旅の中で、ラコタ兄やココから大切なメッセージを受け、それらがすべて現実なのだと実感した。今回学んだ事を、帰国してからじっくりともう一度考えてみたい。 ラコタ兄のコメント。 「また、是非戻ってきてください。 それから、私から君への個人的なメッセージ。“もっともっと、自分に自信を持って話しなさい”」 私もラコタ兄に続いて、「そうだよ。もっと自信持って、堂々としてなよ」 と付け加えると、ボスがニヤリと笑い、女の子 に向かってこう言った。 「コイツにContinue reading “21.お別れ会 ラコタツアー”

20.脱水症状 ラコタツアー 

翌日は、バッドランド国立公園へ観光に行った。目的地に着いた辺りから、私はバテテいた。景色が荘厳ですばらしかったのはおぼろげに覚えているが、実を言うとこの日の記憶はあまり残っていない。空気が乾燥していて、異様な熱気だったのだ。 その日は最後の夜だったので、豪勢にステーキを食べに行くことになっていた。レストランの予約は夜7時。私達一向は夕方5時ごろモーテルに到着し、シャワーを浴びてからレストランに出掛けることにした。 シャワーを浴びると、一気にバテた。レストランに出発するまでの間に、私はビールの買出し役を仰せつかっていたのだが、立っているのも大変なくらいフラフラしている。そこで、買出しは他のメンバーに頼み、出発までの一時間ほど、私は仮眠を取ることにした。 ベッドに入ったのが、5時半だったことは覚えている。6時20分にツアーメンバーが私を呼びに来てくれたのだが、この一時間の記憶が全く無い。どうやら完全にノックダウン状態だったようだ。 みんなとの最後の夕食になるのだし、行きたかった。けれど、車に乗り込んだ瞬間、やはりまだ眠気が残っていてフラフラしている。とても行けるような体調ではない。 そこで、夕食は断念して、私だけモーテルに残らせてもらった。みんなが戻ってきたのは、9時半頃。この3時間の記憶も全く残っていない。 先ほど迎えに来てくれた女の子が、また私の部屋まで呼びにきてくれた。 私はノロノロとベッドを這い出た。それから、メガネが無いことに気が付いた。ベッドサイドテーブルやら、ベッドの下やら、洗面所やらを必死で探し回ったのだが、見付からない。 あきらめて、ボスの部屋まで行き、「遅くなってすみません。メガネを探していたんですけど、見付からなくって…」 と詫びた。 ボスとラコタ兄は、変な表情で私を見ている。 何でだろう? メガネが無くなったことは、私にとっては大事件なんだけどな… ……しばしの沈黙……。 それからボスが、おもむろに私の胸ポケットを指差した。 ……!!……。 私のメガネは、私の胸ポケットにしっかりと収まっていた! ボスとラコタ兄はこらえ切れなくなり、吹き出した。 「教えるのを、もうちょっとじらしてやろうかとも思ったんだけど、かわいそうになってな」 それからボスは、真剣な表情で私に聞いた。 「お前、今日、どれくらいの水を飲んだ?」 はっとした。そう言えば、今日は朝から全然、水を飲んでいない。普段の私は、毎日水を2リッターは確実に飲んでいる。旅行中もそれは実行していた。その日、全く水を飲んでいなかったのは、たまたま手元に水が無かったからだ。昨日のベアビュートで水を飲みきってしまっていたので、今日の分は持っていなかったのだ。 ボスはこう言った。 「君は脱水症状を起こしているんだよ。水を買いに行こう」 そう言って私達は近くのスーパーまで水を買いに行った。 ボスは私にスポーツドリンクのゲータレードを買うように勧めた。そこで私は、ゲータレードと水を数本、購入した。お金を払い終わるとすぐに、ボスがゲータレードを飲むようにと言った。 あまり喉は乾いてないんだけどな… と思いながら、私はゲータレードの蓋を空けた。 それから僅か数秒で、私は1リッター入りのゲータレードを一気に飲み干し、さらに1リッター入りの水も半分くらい飲み干した。 ボスは私の方を見てニヤリと笑い、こう言った。 「な、脱水症状だ。普通の人はそんな量の水分を一気に飲めないぜ」 後から聞いた話によると、本当はこういう飲み方をしてはいけないらしい。これ程のひどい脱水症状を起こす前に、水を少量ずつ適度に体に入れておかなければならないのだ。 みなさん、あの日はご心配をお掛けしました。あの時の私の体調不良は、私の不注意による脱水症状から来たものでした。

