「ウインドトーカーズ」  ナバホ体験記

「ナバホ・コード・トーカー」 を描いた映画 『ウインドトーカーズ』 が2001年アメリカで製作された。 監督はジョン・ウーで、主演はニコラス・ケイジである。 映画の舞台は1943年のサイパン島。 ナバホ語を暗号に起用したアメリカ軍は、ナバホ兵をコードトーカー (暗号通信兵) として戦地に送った。 彼らには常に護衛兵が付き添っていたのだが、護衛というのは表向きの任務だった。 通信兵が日本軍に捕まった場合は通信兵を殺してでも暗号を守る、という極秘任務があったのである。 この映画は、米海兵隊員と暗号通信兵の友情と葛藤を描いている。 実はこの映画、ナバホの中では評価が低い。ハリウッド映画であるという性質上、当然ながら主役のニコラス・ケイジにスポットが当たっているし、ナバホの伝統やセレモニーも正しく伝えられていないからというのが理由である。 ナバホの友人がこの映画についていくつか話していたが、私が覚えている理由は以下の通り。 1) ナバホ役で登場するアダム・ビーチは、カナダのソルトー族出身でナバホではない。 彼はこの映画の為に、ナバホ語の発音を訓練したのだそうだが、ナバホの人が聞くと 「ナバホ以外の人の発音」 だとすぐに分かるのだそうだ。 2) 映画エンディングシーンで、ナバホ兵が海軍兵のドッグタグをナバホバスケットの中で洗うシーンがある。 ナバホの人々はこんなことをしない。 ナバホでは亡くなった人の名前を口に出して言うのはタブーとされているし、このような習慣は無い。 3)クラン制度の間違った使い方。 ナバホではクラン制度というのがある。 アダム・ビーチ扮するベンが自己紹介をする際に、「俺はビターウォータークラン。父方のクランは、タワリングハウスクランだ」 という台詞がある。 母親がビターウォータークランで、父親がタワリングハウスクランだと言っているのだが、ナバホのクラン制度ではこの二つのクラン同士は結婚出来ないことになっている。 (注:この部分はナバホの友人からの聞きかじりです。 クラン制度についてはまだまだ勉強中です)

「ナバホ・コード・トーカー」  ナバホ体験記

「ナバホ・コード・トーカー」という言葉を聞いた事があるだろうか? 恥ずかしながら私は、ナバホの人から教えてもらうまで、こんな歴史があったことを知らなかった。 第二次世界大戦の最中、日本軍は常に米軍の暗号通信の解読に成功し、米軍の進行を著しく遅らせていた。 そこで米海軍が目を付けたのが、ネイティヴ・アメリカン、ナバホ族の言葉だった。 1942年、海兵隊は数百名のナバホ兵を召集し、ナバホ語をベースに暗号を作成し、訓練を行った。 日本軍は最後までこのナバホ語の暗号を解読することが出来なかった。 この暗号部隊は 「ナバホ・コード・トーカー」 と呼ばれている。 ナバホ語は長い間文字を持たず、口頭によって受け継がれてきた。 活字化されたのは1920年代だと言われている。白人の語学研究者が便宜上、発音に忠実に活字化をした。 この活字化はナバホ語を勉強する外国人の為に作られたという意味合いが強い。 最近では部族会議の報告書はナバホ語で行われるようになったとは言え、ナバホ語が母国語だが書くことは出来ないという人の割合は極めて高い。 ************** 先日、モニュメントバレーで「ナバホ・コード・トーカー」の記念式典が行われた。 ビデオコーディネーターの友人と新聞記者の友人に、同行させてもらった。 ナバホの人々は「ナバホ・コード・トーカー」の活躍を本当に誇らしく思っている。

