スウェットを終えた翌日は、ベアビュートに登る予定だった。ここはラコタ語では、 Mato Paha (Bear Mountain ) と呼ばれている。ラコタ以外の人も、ビジョンクエストやセレモニーを行っている聖地だ。この聖地の中では、写真を撮ったり大声で話したりする事は出来ない。 ラコタ兄の家を出発したときには快晴だった天気が、ベアビュートに近付くにつれ、段々と雨雲と雷が寄ってきた。 ここは、ボスがビジョンクエストを行った場所だからだろう。ボスには男性雨と雷を呼ぶパワーがある。 ビジョンクエストというのは、白いバッファローの女がラコタに伝えた教えの中の一つ。 ビジョンの探求者は自分だけの場所を見付け、3メートル程の円を描く。そのサークルの中には、水以外のものは一切持ち込めない。人によっては自分の排出する尿も水のボトルに取っておいて、それを飲用することがある。 探求者は2日ないし4日間、このサークルの中で過ごす。食料は一切取らない。探求中には、このサークルから出るように仕向けることが、いろいろと起こる。孤独や恐れ、不安という内面的な障害、動物やヘビなどの出現という物理的な障害などだ。探求中はこのサークルの外に出てはいけない。様々な誘惑を振り切らなければ、ビジョンは得られないのだ。 この探求の中で探求者は、自分が何者なのかを認識し、今生でやり遂げなければならない使命を思い出す。そして、自己の成長、スピリチュアルな導きを ワカンタンカに祈り続ける。 この探求は自己の内面へと旅するもので、非常に過酷なものだ。 ビジョンクエストは crying for a vision とも言われている。 ********************** ベアビュートを登り始めると、所々に色とりどりのタバコタイが木の枝に括りつけられているのが見える。 (タバコタイというのは、5センチ角くらいの小さな布にタバコの葉を詰めたもの。結ぶ時にはその人の祈りやコミットメントを盛り込む) あちらこちらから、いろんな種類のエネルギーが交錯しているのが感じられる。 途中まで登った辺りで、雨雲と雷がすぐそこまで来ているのが見えた。私達はツアーのお客さん達の体調を気遣い、頂上まで登るのを断念した。 その代わり、頂上手前の所で、一人になる時間を取ることにした。“みなさん、各自好きな場所に行って、祈りの時間を持つことにしましょう”、とボスが言った。 私は下の方まで降りていった。大きな岩が2つある場所を見付けて、その真ん中で祈りを捧げた。コーンポラン (トウモロコシの花粉) をオファリングして、 “この大地の人々(ラコタの人々)と、私達日本人、それにナバホの人々を含め他のアメリカ先住民の人々が、互いに協力し合いながら、この美しい大地、環境を守っていけるように”、と祈った。その場所では、男性的な力に満ち溢れていた。 祈りを終えて集合場所に戻ってきた時、みんなの表情とエネルギーは先程とは明らかに違っていた。 麓まで下りる時には、優しい雨が降ってきた。スウェットの後、シャワーを浴びていない私達にとって、この優しい雨は浄化のシャワーのように感じた。 車に乗ってから、一番若い女性客 がこんなことを私に言った。 「帰り道の雨は、あなたが呼んだのね。行きの時の、激しい雨と雷はボスが呼んだものなんだよね」 きっとそうなんだろう。ボスのエネルギーはとても男性的で、私のエネルギーはとても女性的なものだ。そういう意味で、私達はうまくバランスが取れている。だから私は、ボスと一緒に仕事をしていると、安心できるのだと思う。
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16 ラコタ兄との小さなセレモニー ラコタツアー
パイプセレモニーが終わると、皆はそれぞれ寝床に向かった。私とラコタ兄はダイニングテーブルに残った。”スウェットの中での出来事を詳しく話しておきたい”、とラコタ兄が言ったからだ。 ラコタ兄はまず、落馬した女性に関するメッセージを話し始めた。スウェットの中に、馬のスピリットが現れて、ラコタ兄にメッセージを伝えてきたらしい。 「今から君に伝えるメッセージを、彼女にしっかり伝えておいて欲しい」 とラコタ兄が言った。 「今日起こった出来事は、単なる偶然などではなく、ちゃんとした意味があった。彼女はバランスを崩していた。落馬は、彼女自身がそのことに気付き、バランスを取り戻すために必要だった。馬はそのきっかけを作ったに過ぎない。 彼女に痛い思いをさせてしまったことを、馬のスピリットが詫びていた。でも馬は、重大な怪我にはならないような形で、彼女を落馬させた。馬のスピリットが、大怪我にはならないように守ったのだということを、彼女に知っておいてもらいたい。 彼女自身が今回の落馬事故からのメッセージに気付くのは、今すぐという訳ではない。