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Thank you for visiting my page My name 三智子 Michiko means Three Wisdom Child. My grandfather gave me this name. My name fits to my current situation. I am Japanese, married to Navajo, living in America. New Business After a lifetime study and training, Three Wisdom was launched on August 2016. Veteran Owned Business Three WisdomContinue reading “Welcome”

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I created Three Wisdom business logo with my sincere hope for the better world. In my personal life, I am learning three different types of wisdom; Japan, America, and Navajo. Each culture and the way of thinking has rooted from our ancestors and their cultures. I would like to contributeto introduce each culture and the wayContinue reading “Logo”

「出産」, parenting  

午前4時過ぎ、私の担当の産科医がやってきて、私の子宮口の開き度合いを内診した。6センチまで開いていた。子宮口の開いてくるスピードは人によって様々なのだけれど、一般的に目安とされているのは1時間で1センチ程度なのだそうだ。私の場合は、その一般目安よりは少し遅かったのだが、一応進んでいるので、このまま正午まで様子を見ることになった。 午前6時過ぎには夫用の朝食が届いた。患者である私は、出産するまで何も食べてはいけないことになっている。 正午までは相変わらず一時間おきに看護婦さんがやってきて、私の血圧と子宮口の開きをチェックした。正午の時点で、7センチ開いていた。正午に担当の産科医がやってきて、「陣痛促進剤を打ちましょうね」と言った。私はできる限り自然で出産したかったので、何とかもう少し待って欲しいとお願いした。産科医も病院側も、出来る限り私の意志を尊重したいという結論に至ってくれたので、このまま様子を見ることになった。 夫用の昼食が届き、またもや私は夫が食べている姿を見るだけで、何も食べさせてもらえなかった。昨夜10時に破水したときにほんの少しシリアルを口に入れたが、ちゃんとした食事は午後6時過ぎに食べた夕食以来何も食べてない。お腹空いた・・・。何か食べれたら、もうちょっと元気になれるんだけどな・・・。

「破水」, parenting

日中は、スーパーマーケットで買出し。食材を大量に買い込み、冷蔵庫と冷凍庫と戸棚はほぼ満杯状態になった。 もうそろそろ出てきそうな気がする。夕食のときに夫も「今晩か明日、破水か5分間隔の陣痛があるような気がする」と言っていた。 そして・・・。 夜10時過ぎ、お風呂から出てベッドに横になった途端、お腹の左横から、「パンッ」と何かがはじけるような音がした。 ん?? もしかしてこれが破水ってやつかな? トイレに行って確認したが、まだ水は出てきていない。 「破水じゃないなら、さっきの音はなんだったんだろう?」と思いながらトイレからリビングまで歩いたときに、ぬるいお湯のような液体が洩れていることに気付いた。おしっこではないことは確実に分かっていた。思っているよりも量が多い。やっぱりこれが破水なんだ。 リビングから大声で夫を呼んだ。 夫は完全に眠っていたようで、何度か呼んだ後でようやく起きてリビングに出てきた。 夫はまだ半分眠っている状態だったのだが、トイレからリビングまでの私が通った跡が水浸しになっているのを見て、ようやく完全に目を覚ました。 夫は大急ぎでバスタオルを2枚持ってきてくれた。一枚は私に手渡してくれて、もう一枚で床を拭いてくれた。 それから、「病院に電話する前に、何か食べておくか?」と私に聞いてくれた。私の担当の産科医は、病院に入ってしまったら、出産が終わるまで一切何も食べさせないと言っていたからだ。 何かを食べようとするのだが、「いよいよ出産なんだ」と思うと、体が震えてしまって食べ物がうまく咽を通らない。結局、シリアルをほんの少しだけ口に入れただけだった。 それから、病院に持って行くつもりで予め用意しておいたキャリーバックを車に積んで、夫と一緒に車で病院に向かった。 病院に着いたのは夜の11時前。 受付で「破水しました」と報告すると、産科病棟から2人の看護婦さんが車椅子を押して受付まで迎えに来てくれた。車椅子にはビニールシートが掛けてあって、ほっとした。この時点で、両足に挟んでいたバスタオルはビショビショになってしまっていたからだ。 産科病棟に入ると、日中はノンストレステストのために使っている大部屋に通された。内診をすると、子宮口は4センチ開いていた。 私の羊水の色は薄いピンク色だった。看護婦さんいわく、羊水の色は、薄いピンク、薄い黄色であることが多く、たまに、完全に透明の人もいるのだそうだ。羊水はぬるま湯のようなほんのり暖かい温度で、甘くて優しい匂いがした。 看護婦さんが私の羊水のサンプルを摘出し、何やら検査をした後、私と夫は個室病室に案内された。この病室ですべての作業が行なわれる。陣痛を経て子宮口が10センチになるまで待機し、出産し、出産後の養生をする。 このとき、陣痛はまだ10分間隔で、痛みはまだまだ耐えられる程度のものだった。 一時間おきに看護婦さんが病室に来て、私の血圧を測り、陣痛の痛みレベルが10段階のうちどのレベルかを聞いた。このときの痛さレベルは、6か7程度。 夫は同じ病室内に備えてあるソファーベッドで仮眠を取った。陣痛の痛みが段々と大きくなるに連れて、不安も押し寄せてくるのだが、夫がそばに居てくれるのだからと思うとほっとした。夫は時々目を覚ましては、私のベッドのところまで来て、私の額にキスしたり、頭を優しくなでてくれたりした。

