ピースメイキングには7つのステップがある。 1.準備段階としての情報を得る。 歴史から、経験から、セレモニーでのメッセージから、神話からの教えを共有する。 2.開会の祈りと参加者の自己紹介 スピリット達に助けを請う。 3.情報の開示 当事者が、なぜピースメイキングが必要なのかという理由や、ゴールを共有する。参加者達は、自身の経験や知識を共有する。知識と経験を正しく使うことによって、参加者全員が癒される。大切なのは、知識や経験を独り占めしないこと。ピースメイキングには、みんなの力が必要だからだ。その場に集まった参加者達は全員、そこにいる必要があるからこそ、共有するものがあるからこそ、その場にいるのだということを理解する。異なる経験、知識を持つ人が集まれば、いろんな意見が出て、新しい発見ができる。 4.問題解決の手段・方法を発展させる。 5.問題をはっきりと認識し、再発防止のための手段・方法を話し合う。 6.ピースメイキングで得た知識・発見を公表し、宣言する。ここでは、単なる口約束や握手を交わすだけではなく、きちんとした公的な書類に署名することによって、約束する。 7.閉会の祈り 祈りを通じて、各人の使命・任務を再認識する。
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「ナバホピースメイキング」 ナバホ情報
ピースメイキングとは、知識を正しく使って問題を解決する理論のこと。 その際に使用する知識とは、ナバホの概念・理論で、これはナバホ神話に基づいている。 これらの教えの中には、自分、家族、周囲の人、世界、宇宙とのつながりを意識し、大切にすることが含まれる。 人間はみな、ユニークな存在だ。だからこそ、存在価値があり、貴重なのだ。誰もが特別なギフトを与えられてこの世に誕生する。その自分にしかない特別なギフトを、正しい場所で正しい人達と分かち合っていかなければならない。 ピースメイキングで大切なことは、まずすべての人を同じステージに立たせること。互いに批判したり、どの考えが正しくてどの考えが間違っていると決め付けることはできない。批判や決め付けは、とても危険なことだ。 例えば、宗教について。キリスト教、ナバホの伝統的な教え、ネイティブアメリカンチャーチ信仰、仏教、イスラム教などなど、名称や方法は異なるが、本質的に目指しているゴールは同じなのだ。考え方、行き方が異なる。ただ、それだけのこと。ピースメイキングを通して、そのことを理解していく。 ナバホでは K’e という言葉がある。すべてのものはつながっている (ワンネス)と言う考え方である。 人はそれぞれ、学びや理解のタイミングが異なる。誰かを無理に導くことはできないが、知識を共有することはできる。それがピースメイキングの目的である。 すべてのものには二面性がある。両方がちょうど良いバランスをとることが大切。ネガティブな力に出会ったときは、恐れてはいけない。その力を知り、影響力を知り、限界を知り、克服方法(バランスをとること)を知ること。そうすれば、ネガティブな力をコントロールし、制することができる。 私達の成長過程には、黒、青、黄、白という4つの段階を経ていく。 黒 - 物事を開始した直後には、いろんな要素によって混乱が生じる。試行錯誤を繰り返しながら、方向性を見極める。 青 -失敗をたくさん経験する。例えば、幼い子供に「ストーブに近づくな」と注意しても、子供は実際にストーブに触って熱さ(痛さ)を経験するまでは、どうしてストーブに近づいてはいけないのかという本当の理由が分からない。一旦経験すると、失敗から学習するのでもう二度とストーブに近づいたりはしない。人生の中で、失敗を経験するのも良いことだ。失敗を客観的に観察し、分析し、次のステップのための材料として使えば良い。 黄 - 自分1人で考えていては、どうしても主観的になりがちになる。そこで、他の人に相談して、客観的な意見を仰ぐのも一つの手になる。話し合いによって、方向性がくっきりと見えるようになることがある。 白 - これまで積み上げてきたもの、蒔いてきた種が実り、収穫の時期を迎える。素直に心を開いて、もらう、受け取る楽しみを満喫する。 この4つの段階の中で、時には黒と青を行ったり来たりすることがある。しかし、そういった失敗や試行錯誤を繰り返したからダメだということではなく、苦労を重ねた分、最後の収穫が大きいと考える。 白の段階まで行けば、その4つの段階で得た経験・知識を元に、さらに上級の物事に挑戦する。そうやって、知識のレベルを上げながら、人生の輪(段階)はずっと続いていく。 私達の祖先は、彼ら自身の人生における経験や知識を、歌や祈り、神話の中に盛り込んでくれている。