「結果がすべて」ナバホ体験記

撮影は無事に終了。 スタッフのほとんどは、私と同年代で気さくな人達だった。 普段は冗談を言って笑いが絶える事が無いのだが、いざ本番撮影になると、瞬時にプロの表情に変わる。 空気もピンと張り詰めたものになるのが驚きだった。 タレントさんの集中力にも驚かされた。 本番になると、テレビ用の表情になり、良いコメントをする。 その気持ちの切り替えの早さがとても印象的だった。 スタッフの方が言った言葉で、今も強烈に残っているものがある。それは、「テレビの世界では結果が全て」という言葉だ。 「撮影中にスタッフがどんなに苦労して汗水流しても、涙を流しても、それは結果として表れない限り認めてはもらえない。緊張の連続なんだ」と。 番組は泣いても笑っても一度きり。 結果というのは視聴者の反応(視聴率)である。 「この仕事を始めた頃は、収録が終わる毎にヘトヘトになって、あれこれ落ち込む時期もあったけど、今はもう違う。 一つ終わったらすぐに気持ちを切り替えて、次の番組作成に集中する。 終わったものをとやかく言っている暇なんか無いからね」 そう話すスタッフさんの表情は、強いエネルギーに満ちていた。 撮影が終了してホテルに戻ると、スタッフは全員溶けるように眠った。 ADさんはあまりに疲れていたからか、部屋のドアを閉めることすら忘れ、ソファーに座った途端に深い眠りに入ってしまった。 撮影本番に全力を尽くしていたので、疲れたのだろう。 こんなことが撮影毎に起こるのだから、本当に大変な職業だと思う。 **************** 後日、スタッフさんから放送用テープのコピーが届いたので、ナバホ家族と共に番組を見させてもらった。 ナバホでの取材は丸二日を要したのに、実際に写っているシーンは僅か20分ほどだった。 短い時間内ではあったが、とても良いメッセージが凝縮されていたので、私達は全員、大いに満足した。 ほんの一瞬ではあったが、私の名前もエンディングテーマに載せて下さっていた。 嬉しくて、何度も何度もビデオを巻き戻しては、自分の名前を確認したものだった。 今回のテレビ取材協力では、本当に貴重な体験をさせていただきました。 私を参加させて下さったすべての皆様と、私を応援してくれたスピリット達とホーリーピープル達に心から感謝します。 この貴重な体験は、生涯ずっと忘れることはありません。

「スウェットロッジセレモニー」  ナバホ体験記

いよいよ撮影当日を迎えた。朝5時に起きて家族と段取りの確認、それに昨夜もらった台本の中身を家族に説明する。7時にはナバホ父と共にスタッフの泊まっていたホテルに出向き、段取りの最終確認。 私がメインで取材協力したのはスウェットロッジセレモニーなので、ここでスウェットの説明をしておきたい。 スウェットロッジとはアメリカインディアンに伝わる浄化の儀式の一つである。ホーガンと同様、半球体をしており、材料は全て自然のものだけ(土と丸太)で作られる。スウェットの中は母なる大地の子宮をシンボライズしている。 全てのセレモニーに共通するのであるが、生理中の女性は参加を許されない。女性の生理というのは新しい生命をこの世に生み出すという神聖なパワーを持っているので、セレモニー内での神聖なパワーと力が勝ち合わない様にするためである。余談だが、スウェットに生理中の女性が参加するとどうなるか?確かにパワーの競争が起こり、参加者全員が危険な目に遭う。これを私は2回体験した。参加者全員がひどい頭痛と吐き気に襲われるのである。 ご存知の通り、アメリカ全土には500程の異なったインディアン部族が存在し、スウェットの方法はそれぞれの部族毎に異なる。例えばラコタ族のスウェットでは焼き石を入れて、水を注ぎ蒸気を発生させのだが、ナバホ式では水を使わない。これはナバホ神話に由来する。 ナバホ神話に、こんなくだりがある。 人間の犯した間違いによってモンスターが生まれるようになった。モンスターの数はどんどん増え、人々に危害を加えるようになった。そこでナバホ神話の英雄である「双子の兄弟」がモンスター退治に必要な武器をもらいに、父である「太陽」に会いに行くのである。「太陽」は子供達の体力、精神力、スピリチュアリティを試す為、スウェットを行う。赤く燃えた焼き石に大量の水を掛けて、スウェット内の温度をどんどんと上げていく。これは父が子供達に課したテストだった。普通の人間なら死んでしまっていたであろう、この難解なテストに双子の兄弟は合格する。それによって、「太陽」は息子達の能力を認める。それ以来、ナバホ式スウェットでは水を使った厳しい条件下のスウェットは行わなくなった。「父」である太陽は既にナバホを自分の子供だと認めたからである。ナバホ式スウェットは他の部族のものに比べ、比較的マイルドな温度でゆったりと行われる。 ナバホ式スウェットの目的は大きく分けて3つ。 1)Teaching (教え) 2)Cleansing (浄化) 3)Healing (癒し) 1番目の「教え」とは、私達人間は、父なる宇宙と母なる大地、それから地球に存在する全ての生物、4大要素(火、空気、風、水)そのものなんだということを参加者に再認識させること。スウェットの中で私達は汗を出す。私達自身が水であるという認識をする。汗(水)を出すことは自然界に水を返すことになる。その代償として自然界から大いなる知恵をもらう。これは自然界で共存していく大事な鉄則。つまり自然に何かを借りると、代わりの何かを提供する必要があるのだ。常にギブアンドテイクを行う。教えを「聞く」ことは、私達に「考える」機会を与えてくれる。考えて思ったことを「話し」てみる。話し合いを行うことによって「知恵」を分かち合うことが出来る。その結果、最良の「方法」が見付かる。この最良の方法を「実行」する。これがナバホ式のプロセスである。 2番目の「浄化」とはBody(身体)、Mind(心)、Spirit(魂)の浄化。そしてそれらをバランス良く統合させること。体とは健康。心とは思考。スピリットとはスピリチュアルな感覚。それら3つの要素のレベルをバランス良く上げること。どれか一つでも欠けてはいけない。例えば、良い健康状態を維持すると、思考がポジティブになる。すると心のレベルが上がる。心と体という二つのレベルを上げることは比較的簡単。しかしスピリットのレベルを上げるのは難しい。大抵の人は、心と体のレベルに、スピリットのレベルが釣り合わない為、バランスに欠ける。その結果、不眠症などの問題が生じてしまう。 ではスピリットのレベルを上げるにはどうすれば良いのか?まずは自分自身がスピリットなのだという認識を強く持つこと。また、自分というスピリットは自然界に存在する全てのスピリットと通じている、一つであるという認識を持つこと。その結果、自分自身を大切にすること、守ることが、自然界のあらゆる生物や要素を守ることなんだと気付くことになる。 3番目の「癒し」とは、母なる大地の子宮に戻ること、母なる大地に抱きしめてもらうことによって、心、体、スピリットの成長をブロックしているものを取り外し、元の正常な状態に戻してもらうこと。 そうして2時間ほどのスウェットが無事に終了した。スウェットの効果というのはスウェットを終えた直後に起こるものではない。時間を掛けて徐々に心、体、スピリットのレベルがバランス良く向上するのだ、とナバホ父は話していた。 スウェットを体験したタレントさんは、「良い時間を過ごせた」と感想を述べていた。私達家族は出来る限りの情報を伝えた。あとは実際に体験したタレントさんや、それを見た視聴者がこのメッセージを正しく理解してくれることを祈るのみ。