22.お見送りラコタツアー 

2006年5月23日。ツアー最終日。 4時半に起床してシャワーを浴び、バタバタと支度をしてラピッドシティ空港へ向かう。 全員分のチェックインを済ますことが、私の最後の大仕事になった。私達がチェックインカウンターに到着したときには既に時間ギリギリだったので、空港係員から 「もう時間がありません。急いでください!」 と急かされながらの作業だった。 現在ノースウェスト航空では、預かり荷物の制限重量は 50ポンド ( 23 キロ) までとなっている。私と、もう一人の女性客の荷物は重量オーバーになり、25ドルを支払うようにと言われた。その時既に、空港係員からは 「荷物受付終了まであと1分です」 と急かされていた。私の荷物の重量は 57ポンド、つまりたった3キロ程のオーバーだった。 こういう場合は、泣きつくに限る。私は瞬時にモードを切り替え、精一杯のかわいらしい笑顔とおどおどした表情を作って、係員に頼み込んだ。 「規則だってことは十分分かっているんですけどぉ、今回だけ見逃してもらえませんか? そうしていただけると、とっても助かるんですぅ…」 私の経験上、大抵はこの作戦が有効なのだが、今回の係員には通用しなかった。彼は、ぴしゃりとこう言い捨てた。 「私どもの航空会社では、一切例外を許可しておりません!」 チッ! ダメだったか? 仕方なくそのまま25ドルを支払い、ゲートまでダッシュで駆け込んだ。たかが25ドル、されど25ドルだ。貧乏な私にとっては、切実なのである。 ちなみに余談だが、後日、別の空港係員に確認したところ、預けられる荷物は 23 キロが2つまで、つまり合計で 46 キロまで大丈夫だったのだ。私はスーツケースの中にボストンバッグを持っていたので、それを使って荷物を2つに分ければ良かっただけの話である。 それに、私が後日乗ったフライトでもすべて、私の預け荷物は60ポンドを超えており、制限重量を4キロほどオーバーしていたのだが、どこのカウンターでも 「これくらいなら良いよ」 と言ってくれた。結局の所、係員の気分次第なのだ。 ****************** 話をツアーに戻そう。 ツアーメンバーは、このまま3本飛行機を乗り継いで、関空まで戻ることになっていた。最終の便、デトロイトから関空までの席が、若い男の子 K 以外、誰も取れておらず、座席欄に “At Gate” と表示されていた。それがとても気になっていたのだが、ボスがいるから大丈夫だろうとも思っていた。 一本目のフライトは全員同じで、ミネアポリス空港まで。ここから、落馬した女性客は個人旅行の予定があったので、先にみんなと別れることになった。 別れ際に、彼女は私にこう言ってくれた。 「いろいろ助けてくれてありがとう。特に病院で付き添ってくれていた時には、本当に心強かった。ありがとうね」 涙がこぼれそうになった。彼女は私のふがいなさを怒り、全く信頼してくれていないと感じていたからだ。だからこの一言で、本当に心が癒された。 それでも、これからまだ7人のメンバーをお見送りしなければならない。最後は笑顔で見送りたいと思っていたので、私は涙を必死でこらえていた。何か言葉を発すると、涙がこぼれそうだったので、彼女に何も言えなかった。なので、今この場で、きちんとお礼を述べておきたい。 あの時のあの言葉、とても嬉しかったです。私の方こそ、あなたには、いろんな箇所でさりげなく、助けていただきました。良い学びも、たくさんもらいました。本当に、ありがとうございました。 ************************ それから、他のメンバーを見送る番になった。 1人ひとり、丁寧に言葉をかけてお別れをした。涙腺が弱くて嫌になってしまう。でもこの瞬間はもう二度と帰って来ない。そう思うと、すべての出会い、すべての瞬間が愛おしくてたまらない。 ************************* ボスは、いつもと変わらぬ笑顔で私にハグをくれた。 「ナバホの家族によろしく。7月のツアーもよろしく頼む」 そうなんだ。私はまた一ヶ月半後、新しいツアーメンバーと共にこの大地に戻ってくる。今回得た学びを生かし、次回に備えよう。 ************************** 最後に、ツアーのみなさんへ。 今回は本当にありがとうございました。このツアーの通訳をさせていただいたこと、貴重な体験を共有させていただいたことに、本当に感謝しています。 私にとってみなさんは、一つの大きな家族のようでした。みなさんの助けがあったからこそ、このツアーを無事に終えることができました。 また近いうち、日本で皆さんにお会いできる日を楽しみにしています。