迷ったときは一旦立ち止まって、祖先の残してくれた道案内を熟考してみるのも良いだろう。これらは私達の人生の旅における貴重なデータベースなのだ。 経験は知識になる。経験は自分のことを助けてくれる。また、その経験を他人と共有することによって、他人の成長を助けてあげることもできる。 アメリカの裁判制度は、白黒をはっきりつける、勝敗をつけることが目的だが、ナバホのピースメイキングでは問題が起こった原因・理由に焦点を当てている。表面だけを見ていると、同じ失敗を何度も繰り返すことになるからだ。原因・理由を正しく見極め、問題解決のための糸口を見つけることが大切。ピースメイキングセッションでは、臨機応変にセレモニーを実施し、スピリット達の助けを請うことがある。 ピースメイキングセッションでは、円を描くように座る。そうすることによって、対立を避け、人々が安心して意見を述べられる環境を作る。話し合いを続けていくうちに、当事者、参加者、ピースメイカー自身も癒されていく。大切なのは、参加者全員が意見を言える機会を設けること。 ・ピースメイキングとは平和的な存在を確立するための方法であり、プロセスである。 ・ネガティブなエネルギーの正体を知り、それを癒すことによって調和が生まれる。 ・調和を生み出すためには、ネガティブなエネルギーが必要。だから、ネガティブなエネルギーをいたずらに怖がる必要はない。調和を生み出すプロセスの始まりなのだと思えば良い。
「ナバホ神話」 ナバホ情報
ナバホの創世神話の中で、Dine (ナバホの人々)はHoly People によって生きる術を伝授された。その中には、自然や母なる大地に生きるすべての生き物とともに生きる、Ke として知られている周囲の環境と調和して生きるための教えも含まれる。 Dine が住むべき場所は、Dine bikeyah (Navajoland)として知られている、4つの聖山に囲まれた土地だ。4つの聖山とは、 東に位置するブランカ山 この山が象徴するものは、白、日の出、人生の始まり(誕生)、 hozho (調和)の始まり、春、浄化、白い貝殻。 南に位置するテイラー山 この山が象徴するものは、青、日中、人生の青年期、夏。ターコイズ。 西に位置するサンフランシスコピーク この山が象徴するものは、黄色、人生の成熟期、秋、アワビ石。 北に位置するテイラー山 この山が象徴するものは、黒、人生の老人期、冬、ジェットストーン。 こうして人生の輪が完成する。 4という数字は、ナバホ哲学に浸透している。4つの方向、4つの聖山、4つの色、最初に作られた4つのクランなどは、必ず関連している。ナバホのセレモニーでは4つ、あるいは4の倍数の数の歌が用いられる。 神話の中で、「白い貝殻の女」が「太陽」との間に双子の男の子を授かる。双子の男の子達が父である「太陽」に会いに行ったとき、父は息子達にあらゆる試練を与え、それらのテストに合格するかどうかを見極めた。男の子達はすべてのテストに合格したので、太陽はやっと彼らを自分の息子達だと認め、神聖な道具を与えた。 この神話が教えているメッセージは 「何かを進めるためには、まずあらゆる試練を乗り越え、テストに合格しなければならない」 ということだ。
「ナバホコードトーカー」 ナバホ情報
第二次世界大戦中、日本軍はアメリカ軍の暗号をすべて解読してしまった。そこで、ナバホ語を使って暗号を作るという案が出された。 ナバホ語は複雑で、しかも文字化されていなかったので、日本軍は最後までこの暗号を解読することができなかった。 最初に29名のナバホの志願者が集められ、この志願者達の助けを借りて、ナバホ語の単語が軍用語に関連付けられた。 ナバホコードトーカーの全体数は400人ほどだった。彼らはとても大事にされ、1人ずつにボディガードをつけられた。 しかし、ナバホコードトーカーによる戦争への多大な貢献は、1969年まで公式に発表されなかった。戦後25年が経過していた。 1982年、レーガン大統領は、8月14日をナバホコードトーカーの日とすることを決定した。
「ナバホの印章」 ナバホ情報
上部の開いている部分は、東の方角をさす。 外部に向かって放たされている矢じりは、黄色のトウモロコシの花粉で、ナバホのセレモニーで使われるものだ。別の説では、これはアメリカの50州からナバホの大地を守ろうとしているとも言われている。 その内側には3本のラインがあり、ナバホの主権のシンボルである虹を象徴している。虹はナバホ国の荘厳さを表している。それぞれ外側から、赤、黄、青となっている。 その下には黄色い太陽が描かれ、ナバホ国と4つの聖山の上にかかっている。 4つの聖山はそれぞれ、セレモニーの色を象徴する。 東 - 白 - White Shell Woman 南 - 青 - Turquise Woman 西 - 黄 - Abalone Woman 北 - 黒 - Jet Black Woman その下には、2本の緑色のトウモロコシが描かれ、ナバホの人々の生計を支えている。 中央には、3種類の動物、馬、牛、羊が描かれ、ナバホの家畜を象徴している。