19.演奏会 ラコタツアー

その日、私達にはお客さんがいた。ラコタ兄の友人で、ミュージシャンであるラコタ男性だ。 彼には日本人の友人がいて、その人とはもう 30 年以上の付き合いになるのだとか…。そのせいもあって、彼は普通の日本人よりも、日本の歴史や文化、料理に詳しい。 彼は毎年、ボスの主催するこのツアーの時、ラコタ兄の家を訪ねてくる。今回も例年のごとく、私達日本人と出会う事を楽しみにしていたそうだ。 長身で、スラリとしたルックス。長い黒髪を後ろで束ねていて、彫りの深い顔立ち。目は茶色。なかなかの男前だ。服装は、デニム地のシャツに同系色のジーンズを合わせている。…と、そこまでは至って普通である。ところが、彼の出で立ちの中で、一箇所だけ私の目を釘付けにした箇所があった。 足元だ。 何故か、靴はスニーカーではなく、黒の革靴だった。 話の折々で彼は、 “僕は美的センスに優れている。芸術や美しいものには目がない” と話していただけに、このセンスが不思議でたまらなかった。 彼は “僕はビジネス・センスにも長けていて、お金に困った事は無い” とも話していたので、 “保留地で黒の革靴”は彼が金持ちであることを強調する目的があるのかもしれない。 私はそんな風に無理やり自分を納得させた。 **************** それはさておき、話を元に戻そう。 彼が私達を訪ねてきたメインの理由は、彼がミュージシャンで、日本人と音楽のセッションをしたかったからだ。 今回のメンバーの中に、三線を持ってきていた男の子がいた。彼は三線で沖縄の歌を弾き語りしてくれて、ラコタ男性 はギターの弾き語りとフルートの演奏を聞かせてくれた。 そのときに男の子が歌ってくれた沖縄の歌が、私はとても気に入った。メロディがとてもきれいで、美しい青い空、青い海の映像が目の前に浮かんでくるような曲だった。 私はこの曲の歌詞をおぼろげにしか覚えていなかったので、歌詞は本人に直接教えてもらった。(ありがとう) ******************** それはまーちゃんという人の曲で、曲のタイトルは 「宝物」。 沖縄の方言で ”ぱいぬかじぴとぅ” と読むらしい。 人はなぜこの星の悲しみがわからないの? 青い空、青い海ーーそれはみんなの宝物 花の咲くこの星に生まれて良かった 鳥の鳴くこの星に生まれて良かった 私のかえらない命、島とともにありますように いつまでもこの星とともにありますように ******************************* ラコタ男性 もこの曲をとても気に入っているようだった。 「いつか、この曲を作った人と会い、この曲の歌詞をラコタ語に変えて歌ってみたい」 と言っていた。 その夜私達は、遅くまでこの小さな演奏会の観客となった。 お二人とも、きれいな曲を私達に共有してくれて、どうもありがとう。