21.お別れ会 ラコタツアー

私の体調も戻ったので、全員揃ってラコタ兄とのお別れ会をすることになった。 ツアーメンバーが一人づつ、ラコタ兄に今回のツアーの感想やお礼を述べていく。 *********************** 最初に切り出したのは 若い男の子。 自分はずっとビジョンを探し続けてきた。このツアーに来る少し前に、付き合っていた彼女が自分の元を離れて行った。原因は、自分がまともな職に就いていなかったから。そのことでとても傷ついた。何が正しい事なのか、自分はこれからどうしたいのかをずっと考えていた。このツアーに参加したのは、もしかしたらその答えが得られるかもしれないと思ったから… それについて、ラコタ兄はこんなコメントをした。 「私自身もパートナーシップを組むために、長い道のりを歩いてきた。今のパートナー(ラコタ姉)に出会い、落ち着くまでに、2回結婚したが、うまくいかなかった。前の結婚に関しては、彼女の方はパートナーシップを組む準備が出来ていたのだが、私はまだ準備が出来ていなかった。だからうまくいかなかった。ビジョンを見付けることも、パートナーシップを組むことも、人それぞれタイミングが異なる。 だからまず君は、自分の内面を見つめる所から始めなければならない。自分の中の男性性と女性性を認識し、うまくバランスを取り、調和させること。つまり、自分の内面での結婚をさせることが先。そうしなければ、別のスピリット、つまり他の人とのパートナーシップなど築けない。 ビジョンも同じことが言える。初めから遠くを見ていても、何も見えない。どこを見れば良いのかというポイントが分からないからだ。まずは一番近い所、つまり自分を見つめる所から始める。自分というものを思い出す。自己を確立する。そこから始めて、段階を経て旅を続けていってください」 ここでボスが一言、T にこう言った。 「つまり、今の君に必要なのはグラウンディングだ」 グラウンディングというのは、一言で言うと、地に足を付けること。木を想像してもらいたい。しっかりと大地に根を張っている木は、どんな大雨に会おうが、どんな大風が吹こうがびくともしない。人間も同じ。成長していくためには、まず核となる部分を根付かせなければならないのだ。 グラウンディングは、エネルギーの循環のためにも必要である。エネルギーを宇宙からもらい、不要なものは大地に戻していく。地に足が付いていない人は、このエネルギーの循環ができない。つまり、エネルギーが中に留まってしまうのだ。そうなると、新しいエネルギーの入る余地が無くなる。新しいものを手に入れるためには、古いものを手放さなければならない。 *********************** 次に話し始めたのは、もう一人の若い男の子。 僕は人と打ち解けるのが上手い方ではない。家族とも上手くコミュニケーションが取れていなかった。でもこのツアーメンバーとはすぐに打ち解ける事ができた。みんな、ごく自然な形で、僕のことを輪の中に入れてくれた。それに、現地の子供達とも自然に打ち解けられた。そういうことが、とても嬉しかった。帰国したら、家族ともこの体験を分かち合いたいと思う…。 ラコタ兄のコメント。 「あなた達はみんな、この大地に呼ばれたから、このツアーに参加することになったのです。何故なら、この世で起こる事にはすべて意味があるからです。帰国したら、この大地で体験したこと、感じたことを、あなた達の家族や友人達と分かち合ってください。そしてまた是非、この大地に戻ってきてください。来るたびに、前回とは異なった体験をすることができると、私は確信しています」 ************************** 60代女性の話。 