「ナバホ国の国旗・印章」 ナバホ情報
ナバホ国の国旗は、1968年、正式に国旗として採用された。 1868年の条約で決められた保留地が茶色で描かれている。その大地は4つの聖山で囲まれている。
「ロングウォーク」 ナバホ情報
アメリカ軍とメキシコの戦争が終わった後の1846年、アメリカ政府は南西部の領地を所有した。しかし、ナバホの人々は自分達の聖地にアメリカ政府が入り込むことを頑なに拒んだ。彼らの神話の中で、kの聖地はHoly Peopleからナバホの人々のために創った土地であり、ナバホの人々はこの土地を守るようにと言われてきたからだ。 1863年、キット・カーソン大佐は、ナバホの聖地の焦土戦術を命じられた。そして彼は、ナバホの人々の生計を壊し、家族の集まりを崩していった。作物を奪われ、生計の糧となっていた羊や馬を奪われ、男、女、子供達を大虐殺されたナバホは、1863年から1864年の冬にアメリカ政府に降伏した。 その降伏によって、8000人ものナバホの人々は、500キロもの道のりを歩かされた。これがロングウォークと呼ばれるものである。向かわされた先は、ニューメキシコ州にある保留地で、フォートサムナーやボスケレドンドと呼ばれているところだった。その土地は風の吹き荒れる土地で、Pecos Riverから引かれた水には大量の塩が含まれていたため、作物はほとんど育たなかった。飢えに加え、ペストや旱魃、あられなどの災害によって、何千人ものナバホの人々が病気、飢餓、日照りにより、亡くなった。 1868年、アメリカ合衆国とナバホ指導者の間で、ボスケ・レドンド条約がサムナー砦で調印された。これにより、ナバホの人々は故郷の聖地へと戻ることとなった。
「砂絵」 ナバホ情報
ナバホの神話の中で、ナバホの人々は Holy People から癒しの手段として、砂絵を教えてもらった。 宇宙と地上の万物は、常にバランスの取れた状態でなければならない。そのバランスが崩れたときに、病気や災いが起こる。ナバホの人々は、祈りのチャントやハーブ、祈り、歌、そして砂絵をスピリットにオファーして、宇宙と地上の万物を癒し、バランスを取り戻そうとする。 本来、砂絵はバックスキンの上に描かれる。砂絵の技術や心得は、メディスンマン達から、忍耐と学ぶ意欲を持った次世代の若者達へと丁寧に伝えられてきた。 砂絵はセレモニーが終了すると、きれいに消し去られる。日没前にホーガンの外に持ち出し、風に吹き飛ばされることで母なる大地へと戻っていく。砂絵の種類は1000以上あると言われているが、メディスンマン達は記録を残しておかなかったため (砂絵を記録に残すことはタブーとされていた)、現在も知られているものはその半分にも満たないと言われている。 砂絵はホーガンの中で描かれる。 母なる大地の上に真っ白な砂の土台を作る。オープンに開かれた東の方角から作り始める。東はホーガンの入り口の方角でもある。そうすることで、邪悪なスピリットが二度と戻って来ないようにする。 砂絵はメディスンマンの元で、数人の助手が丁寧に行なっていく。ここでは詳細にいたるまで、正確に完成させなければならない。そうしなければ、宇宙の調和は回復されないし、より悪い結果を生み出すこともあるので、助手達は細心の注意を払う。 砂絵では、基本的に5つの色を使う。 石膏から白色 criscola から青色 マグネタイト、酸化マグネシウム、火山物質から黒色 砂岩、サルファ、ウラニウム酸化物から黄色 砂岩や粘土から赤色 これらの色をよく混ぜ合わせて、いろんな色の段階を作る。 砂は、自然に色が付いた岩や、砂岩、鉱石などをすりつぶして使う。石を小さな小石の大きさまで細かく砕く。不純物を取り除いてふるいにかけ、さらに細かい一定の砂にする。
「ウィンドウロック」 ナバホ情報