18.あるツアーメンバーとの対話 ラコタツアー 

ベアビュートからの帰り道、私達はみんな非常に空腹だった。ラコタ兄の家まで戻って、料理をするまで、とてもじゃないけど待てるはずがない。そこで、途中のピザ屋で夕食をとることにした。 本来なら、ピザとくればビールも一緒に注文したいところだが、誰もビールを注文したりはしなかった。ラコタ兄のことを気遣っての、暗黙の了解だ。というのも、ラコタ兄には過去に、アルコール中毒で自暴自棄になっていた頃がある。やっとの思いで酒を絶ち、何年もそれを維持しているという話を、本人から聞いた。彼にとっては非常に辛い過去だ。常日頃、お世話になっているラコタ兄に、またそれを思い出させるつもりなど誰にもなかったのだ。 **************** ピザ屋を出た頃にはすっかり日は落ちていて、辺りは真っ暗になっていた。帰り道の車は、私が運転をし、若い女の子のツアー参加者が助手席に座った。後部座席には若い男の子が座っていたのだが、やがて彼は疲れ果てて眠り込んだ。 もうそろそろ、ツアーも終盤に差し掛かる。辺りは真っ暗だったし、共にいろんな体験を共有した仲間ということもあってか、彼女は私に心を開き、ポツリポツリと自分自身のことについて語り始めた。 彼女は27歳で、プロのカメラマン。華奢な体で、声も小さいので、一見とてもおとなしそうに見える。 でも彼女の内側には、とても強いパワーが備わっている。そのことは、私もボスも、そしてラコタ兄もちゃんと気付いていた。 彼女は今、迷いの道を歩んでいる最中のようだ。 まだ自分のビジョンが見付からない。 家族のこと、恋人のこと、仕事のことなどで、自分がどう進んでいけば良いのか、何を目標にしていけば良いのかが分からない。自分には、相手の気持ちを深読みしすぎるところがある。結局の所、自分を守ろうとしすぎているのかもしれない。自分のやる事なす事すべてに自信が持てなくて、前に進むのが怖くてたまらない。 そんなようなことを彼女は話していた。私はラコタ兄から彼女に伝えておいて欲しいと言われた事を話した。それから、私は彼女にこんなようなことを話した。 今のあなたに必要なのはまず、自分を知り、認めてあげること。自分を好きになってあげること。他の人には無い、あなただけに与えられたギフトに気付くこと。 あなたには特別なギフトが備わっている。そのことに気付いてあげなければいけない。スウェットの中であなたが見たと言っていたスピリット達の姿は、紛れもなくホンモノなんだよ。スウェットの中で感じたこと、体験したことはすべてホンモノなんだよ。他の誰にでも感じたり、体験できたりするものじゃない。あなたを守っているスピリット達がそうさせてくれてるんだよ。 あなたは決して一人きりじゃない。あなたの周囲には、いつもあなたの事を応援し、励まし、導いてくれているスピリット達が存在するからね。あなたが自分を知り、認めてあげて、そしてあなたのことを守ってくれているスピリット達の存在に気付き、感謝するようになると、スピリット達はあなたのことを今までよりももっと守りやすくなる。 自分に自信が無い、自分を好きじゃないってことは、守ってくれているスピリット達に対して失礼だよ。自信持って良いんだよ。先に進んだって良いんだよ。たとえそれが、結果的に思い通りの方向に進まなかったとしても、それは次のステップに進むために必要不可欠な学びだったんだから…。この世で起こる事はすべて必然。無駄な事なんて一つも無いんだよ。 これらのことは、彼女のスピリットが私の口を通して「言わせ」たものだ。私はこの時、彼女を助けるために、純粋な道具になっただけなのだ。 実はね、私もあなたの年齢の時に、同じ体験をしたんだよ。当時付き合っていた男の子から、全く同じ事を言われたことがあるの。その時の彼も、今の私と同じことを言ってた。“君のスピリットが僕の口を借りているだけ。これは君のスピリット、つまり君自身の言葉でもあるんだ” ってね。 私もあなたの年齢の頃には、確固たるビジョンを持っていなかった。探し始めたばかりだった。それから徐々に、色んな方法で、ビジョンを確信していった。 私の場合、次のステップに進むために大きく貢献してくれたのは、当時付き合っていた男の子だった。彼と別れた後、私は一人で旅を続けた。そうして、ナバホのメディスンマンとかヒーラーの友人達の口を通して、また自分自身の白昼夢 (いわゆる視覚的なビジョン) や夢を通して、自分のビジョンを得てきた。 ビジョンを得てからも、まだまだ進むべき道のりは長い。全く形になっていないかもしれないって感じることもある。でも、通ってきた道を振り返ると、随分進歩してきたとも感じる。 迷いの道は、誰でも通る道。それなら、それを楽しんじゃうっていうのも手だよね。 ******************* あのとき時間を共有した私の友人へ あなたと話していて、いろんなことを思い出すきっかけをもらいました。あなたの言った言葉が初々しくて、初心にかえらせてもらえたような気がします。 貴重な時間をどうもありがとう。この日、あなたと共に過ごせたこと、話せたことに感謝しています。