もっと先のことになる。しかし必ず、彼女はこのメッセージに気付く事ができる。」 ネイティブ・アメリカンの言う ”バランス” というのは、Body, Mind, Sprit (肉体、精神、スピリット)のバランスの事を指す。彼女のどの部分がどんな風にバランスを崩していたのかは、ラコタ兄にも私にも分からない。それは、落馬した女性自身が、帰国後、元の生活に戻って落ち着いた頃に何かをきっかけにして気付くようになる、というのだ。ラコタ兄はこう続けた。 「馬のスピリットが、彼女にまた是非この大地に戻ってきてもらいたいと言っていた。また、この大地で馬に乗る機会が出てくる。その時彼女は、別の馬と出会うことになる。その馬は彼女のことをしっかり守ると約束してくれた。彼女は、その馬を必ず見付け出す事ができる。だから、彼女には必ず戻ってきてもらいたい」 彼女が聞いたら、喜ぶだろうな。彼女も馬が大好きなのだ。今回のことで、馬の事を怖いと思うようになったかもしれない。でも、次回彼女がまたこの大地に戻ってきたら、彼女の守り手となってくれる馬と出会う勇気を持って欲しいと思う。 *************** 参加者の中で一番若い女の子の話題になった。ラコタ兄は 彼女のことを心配していた。彼女には、私のスピリットの姿が見えていた。それに、ボスのスピリット、白い力強いエネルギー体の存在も見えていたらしい。しかし 彼女は、とても奥ゆかしい性格なので、そのことを確信できないでいた。彼女に、“もっと自分に自信を持て” “君がスウェットの中で見たものは、ホンモノなんだよ” ということを伝えておいて欲しいと言われた。 *************** 最後に、ラコタ兄は、私に対するメッセージの続きを伝えた。 私はスウェットの中でパートナーのことを話していた。去年私は、あるナバホ男性に出会った。彼はまだ正式に彼氏ではないが、この人がパートナーなのではないかと私は感じていた。ラコタ兄はこう言った。 「その人は君のパートナーではない。君はまだパートナーに出会っていない。君のパートナーは偉大な人物で、いろんなところを旅している。君は、焦る必要などないのだよ。もう少し、待っていなさい。悲しがる事はない。君は確実にそのパートナーと出会う事になっているのだから…。パートナーに出会ったら、君のスピリットは瞬時に彼のことを思い出す。君達はスピリットワールドでも、過去生においても、ずっと一緒に過ごしていたのだからね」 “パートナーに必ず出会える” という部分は納得できたが、“まだ出会っていない” という部分は腑に落ちなかった。私はこのツアーの後、そのナバホ男性と会う約束をしていた。週末には彼と “ラブラブキャンプ” に行く約束もしていた。(ラブラブキャンプというのは、私が勝手に呼んでいただけだ。そのキャンプのときに、彼のお気に入りの場所、彼だけの場所に連れて行ってくれることになっていた) 私が不満足な表情をしていることに気付き、ラコタ兄はクスッと笑った。 「どうであれ、君は気付くよ。そのキャンプは実現しない、とスピリットが言ってる。“君のお父さんの言う事を聞きなさい” とスピリットが言ってる。何の事か、分かるか?」 ……。スピリットが何を意味しているのか、分かった。実はその “ラブラブキャンプ” と全く同じ週末に、ナバホ父が Beauty Way Ceremony を開く事になっていたのだ。どちらを優先すれば良いのか、と私は考えていたところだった。 ……となると、今回の “ラブラブキャンプ” は何らかの形でキャンセルになり、私はナバホ父のセレモニーに参加する、ということか?…… これは私が心の中での問いかけだったのだが、ラコタ兄はニヤリと笑い、こう言った。 「その通り!」 ************** ラコタ兄は 「ちょっと、待っていなさい」 と私に声を掛け、ベッドルームから何かを持ってきた。セージとイーグルフェザーで作られた扇だった。それから、コップにきれいな水を注ぎ、私の目の前に置いた。 「君に祈りを掛けておきたい。このツアーで、最後までしっかり通訳という任務をこなせるように。このツアーの後、無事にナバホの大地に戻れるように。パートナーの事も含め、これからの君の人生、君がまっとうしなければいけない任務を、スピリット達が導き、守ってくれるように」 ラコタ兄はセージを両手の掌の中でくるくると丸め、小さなお団子を作った。それに火を点けて、スマッジングをした。セージの煙をイーグルフェザーの扇で私に扇ぎかけながら、ラコタ語で祈りを捧げてくれた。時折、コップの水にもセージの煙を扇ぎかけている とても厳かな時間だった。私は、心を真っ白にして、ラコタ兄の祈りの言葉とセージの香りに、身を任せていた。 「君の場合…」 と、ラコタ兄が静かに言った。 「迷ったときには、こうやってセージでスマッジングして、きれいな水に祈りを込めると良いようだ。心を真っ白にして、祈りの水を飲み干す。すると、迷っていたことへの答えが与えてもらえるよ」Continue reading “16 ラコタ兄との小さなセレモニー ラコタツアー”