ウィンドウロックはアリゾナ州に位置する。 ナバホ国の首都であり、ナバホ部族とBIAの核となる管理事務所棟が立ち並ぶ場所である。 ウィンドウロックという名の通り、大きな穴がトレードマークとなっている。この穴は、ジュラシック期の頃に形成されたとされる。穴の直径は平均で14メートルほど、中心部は地上から約30メートル上にある。 土台部の岩の染みのような線は、かつてそこに泉が湧き出ていたことを示している。現在、その場所はふさがれている。以前はこの泉から湧き出る水と、その他3つの箇所の水を使って、雨を呼ぶセレモニーに使用されていた。 ナバホ創世記の頃、邪悪なモンスターはこのウィンドウロックの穴を通ってこの世界から消えていったとされている。 ウィンドウロックはアリゾナ州に位置する。 ナバホ国の首都であり、ナバホ部族とBIAの核となる管理事務所棟が立ち並ぶ場所である。 ウィンドウロックという名の通り、大きな穴がトレードマークとなっている。この穴は、ジュラシック期の頃に形成されたとされる。穴の直径は平均で14メートルほど、中心部は地上から約30メートル上にある。 土台部の岩の染みのような線は、かつてそこに泉が湧き出ていたことを示している。現在、その場所はふさがれている。以前はこの泉から湧き出る水と、その他3つの箇所の水を使って、雨を呼ぶセレモニーに使用されていた。 ナバホ創世記の頃、邪悪なモンスターはこのウィンドウロックの穴を通ってこの世界から消えていったとされている。
「プロポーズ」 ナバホ体験記
私が夫と出会ったのは、1998年12月。ナバホ父が自分の家族を紹介するため、家に連れて行ってくれたときだった。 夫はナバホ父の次男なのだ。 夫は私を初めて見たときのことを、今でもよく覚えていると言う。 私は当時付き合っていた男性と一緒に、ナバホ国を訪れていた。ナバホの伝統的な住居であるホーガンに宿泊させてもらい、翌朝そのホーガンからナバホ父の家まで歩いてくる私達の姿を、夫は見ていた。 夫には私の姿がキラキラと輝いて見えたらしい。 「君がこちらに向かって歩いてくるときに、君の全身が光に包まれて優しく輝いていた。この人が運命の女性だと直感した。君の事を随分前から知っていて、今生でまた再会できたと感じた」と。 私と結婚しようと思ったのは、この瞬間からずっと変わらない、と彼は言う。 夫は私達が付き合うようになる前から、このことを私に何度も話してくれた。 一方、私の方はと言うと、ナバホ父の次男、つまりナバホ弟としてしか、彼を見ることができなかった。何せ、12歳も年下なのだ。 当時彼はまだ高校を卒業できずにいて、ナバホ両親の世話になっていた身だったし、表情も子供っぽくあどけなさが残っていた。 だから、夫が愛の告白めいたことを言うとき、私はいつも笑顔で「気持ちだけもらうよ、ありがとう。 でも私はあなたのことを恋愛対象としては見れないよ」 と返していた。 すると、彼は決まってこんな風に返してきたものだった。 「君は俺と結婚するよ。 俺は知ってるんだ。 時が教えてくれるさ」 とゆったりと構えていた。 出会いから7年くらいは、姉と弟という関係だった。 ナバホ両親とナバホ弟と私、というこの4人で、よくキャンプやセレモニーに出かけた。 この4人で一つのテーブルを囲んで食事をすること、一緒に出かけることが多かった。 ナバホ両親は私と弟のことを 「私達の子供達」 と表現していた。 私と弟は本当に仲が良かった。 胸ぐらをつかみ合ってケンカしたこともあるけど、仲が良いからこそのきょうだいゲンカの類なのだ。 ケンカの内容は本当につまらないもので、家の工事をしている最中にどちらがセメントを投げただとか、お前の方が羊の肉を多く食べただとか、そういったことだ。 どちらがお詫びにコーラを買ってきたり、アイスクリームをおごったりすることで、私達のきょうだいゲンカはあっさり終わる。 ナバホ母は、弟が私のことを愛していて結婚したがっていることをずっと前から気付いていた。 だから時折私達に、「あんた達、本当に仲が良いわね。 磁石みたいな関係なのね。 どんなことがあっても引き合ってまた元通り仲良しになる。 あんた達が結婚したら良いのに」 と言っていた。 私は決まって母に 「それは100% ありえない」 と返し、弟は 「時が教えてくれるさ。 俺達は結婚する運命なんだから」 と返したものだった。 彼との関係が急速に変わっていったのは、出会いから7年経った頃のことだった。 ひょんなことから、弟が私にキスをした。 そのキスに、私はドキッとした。 そこから私の彼に対する気持ちが変わっていったのだと思う。 彼との関係がボーイフレンド・ガールフレンドに変わり、それでもやはり年齢差が気になって、元の関係(姉と弟)に戻してくれるように頼んだ。 付き合って、また元の関係に戻して・・・ そんなことを数回続けたと思う。 その後、彼はアメリカ陸軍に入隊し、アリゾナ州の基地に配属された。 私達が出会ってから9年目の夏。 私はサウスダコタ州のツアーの仕事の後、彼を訪ねた。 彼は私と一緒に過ごすため、一週間の休暇を取ってくれた。 久しぶりの再会。 その初めての夜に、彼は話し始めた。 「君には何度も話したけど、俺は初めて君の姿を見たときにこの人と結婚しようと決めたんだ。 君の全身をキラキラとした光が覆っていて、すごくキレイだった。Continue reading “「プロポーズ」 ナバホ体験記”