17.ベアビュート ラコタツアー 

スウェットを終えた翌日は、ベアビュートに登る予定だった。ここはラコタ語では、 Mato Paha (Bear Mountain ) と呼ばれている。ラコタ以外の人も、ビジョンクエストやセレモニーを行っている聖地だ。この聖地の中では、写真を撮ったり大声で話したりする事は出来ない。 ラコタ兄の家を出発したときには快晴だった天気が、ベアビュートに近付くにつれ、段々と雨雲と雷が寄ってきた。 ここは、ボスがビジョンクエストを行った場所だからだろう。ボスには男性雨と雷を呼ぶパワーがある。 ビジョンクエストというのは、白いバッファローの女がラコタに伝えた教えの中の一つ。 ビジョンの探求者は自分だけの場所を見付け、3メートル程の円を描く。そのサークルの中には、水以外のものは一切持ち込めない。人によっては自分の排出する尿も水のボトルに取っておいて、それを飲用することがある。 探求者は2日ないし4日間、このサークルの中で過ごす。食料は一切取らない。探求中には、このサークルから出るように仕向けることが、いろいろと起こる。孤独や恐れ、不安という内面的な障害、動物やヘビなどの出現という物理的な障害などだ。探求中はこのサークルの外に出てはいけない。様々な誘惑を振り切らなければ、ビジョンは得られないのだ。 この探求の中で探求者は、自分が何者なのかを認識し、今生でやり遂げなければならない使命を思い出す。そして、自己の成長、スピリチュアルな導きを ワカンタンカに祈り続ける。 この探求は自己の内面へと旅するもので、非常に過酷なものだ。 ビジョンクエストは crying for a vision とも言われている。 ********************** ベアビュートを登り始めると、所々に色とりどりのタバコタイが木の枝に括りつけられているのが見える。 (タバコタイというのは、5センチ角くらいの小さな布にタバコの葉を詰めたもの。結ぶ時にはその人の祈りやコミットメントを盛り込む)  あちらこちらから、いろんな種類のエネルギーが交錯しているのが感じられる。 途中まで登った辺りで、雨雲と雷がすぐそこまで来ているのが見えた。私達はツアーのお客さん達の体調を気遣い、頂上まで登るのを断念した。 その代わり、頂上手前の所で、一人になる時間を取ることにした。“みなさん、各自好きな場所に行って、祈りの時間を持つことにしましょう”、とボスが言った。 私は下の方まで降りていった。大きな岩が2つある場所を見付けて、その真ん中で祈りを捧げた。コーンポラン (トウモロコシの花粉) をオファリングして、 “この大地の人々(ラコタの人々)と、私達日本人、それにナバホの人々を含め他のアメリカ先住民の人々が、互いに協力し合いながら、この美しい大地、環境を守っていけるように”、と祈った。その場所では、男性的な力に満ち溢れていた。 祈りを終えて集合場所に戻ってきた時、みんなの表情とエネルギーは先程とは明らかに違っていた。 麓まで下りる時には、優しい雨が降ってきた。スウェットの後、シャワーを浴びていない私達にとって、この優しい雨は浄化のシャワーのように感じた。 車に乗ってから、一番若い女性客 がこんなことを私に言った。 「帰り道の雨は、あなたが呼んだのね。行きの時の、激しい雨と雷はボスが呼んだものなんだよね」 きっとそうなんだろう。ボスのエネルギーはとても男性的で、私のエネルギーはとても女性的なものだ。そういう意味で、私達はうまくバランスが取れている。だから私は、ボスと一緒に仕事をしていると、安心できるのだと思う。