15.パイプセレモニー ラコタツアー
スウェットが終わって外に出ると、全身汗だくでびしょ濡れの服に外気が当たり、一気に体温が下がった。まだ雨が降っていたので、歯がカチカチと鳴るほどの寒さだった。 あまりの寒さだったので、パイプセレモニーは服を着替えた後、家の中で行った。 パイプは 「白いバッファローの女」 からラコタに伝えられたもので、聖なる祈りの道具である。 パイプは、男性メディスンマンと女性メディスンマンの両方が統合された形をしている。パイプの柄の部分は、男性の性器を、パイプの下部の丸くなった部分(タバコを詰める部分)は女性の性器を、それぞれ象徴している。 タバコの煙は、私達の祈りをグレート・スピリットに届けてくれるもの。なので、ほとんどのネイティブ・アメリカンにとって、タバコは単なる嗜好品などではなく、神聖な祈りの道具なのだ。 この時のタバコには、アカヤナギ (オオバヤナギ) の中皮を使った。外側の赤い皮を剥いだ後、皮を削って乾燥させたもの。
14.スウェット・ロッジ ラコタツアー
ラコタ兄の家に戻ると、みんなが暖かく出迎えてくれた。みんなは私達を待っている間に、チラシ寿司を作り、スウェット・ロッジ用の火の準備をしてくれていた。 落馬した女性の体調を考慮すれば、落馬した当日にスウェットに入るというのはかなり無謀なことに思えた。しかし、ラコタ兄は無理してでも参加してもらいたいと主張し、お客さん自身も参加したいと希望したので、全員そろってスウェット・ロッジ・セレモニーをすることになった。 いよいよ、スウェット・ロッジ・セレモニーが始まる。ラコタ兄が始まりの祈りをラコタ語で捧げると、雨が降ってきた。遠くの方では、稲妻が光っている。雨は女性のパワー、稲妻は男性のパワーだ。「スピリット達が、このスウェット・ロッジを祝福してくれている」 とラコタ兄が嬉しそうに言った。 「今ここに、若いワシのスピリットと青い光のスピリットが来てくれている」 若いワシのスピリットは日中の光、青い光のスピリットは夜の光を象徴しているらしい。 今回のファイヤーマンには、若い男の子 が任命された。ファイヤーマンというのは、火の番人であり、”おじいさん”である聖なる岩をスウェット・ロッジの中に運び込んでくれる人だ。私も何度かやったことがあるが、想像していたよりずっと大変な役割なのだ。T はこの大役を任命されたことを、誇りに感じているようだ。 入る順番を決めて欲しい、とボスがラコタ兄に言った。ラコタ兄が指定した順番はこんな感じだった。 まず最初にラコタ兄。南側に女性軍。最初に 若い女の子、私、ラコタ兄の奥さん、落馬した女性、高齢者の女性二人組。それから男性軍。男性軍で一番年上男性、若い男の子、ボス、最後に ファイヤーマンの若い男の子。 “あれ?” と思った。“私が通訳なんだから、当然私がラコタ兄の隣でしょ? それに 落馬した女性は体調が悪いのだから、なるべく入り口に近い所に入れてあげるべきでしょ?” 瞬間的に、ラコタ兄の奥さんも同じことを感じたようだった。彼女は有無を言わさぬ口調で、ラコタ兄にぴしゃりとこう言った。 「ダメダメ。落馬したお客さんは体調が悪いし、スウェット・ロッジは今回全く初めてなんだから、私と通訳の間に座ってもらうわよ。そうすれば、私達2人で彼女のことを守ってあげられるからね」 ラコタ兄の奥さんは、落馬した女性客のことを気遣ってあげていた。 「熱くてしんどくなったら、頭を壁側の地面に向けると良いですよ。私は前の方に座って、壁側を空けておきますから…。辛くなったらすぐ、私か通訳に言ってくださいね」 やっぱりこの人はラコタ女性だ。さりげなくだが、確実にラコタ兄をサポートしてくれている。彼女がいてくれて良かった。 ************ スウェットが始まった。基本的に、スウェットの方法はそれを執り行う進行役によって異なる。下記に掲載するのは、ラコタ兄が進行役を務める、ラコタ式スウェットの方法である。 ラコタでは常に、4方向と宇宙と大地が自分につながっていると考える。その中心に自分というものが存在する。つまり、祈りを捧げるときは常に、7つの方向を祝福する言葉から始める。ラコタでの4方向は、西から始まる。西、北、東、南、という順番だ。 スウェットは第4ラウンドまである。 第一ラウンドは、自分達自身についての祈り。自分自身のこと、自分の持っている才能や特質、健康状態を認識する。すべて満たされていると感じるなら、そのことについての感謝を述べる。