2.メンバーとの顔合わせ、ラコタツアー 

2006年4月14日。サウスダコタ・ツアー参加者との顔合わせ(オリエンテーション)が開催された。 以降この記事内では、ツアー開催者であり、兄弟子であり、仕事の依頼者である彼のことを、便宜上 「ボス」 と表記することにする。 今回の参加者は、高齢の方(50代・60代)が4名と20代の若者が3名。ボスと私を合わせると全部で9名のツアーになる。 今回行く場所は、サウスダコタ州のシャイアン・リバー保留地というところ。正式名称は CHEYENNE RIVER SIOUX RESERVATION という。ボスにとっては第二の故郷となった場所だ。ボスはこの地にもう20年以上通い続けている。現地にはボスが兄と呼んで慕っているラコタ男性がいて、この男性が現地でのホストになる。 ここでちょっと、ラコタについて説明しておきたい。 ラコタ族というのはアメリカ先住民(ネイティブ・アメリカン)の部族の一つ。一般に日本人がイメージするアメリカ先住民の姿というのは、ティピと呼ばれるテントに住み、羽根冠を被り、馬に乗り大平原を駆け回るという人々だと思う。これらはラコタの人々のことだ。 「ラコタ」というのは総称で、ラコタ、ダコタ、ナコタのことを指す。それぞれ、さらに支族に分けられる。 ラコタの支族は以下の7つ。 ① シカング (Burnt Thigh People) (ローズバッド居留地に住む)ブリュレとも呼ばれている ② ハンクパパ (Camps at the Edge) (スタンディングロック居留地に住む) ③ オグララ (Scatter Their Own) (パインリッジ居留地に住む) ④ ミニコンジュ (Plants by the Water) (シャイアン・リバー居留地に住む) ⑤ イタジプチョ  (Without Bow) (シャイアン・リバー居留地に住む) ⑥ シハサパ(Black Feet) (シャイアン・リバー居留地に住む) ⑦ オーヘヌンパ(Two Kettle) (シャイアン・リバー居留地に住む) ********************Continue reading “2.メンバーとの顔合わせ、ラコタツアー ”

1.サウスダコタ・ツアー主催者との出会い ラコタツアー

2005年12月23日、ある日本人男性が私に思いがけない仕事を依頼してくれた。2006年5月17日から5月23日までのサウスダコタ・ツアーに、私を通訳として正式に雇ってくれるとのこと。 アメリカ・インディアン保留地に日本人のお客さんを連れて行くツアー。これに自分が通訳として雇ってもらえる! 何て光栄な事だろう! これ以上の笑みはないというほど満面の笑みで、私はこの仕事を承諾した。その日はスキップで帰ったのを、今でも鮮明に覚えている。 この一連の記事を書く前に、このツアーの主催者との出会いについて触れておきたい。彼との出会いには、実はナバホ父が関連している。 ******* 今から8年前の1998年12月30日。私が初めてナバホの大地に足を踏み入れた日。私はナバホ父と出会った。 右も左も分からなくておどおどしている私に、ナバホ父はこんな風に声を掛けてくれた。 「俺には日本人の友人がいるんだ。とても良いやつだ。とても親切にしてもらった。だから彼と同じ日本人には、親切にしてあげたいと思って声を掛けたんだ」 父が話していた日本人の友人とは、今回のツアー主催者のことだった。 彼は、私がナバホ国へ行くようになる10年ほど前にナバホ国を訪れ、ナバホ父からピースメイキングを学んだのだ。 ナバホ父にとって彼は、日本人の友人第一号であり、ピースメイキングを教えた日本人弟子の第一号でもある。 だから彼は、私の「兄弟子」でもある。 そして、私とナバホ父を出会わせてくれたこと、それに親しくなるきっかけを間接的に作ってくれたのは、この人なのだ。 私はこの兄弟子さんにお会いしたいと思っていた。 偶然にも、彼は私と同じ都道府県に住んでおり、会おうと思えばいつでも会える距離にいたのだ。 4年ほど前に一度、彼と電話で話したことがある。その時は、会うまでには至らなかった。それでも私は、いつかこの人に必ず会うことになっていると、確信していた。 物事にはすべて、ベストタイミングがある。 スピリット達には何か目的があって、今は会えないようにしているということを、私は知っていた。 ************ 兄弟子との出会いは、突然訪れた。 しかも、出会いの場所は、ナバホの大地だった。  2005年7月13日。私が日本に帰国する前日。翌朝8時アルバカーキ発の飛行機に乗らなければいけないので、ナバホ家族が夕方の内に私をアルバカーキまで送ってくれることになっていた。 夕方4時。アルバカーキ出発の予定時刻になって、突然ナバホ父が予定を変更した。 「今晩は家で過ごす。明日の早朝4時に出発するぞ」 父は一度言い出したらきかない。私達は父の言い分に従わざるを得なかった。 予定を変更した理由を聞いても、父はただニヤリと笑っただけ。ナバホ父はメディスンマンで、スピリットの声を聞くことが出来る。そのことを、私達は充分過ぎる程に知っていた。だから、父が明日朝出発することに決めたのは、きっと何か意味があることも分かっていた。 夕方7時過ぎ、夕食を終えて台所で洗い物をしていると、誰かがドアをノックしている音が聞こえた。 ナバホ母がドアまで行って、驚いた表情で台所に戻ってきた。 「とても懐かしいお客さんが来たわよ!」 ナバホ母はとても嬉しそうだ。 「あなたが会いたがってた人よ」 と。 「???」 私の知り合い? 誰だろう? 考えを巡らせる間もなく、3人の日本人男性が家の中に入ってきた。 その内の1人がこの兄弟子だった。ナバホ父に紹介された時は、本当にビックリした。会いたいと思っていた人との出会いがこんなに唐突にやってくるなんて! 会えると分かっていたら、もうちょっと身だしなみもきっちりしておいたのに…。 私は勝手に彼のイメージ図を作り上げていた。ナバホ父と同じ位の年齢で、体のでっかい人。 しかし、兄弟子は実際のところ、それほど年上の人ではなく (私より7歳年上)、スリムな体に小さな顔の男性だった。 ナバホ父は兄弟子の来訪を本当に知らなかったようだ。 なぜなら、彼の来訪を誰よりも驚いていたのは、父だったからだ。 ともあれ、私と彼は、こんな風に対面した。 私はこの出会いを、本当に感謝している。 それ以来、彼は私をラコタの世界へと、さらにグイグイ引っ張ってくれることになったからだ。