私の夫は、子供達がまだ幼い頃に他界した。小さな子供3人を抱えて、私は必死で生きてきた。今は、子供達も立派に成人して、孫も3人いる。これからは、自分のために時間とお金を使っても良いのではないかと思った。このツアーに参加しようと思ったのは、そういう理由から…。 このツアーでは、みんなから本当に大切にしてもらい、気遣ってもらった。だからとても楽しく過ごせた。このツアーで出会えた皆さんに、本当に感謝しています。 ************************* 落馬した女性客の話。 落馬事故の件では、皆さんにご心配をお掛けしてしまいました。皆さんの優しい気遣いや、思いやりに触れることができ、本当に感謝しています。スウェットロッジでの祈りも、本当にありがとうございました。 ラコタ兄のコメント。 「落馬は誰のせいでもなく、意味があって起こったことです。その意味を、いつかあなたが、あなた自身の方法で見付け、そこから学べることを祈っています」 ************************* 60代女性のの話。 私達の年代の人達は誰でも、戦後の貧しい子供時代を送ってきました。そんな中、私達は 「もったいない」 という精神を確立してきました。どんなものでも、使えそうなものは工夫して再利用する、最後までとことん使う、粗末にしない。そういう風にして生きてきました。このツアーで保留地での生活を体験して、その 「もったいない」 という精神を思い出すことができました。 このツアー参加は、家族、特に夫の暖かい理解があったからこそ実現できました。帰国したら、この旅で体験したことを家族と共に分かち合うつもりです。 彼女はは話している最中に、少し涙を流した。 ラコタ兄のコメント。 「ものを大切にするということは、とても良いことです。 保留地の若者達はみな、便利な生活を求めて外に出て行きます。そうして、保留地から、段々と人が減っているというのが現状です。でも私は、こう思っています。私達がまず自分の故郷に戻り、自分の周囲の世話をする所から始めることが大切だと…。 白人の作り上げた外部の世界は、確かに便利な暮らしを保証してくれます。でもそれらは、いつまでも続くわけではない。何故なら、自然から奪うばかりの生活では、やがてその資源を使い果たしてしまうからです。 私達は保留地の中で、自然と共存して生きています。自然から何かをもらったら、必ずお返しをしています。そんな風にして、自然に生かさせてもらっている訳です。今回あなた方が保留地での体験から感じたこと、得たことを、どうか家族や友人達と分かち合ってください。 それから、あなたはとても良いご家族を持っていらっしゃるようですね。どうかこれからも、あなたのご家族を大切になさってください」 ******************** 若い女性客 の話。 このツアーに参加するのは、2度目。またこの大地に戻ってこられて嬉しかった。旅の中で、ラコタ兄やココから大切なメッセージを受け、それらがすべて現実なのだと実感した。今回学んだ事を、帰国してからじっくりともう一度考えてみたい。 ラコタ兄のコメント。 「また、是非戻ってきてください。 それから、私から君への個人的なメッセージ。“もっともっと、自分に自信を持って話しなさい”」 私もラコタ兄に続いて、「そうだよ。もっと自信持って、堂々としてなよ」 と付け加えると、ボスがニヤリと笑い、女の子 に向かってこう言った。 「コイツにContinue reading “21.お別れ会 ラコタツアー”