何か困っていることがあるなら、スピリット達にサポートをしてもらえるように祈る。 第二ラウンドは、両親や兄弟など近い血縁者のために祈る。自分という人間をサポートし、理解し、作り上げてくれたのは、家族なのだ。そのことに感謝の祈りを捧げる。もし家族の誰かが苦しんでいるなら、彼らがその苦しみから学びを得て、成長できるようにと祈る。 第三ラウンドは、ヒーリングのラウンド。ヒーリングが必要な人に対しての祈り。自分自身のことでも良いし、家族、友人のためでも良い。 第四ラウンドは、不要なものを手放すラウンド。私達はみんな、ネガティブな思考を持つ時がある。それらは次のステップへ進むため、成長するために必要なものだ。しかし、そこから学びを得て成長できた後には、ネガティブな思考をいつまでも持っている必要はない。だから、感謝の言葉とともに、それらを宇宙に手放してやらなければならない。 ************************ 第二ラウンドの途中で、ラコタ兄が私の肩をしきりに叩いている。ヒソヒソ声で私にこう言った。 「君に伝えなければならないことがある」 彼はこんなことを言った。 「青い光が見えるか? 君の目の前でチラチラと光を放っている」 目を凝らして、ラコタ兄の言う “青い光” とやらを見ようと頑張ったが、私には見えなかった。でもラコタ兄がそう言った時、既に私は自分の周りにスピリットの存在がいることを感じていた。 ラコタ兄はこう続けた。 「青い光は君のスピリットだ。君にメッセージを伝えて欲しいと言ってる。」 「スピリットが君に、“今取り組んでいる仕事、イエスカの仕事をしっかり続けなさい” と言っている。イエスカ (iyeska) というのは、ラコタ語で通訳者という意味だ」 それを聞いた途端、私は声を上げて泣き出した。 スピリットからのメッセージは続いた。 「イエスカの仕事は、とても重要な仕事だ。私達は君の助けを必要としている。大変な仕事ではあるが、君の歩いている道をこれからも歩み続けていきなさい。私達はいつも君のそばにいて、君を助けている。私達が君をイエスカに選んだ。君は選ばれし者なんだ」 「スピリット達が君のことを心配している。君がこの仕事をあきらめてしまうのではないかと…。自信を失ってしまっているのではないかと…。」 “You’re the chosen one.” の部分が、頭の中でエコーのように響いた。 本当のことを言うと、その時の私はすっかり自信を失っていた。 自分は全く役に立っていないのではないか? スウェットが終わったらボスに話そう。7月のツアーの通訳はお断りしよう。きっと次回は、他の人に通訳をやってもらった方が良いに決まってる…。 そういうようなことを、ぼんやりと考えていたのだった。だからこのメッセージは、本当に良いタイミングで聞くことができた。
13.笑いは最高の薬、ラコタツアー
落馬した女性の診察も無事終わり、いよいよ病室を出ようとしたとき、面白いことがあった。 ”面白い” と言うと怒られてしまうかもしれないが、私達の目の前を重病患者の男性が通り過ぎたのだ。アメリカの病院は何でも大げさにやるという点を考慮に入れると、実際にはそれほど重態ではなかったと思う。しかし、本当にものすごい重病患者に見えた。 その患者は鼻の穴と腕に管を通されており、患者の周囲には左右2人ずつの人間が付き添っている。右前に医者、左前に看護婦、右後ろと左後ろには親族。その後ろにはさらに4人の親族が、後をついていく。患者は少し背の高めのリクライニング・ベッドの上で、神妙な面持ちだ。 ラコタ兄が思わずこう言った。 「すごいな。ファーストクラスよりもゴージャスだぜ」 ボスと私は思わず吹き出してしまった。安心したことに、患者自身も鼻に管を通した状態で何とか笑顔を作り、私達に右手を上げてくれた。医者も看護婦もこらえきれず、笑い始めた。(親族だけは笑っていなかったが…) ひとしきり大声で笑うと、何だか気持ちがすっきりしてきた。ラコタ兄がこう言った。 「君に笑顔を取り戻すことができて、良かった。笑いは、何よりも効果的なメディスンになるからね。 (Laughter is the best medicine.) 」 それから私達は車に乗り込み、ラコタ兄の家に向かった。ラコタ兄が運転して、ボスが助手席、私と 女性客が後部座席に座った。家までは1時間半ほどのドライブだったが、時間は全く感じなかった。というのも、私達は順番に冗談や面白い話をしまくり、大声でゲラゲラ笑い続けていたからだ。中にはイマイチなジョークもあったが、私達はともかくどんなものであれ、大声で笑った。 ラコタ兄が言ったことは本当だ。笑いは最高のメディスンなんだ、と実感した。 ラコタ兄、ボス。 ベスト・メディスンをどうもありがとうございました。あなた達が病院の待合室に帰ってきてくれた時、本当に心強く感じました!
12.ER ラコタツアー
シャイアン・リバー・スー部族両院に到着し、落馬した女性を診察室に連れて行った。 医者がやってきて、問診を行う。医者の質問の中で、いくつか意味が不明な単語があったので、それを何度か聞き直す、ということをした。 そのことが、女性客を不安にさせてしまう原因になったのだと思う。きっと悪気は全く無かったのだろうが、女性は私にこう言った。 「私は英語が話せるし、アメリカの病院に来た事もあるの。だから、そばにいてくれなくても良いわよ」 その言葉が、とてもショックだった。 “あなたの助けなんていらない!” そんな風に聞こえた。思わず、後ずさりした。病室から走って出て行ってしまいたい心境だった。しかし、ボスも医者も、私にそうさせなかった。「患者がパニックになる恐れだってある。だから、何と言われようが、彼女のそばについていてあげなさい」 と。 医者の問診が終わると、レントゲンを撮ることになった。病室とレントゲン室は少し離れている。レントゲン技師が、女性を乗せた車椅子を押してレントゲン室まで移動する間、私は肩を落としてついていった。 “あなたの助けなんていらないわよ” そんな風な言葉が、頭の中でグルグルと回る。 レントゲン室では、結構長い時間待たされた。女性客と2人っきりの時間が、とても長く感じた。 女性はこう言った。 「レントゲンを取る間は、外に出ていた方が良いわよ。あなたはまだ若いから将来子供を身ごもることになるでしょう。 出来る限り、レントゲンの放射能を浴びない方が良いと思うの」 彼女は本当に私の体を心配して、こう言ってくれたのだと思う。 そこで私は、レントゲン室の外で待つ事にした。 たかがレントゲンなのに、とても長い時間掛かった。 あまりにも長いので心配になり、中に入ろうとした。 しかし、中から鍵が掛かっていて、入れなかった。 やっとレントゲン技師が、部屋から出てきた。彼女は先程よりもさらに顔色が悪くなり、げっそりしている。 中で一体何があったのだろう? レントゲンを取るだけで、これほど体力が消耗するものなのか? 私はレントゲン技師に聞いた。 「レントゲンを撮るだけなのに、どうしてこんなに時間が掛かったんですか?」 すると、レントゲン技師は薄ら笑いを浮かべて、こう答えた。 「いやぁ、4枚取ったんだけど、使えないものばかりだったんで、最後の1枚でやっと使える写真が撮れたんだよね」 何だって? お前のせいで、こんなに時間が掛かって言うのか? それにお前、何でへらへら笑ってるんだよ? 女性によると、レントゲンを撮るためにはベッドに上がらなければならず、そのベッドが高い位置だったから上がるまでに苦労した、のだとか。 「あいつ、全然手を貸してくれなかったの?」 と私が聞くと、女性は黙ってうなづいた。 何てヤツなんだ? 怒鳴りたい気持ちが込み上げてきたが、まだ彼女の治療は終わっていない。私がここで怒鳴った所で、どうにもならないことは分かっていた。 病室に戻って、レントゲン技師が医者にレントゲン写真を手渡した。医者はそれに一瞬目をやり、それから妙な表情をして、女性客の元にやってきた。 「あなたが怪我したのは、右足ですよね? 彼が撮ったのは左足のレントゲン写真だったんです。これじゃダメだ。レントゲンを撮り直します。」 レントゲン技師がまた半笑いの表情で、こちらにやってきた。私は精一杯怒りを抑えて、レントゲン技師にこう言った。 「彼女は全身打撲で、ちょっと体を動かすだけでも大変なんです。それを分かってあげて下さい」 それに対して、アホのレントゲン技師はこんな返答をした。 「彼女が痛みを感じていようがいまいが、俺には全く関係ない。レントゲンの撮り直しも、俺は全く気にしない。俺はちっとも構わない」 私の全身を、熱い血が駆け巡っていった。私はレントゲン技師に対して、激怒していた。よっぽど何か言ってやろうかと思ったが、とにかくまだ治療の途中なのだ。私が怒鳴る事によって大変な目に遭うのは、私ではなく 彼女なのだ。そう思って、怒りを飲み込み、何も言わないでおいた。 そうは言っても、私が怒っていることは明らかだったので、レントゲン技師はこんなことを聞いてきた。 「俺の事を訴えたりしないよな? 俺は俺なりに仕事をまっとうしてるんだ。君が俺を訴える事なんて出来ないぜ」 誰も一言も、訴えるなどと言っていない。第一、私はあれから何も言っていないのだ。さすが、アメリカの病院のスタッフだ。患者に訴えられるということを、最も恐れているのだろう。 *************** それから 女性客はレントゲンの撮り直しを終え、また病室に戻った。いろんなことが起こって、やりきれない気持ちだった。彼女が病室で医者を待っている間、私は待合室で待つ事にした。 その時ボスは、その場にいなかった。ラコタ兄と一緒に、私達の食べ物を買いに行ってくれていたのだ。 一刻も早く、ボスとラコタ兄に会いたかった。私一人では、不安でたまらなかったのだ。 ようやく、ボスとラコタ兄が待合室に戻ってきた。私は、ボスが買ってきてくれたハンバーガーをほおばった。空腹なのに、ちっとも美味しく感じない。無理やり流し込んでいるという感じだった。 ボスが私に 「おい、大丈夫か?」 と聞いた。ボスの目は、彼が私の気持ちをすべて感じ取ってくれていることを物語っている。不覚にも、私は泣き出した。 それから、ポツリポツリと、私は心の中を吐き出していった。 女性客から 「そばにいてくれなくても良い」 と言われて、落ち込んだということ。Continue reading “12.ER ラコタツアー ”
11.信頼 ラコタツアー
乗馬を終えて、ラコタ兄の従兄弟の家に戻った。落馬した女性は少し眠ったそうだ。容態が良くなったようには見えない。立ち上がるとひどい頭痛がすると言って、女性は吐いた。 やはり、病院で手当てを受けた方が良い。そこで、女性を病院に連れて行くことにした。 病院までは車で一時間半ほど。私と年配の女性2人組と共に、ピックアップトラックの荷台に乗った。 私はこの2人の体調が心配だった。今回のツアーは実にハードだ。飛行機を3本も乗り換えてラピッドシティまでやって来て、休む間もなく連日あちこち出かけていたからだ。 2人は私の母と同じ位の年齢だった。 疲れていないはずがない。 それなのに、この2人はいつもパワフルで、周囲に気を配ってくれている。 私達が乗馬ツアーに出掛けた後にも、落馬した女性を起こさないように気遣いつつ、様子を見てくれていたらしい。 「お2人とも、体調は大丈夫ですか?」 と私は2人に尋ねた。 「大丈夫だよ。この旅行に来る前に、2人で固い約束をしたのよ。 絶対に無理はしないって。 だからなるべく早めに寝るようにしてるし、体調には気を付けてる」 2人はそう言ってくれた。 私は将来、今ボスがやっているようなツアーを組んで、お客さんにナバホ国を案内したいと考えている。 でも、今日の落馬事故を体験して、やっぱりまだまだ先になるな、と感じていた。 お客さんを連れて行くだけなら、誰にだってできる。 でもいざと言うとき、何かあったときに、対処できるのかと聞かれると、私にはまだまだ実力も自信もない。 2人はこんな話をしてくれた。 「私達はボスと長い付き合いをしているの。 その中で、確実な信頼関係を築き上げる事が出来た。 このツアーに参加しようと決めたのも、ボスを信用しているからよ。 だって、そうでしょ? アメリカ・インディアン保留地に行くツアー、つまりどんな所なのか全く分からないところへ連れて行かれる訳じゃない? 信頼関係が無かったら、絶対お客さんは来ないわよ」 確かにそうだ。 ラコタ兄の家では、シャワーは使えないし、トイレも屋外のものを使う。 ちょっとした買い物に行くまでに、数時間車を運転しなければならない場所なのだ。そういうツアーに参加してくれるというのは、勇気のいる事だと思う。 2人はこう付け足してくれた。「いずれ、あなたがナバホ・ツアーを組むなら、私達は是非参加させてもらうわよ。それまでに、いろんな人達とも、しっかりした人間関係を築いておきなよ」 2人の言葉が胸に染み込んでいった。そうしよう。今回のツアーで、ボスからたくさん学ばせてもらおう。人間関係のしっかりした絆の結び方を、学ばせてもらおう。 お二人とも、良いお話をどうもありがとうございました。
10.乗馬 ラコタツアー
女性客が落馬してからは、みんな何となく馬を怖がるようになっていた。他の高齢の人達は、ラコタの人に手綱を引いてもらいながらトラックの中を軽く2-3周しただけで、「もう十分満足した」 と言って乗馬を終えた。 私はさっきよりは少し成長していて、ちゃんと仕事をまっとうしていた。お客さんが満遍なく馬に乗れているかどうかに、気を配る事に徹していたのだ。全員が満遍なく馬に乗る機会が与えられている事に、私はほっとしていた。 今度は新しいメンバーの一行が、トラックを出て少し遠出をすることになった。時間的なことを考慮すると、このグループが帰ってきたら今日の乗馬は終わりだろう。私はその時まだ、馬に乗るチャンスが無かった。きっと今回は、このまま乗れないだろう。それでも仕方が無い。今回の主役は、あくまでもお客さん達なのだから…。 少し残念ではあったが、私は自分の立場をちゃんとわきまえていた。それで良いと思った。 第二弾の一行がトラックの外に出たので、私も後ろから小走りでついていった。馬の後ろに立つのは厳禁だと言われていたので、少し距離を空けて、みんなの様子が見渡せるような距離にいた。 その一行の中に、ラコタの女の子がいた。彼女は私に気付いて、声を掛けてくれた。 「歩いてついて来られるような距離じゃないよ。馬を用意してあげるから、馬でついて来なよ」 「私のことは良いよ。馬に乗る機会はまたあるだろうしね。心配してくれてありがとうね」 と私は返答した。 それでも彼女は、こう言ってくれた。 「通訳だって、楽しむ権利はあるよ。私の馬を貸してあげるから、一緒に行こうよ。良い馬だよ」 私達は、納屋まで戻った。納屋にはもう鞍が残っていない事を、私は知っていた。しかし彼女は、あちこちから鞍やら綱やらをかき集めてくれて、準備をしてくれた。その鞍と綱はボロボロのもので、私は少し不安になったが、この子が一緒にいてくれるから大丈夫だとも感じていた。 彼女の馬はイギという名前。茶毛の牡馬で、人間の年齢に換算すると、40歳くらい。「この子は本当に良い馬だよ。あなたのことをちゃんと守ってくれるから、安心して」 と彼女が言った。 確かにイギは、私の言う事を忠実に聞いてくれた。きっと相性も良かったのだと思う。段々慣れてくると、ギャロップが楽しくなる。イギは私の調子を伺いつつ、軽快にギャロップしている。 ラコタ兄が私にこう言った。「うまいね。君が馬に乗っている姿は、本当に自然体そのものだ。何度も乗った事があるのか?」 そう言うラコタ兄の方こそ、自然体そのものだよ。さすがラコタだ。 私に関しては、私はきっと前世で馬に乗っていたのだと思う。だから初めての乗馬のときから、周囲の人に 「うまいね」 と言われていた。 私の乗馬初体験は、アリゾナ州セドナでの乗馬ツアーの時。もう、8年以上も前のことだ。その時私が乗った馬は、プリティボーイという名前の若い牡馬。名前の通り、とてもきれいな馬だった。プリティボーイは、私のことをしっかり守ってくれた。ギャロップする前や、ちょっと段差がある時には、必ず一旦立ち止まり、後ろを振り返って私の様子を伺うのだ。 「私は大丈夫だよ。さぁ、行こう」 と声を掛けると、プリティボーイは安心して前に進む、という具合だった。 今回のイギも、終始そんな具合だった。 私達の一行は、ラコタ兄、ラコタ兄の従兄弟、ボス、若い男の子、若い女の子、私、ラコタの女の子、ラコタの少年の8人だった。このメンバーはみんな、楽々と馬を乗りこなしていた。その事に安心したラコタ兄の従兄弟は、どんどん先へと進んでいった。 途中、小高い丘で、ワシが2羽見えた。ネイティブアメリカンはワシが大好き。ラコタメンバーは全員ワシの存在に気付き、喜んでいた。 日没が近付くにつれて、馬達に異変が起きた。何やらみんな、急に急ぎ足になった。ラコタ兄の従兄弟が、「馬達はもうすぐ食事の時間だということが分かってるんだ。だから急いで家に帰ろうとしているのさ」 と言った。最初は軽いギャロップだったのが、段々悲壮な感じの走りになってきた。みんな、よっぽど空腹らしい。 こんなこともあった。ボスが乗っていた白馬が、私の目の前で T の馬を後ろ足で蹴った。ものすごい勢いだったので、ビックリした。しかも、一度だけではなく、 何度も。ラコタ兄の従兄弟が、「彼には近寄るな」 と声を掛けると、みんな一斉にボスの馬から離れた。 ラコタの女の子が、ひそひそ声で私にこう言った。「大丈夫だよ。あの白馬が蹴るのは、あの男の子が乗ってる馬だけだから。あいつら犬猿の仲なんだよね。イギの事を蹴ったりはしないから、安心してよ」 それを聞いて、ほっとした。 馬の世界にも、いろいろあるようだ。
9.落馬事故 ラコタツアー
2006年5月20日。この日は乗馬をすることになっていた。 牧場を持っているラコタ兄の従兄弟の家まで、車で一時間ほど。とても、ワクワクしていた。私は馬が大好きなのだ。 馬に乗る順番は、何となく早いもの勝ちのような雰囲気が漂っていた。一頭づつ馬に鞍を装着して、「この馬は誰が乗る?」 と聞いていくという感じだった。 体の大きな茶毛の馬が鞍を付けている間、私はその馬に見とれていた。きれいな馬だったのだ。 ボスが 「この馬は誰が乗る?」 と聞いたとき、私は勇ましく 「私!!」 と名乗りを上げた。しかし、ボスにあっさりと却下された。「君の順番はもう少し後。僕と君の両方が馬に乗ってしまったら、通訳をする人が残らなくなってしまうだろ?」 しょんぼりと肩を落とす。”そっか。私はスタッフだから、こんな時はお客さんを優先させてあげなきゃいけないんだ…” そうは言っても、ボスは誰よりも先に馬に乗っていたけど…。 結局その馬には、別の女性客が乗る事になった。メンバーの内の半数ほどが馬に乗って、トラックの外に出て行った。 ラコタ兄と私は、馬の群れの後を歩いてついていき、お客さん達を見守る事にした。トラックを出てから、馬の一行は小川の方向に向かって進んでいた。どの馬もゆったりと歩いていて、危険は無さそうだった。 馬の一行は小川を越えて、小さな丘を登ろうとしていた。その時、ある事件が起きた。 1人の女性が、馬から落ちた。私が乗ろうとしていた馬に乗った女性のお客さん。その瞬間の映像は、今も私の脳裏に焼きついている。 上り坂に差し掛かって、馬の足取りが急にギャロップになった。その瞬間、女性の体が馬から離れ、背中側から宙に浮いて、地面に落ちた。一瞬の出来事だったのに、スローモーションのように見えた。 次の瞬間、ラコタ兄と私は彼女の元に走り出した。小川の水量は膝くらいまであったのだが、靴を脱ぐこととか、ズボンをたくし上げようなどという考えは、微塵も起こらなかった。とにかく、全速力で彼女の元に走っていった。 ボスとラコタ兄の奥さんが馬に乗った状態で、お客さんに話しかけていた。 ーー大丈夫ですか?ーー ーー頭を打ちましたか?-- ーーどこか痛い所はありますか?-- 落馬した女性が、か細い声で何とか返答している。 ーー頭は打っていない。背中とお尻から落ちたので、そこが痛いーー こんな時、どうすれば良いんだっけ? 確か、学生時代の保健の授業で、応急処置の方法を習ったはず。えっと、確か…、後続事故の危険がある場合を除いて、患者を動かしてはいけないって習ったっけ…。 そんなことを考えていると、ラコタ兄がこう言った。 「上半身を起こさせるんだ」 エッ? 動かしちゃいけないんじゃないの? でもこの人の職業はカウボーイ。自分も落馬経験があるだろうし、落馬した人の対処法も知っているはずだ。この人が助けてくれる。 「体を起こして、座れますか?」 と私が聞くと、お客さんは 「体が痛すぎてムリ」 だと言う。それでもラコタ兄は、「無理にでも体を起こさせるんだ」 と言い張る。 若い男の子と私の2人で お客さんの体を支えて、体を起こさせた。するとラコタ兄が、「よし、座れるな。今度は立たせてみろ」 と言う。体を動かす度に、お客さんの表情が苦痛でゆがむ。何とか自分の足で立ってもらった後、ラコタ兄は お客さんに片足ずつ動かしてみるようにと言い、それから全身を順番に動かさせた。ラコタ兄が 「どうやら、骨は折れていないようだな」 と言った。 その間に、ラコタ兄の奥さんが急いで車の所へ戻り、ピックアップトラックを運転してその場に戻ってきた。 ラコタ兄が楽々と 落馬した女性の体を担ぎ上げ、ピックアップトラックの助手席に乗せた。お客さんは、ラコタ兄の従兄弟の家に担ぎ込まれた。 ラコタ兄の従兄弟もその奥さんも、のんびりと構えている。「落馬したの? あぁ、そうなの? じゃ、しばらく休んでいけば?」 という感じ。この人たちからすれば、落馬など日常茶飯事なのだろう。 落馬した女性はしばらく家の中で休む事になった。 後でラコタ兄に聞いたのだが、落馬した場合は、頭を打った場合や骨が折れている場合を除いて、すぐに体を動かさなければならないのだそうだ。そうしなければ、筋肉が硬直してしまって、本当に動けなくなってしまうらしい。 それに、ラコタ兄はこんなことも言っていた。 「乗馬には落馬はつきものだ。落馬しても、馬を怖がらずにまた挑戦する。そうすると、次回は 「カウガール」 並みにうまく乗りこなせるのだ…」 と。
8.拡大家族 ラコタツアー
ラコタの親族関係を言い表す言葉で、tiospaye という語がある。これは 「拡大家族」 という意味だ。 ラコタの親族関係は、一般社会のものと少し異なる。 ちょっとややこしいのだが、説明しておきたい。 ここに、一般的な家族、(父親、母親、子供)がいるとしよう。 日本なら、子供からすれば、父親、母親は一人ずつだ。 しかしラコタでは、父親の兄弟も 「父」で、その子供は 「兄弟姉妹」になる。父親の姉妹は、「叔母」 で、その子供は「従兄弟」になる。 同様に、母親の姉妹も 「母」で、その子供は「兄弟姉妹」となる。母親の兄弟は、「叔父」 で、その子供は「従兄弟」となる。 つまり、「お父さん」「お母さん」と呼べる人が一人きりではなく、「兄弟」「姉妹」と呼べる人も一人きりではないのだ。 ***************** 私はこのことを知らなかったので、ラコタ兄にやたらと 「兄弟」「姉妹」 が多いことに驚いていた。後で聞くと、こういうことだったのだ。 **************** この拡大家族制度は、ラコタ国で今も生きている。このことによって、子供たちはより多くのサポートや愛情を受ける事ができる。 保留地を訪れたことがある人なら誰でも経験していると思うが、保留地の子供たちはとても人懐っこい。それはこの拡大家族という環境で育ったお陰なのだ。この拡大家族の恩恵を受けている子供たちは、大人になってから社会の中やコミュニティの中でも柔軟に対処していく術を身に付けている。 ********************** ちなみに、ラコタ語で 「兄」 は ティーブロ(tibloーー女性から兄を呼ぶ言葉) と言う。私がラコタ兄のことを “ティーブロ” と呼ぶと、ラコタ兄はとても嬉しそうだった。 ここにまた、ラコタの文化背景がある。 ラコタの人々にとっての価値観もまた、一般社会のものとは異なる。 伝統的なラコタにとっての “富” とか “裕福さ” というのは、物質や財産、家畜の数などではなく、「何人、親族と呼べる人がいるか?」 ということによって決まる。 物質、財産、家畜といったものは見せ掛けの富や裕福さであり、精神性の向上や精神的な幸せにはつながらない。真の富とか裕福さ、幸福は、「どれだけ寛大になれるか?」 ということで決まると考えられている。 ラコタにはギブアウェイという考え方がある。“ある人が無い人に出してあげよう”、という考え方だ。ここにも、ラコタの伝統的な考え方が盛り込まれている。ギブアウェイは、その人がいかに寛大であるかを示すものなのだ。 ************************** 現代の日本では核家族が主流になっているが、私達日本人の祖先もかつては大家族で生活してきた。 保留地にはこの古き良き時代の名残が、今もしっかり残っている。 私達が保留地を訪れて懐かしさを感じるのは、私達のDNAが同じ価値観を覚えているからなのだろう。