「スタッフとの最終打ち合わせ」  ナバホ体験記

本番当日の前夜9時から、テレビ局のスタッフとの最終打ち合わせがあった。 この日ナバホ父は仕事で疲れ切っていたので、私だけが参加。 スタッフから台本をいただき、時間的な変更を告げられた。 スウェットと食事の時間を逆にして欲しいとのこと。 そうなると、私達家族が立 てた詳細なスケジュールを再度変更しなければいけない。 それにナバホ父からの要望を伝えなければならなかった。それはスウェットロッジ内での通訳を私にやらせること。 ナバホ父からそれを言われた時は、本当にビックリした。 テレビ局側にはプロの通訳さんがいるし、私なんかにそんな大役が務まるのだろうか? ナバホ父はこう言った。 「今回のスウェットは、本当のセレモニーとして行なう。 テレビ撮影用に嘘のセレモニーは出来ない。 間違った情報を伝えたくないからだ。 君は俺の娘だ。 長年俺の元でナバホの伝統やセレモニーを学んできた。 君に通訳をやってもらいたい。 テレビ局側がこの要望を断ったら、俺もこの件は降りる」 「これは俺だけの意思じゃない。 ホーリーピープルの意思なんだ。 俺はそれを感じる。 君がやらなきゃいけない。 自信を持てよ。 ホーリーピープルがきっと助けてくれるから」 ホーリーピープルとは、ナバホを守ってくれているスピリットであり、神的な存在のことだ。 打ち合わせの場でスタッフさんたちにナバホ父の要望を伝えると、あっさりと承諾してくれた。 スタッフとの打ち合わせが終わって家に帰りついたのは夜中2時を過ぎていた。 再度台本に目を通し、段取りやナバホ父の台詞を頭の中に叩き込む。 どうか今回の番組で、日本の視聴者の方々に良いメッセージを送ることが出来ますように・・・。

「撮影の準備」  ナバホ体験記

テレビ取材の日程と詳細が決定した。 取材の一週間前から、私達家族は準備に取り掛かった。 <準備の内容> 1) ホーガンの補修工事。 ホーガンというのはナバホの伝統的な住居のことで、土と丸太で作られた円球状(8面体か6面体)のもの。 手作業によるものなので、中に入ると何箇所も穴があることが分かる。 大地に水を蒔き、それをこねて粘土状にする。 それを持って穴を埋めていく。 2) ホーガン内の掃除。ナバホ家族はこのホーガンをセレモニーの時にしか使用しないので、今はハトの一家 (父ハト、母ハト、子バト) が住んでいる。 ハト達(特に父ハト)は私達人間が中に入ると、攻撃してくる。 家族を守ろうと必死で飛んでくるので非常に恐ろしい。 その激しい攻撃を避けながら、ハトのフンや羽を取り去る。 地面を熊手(クマデ)で掻き均した後、石灰を挽いて地面を程よく固めていく。 3) かまどの準備。撮影時には屋外のかまどで食事を作るシーンを撮影したいとの要望があったので、山から大き目の岩をもらってきて、「コの字」 型に並べていく。 中央に薪をくべて、準備完了。 4) スウェットロッジの補修と掃除。 ホーガンの補修とほぼ同じ作業を繰り返す。 スウェットロッジの中にはブラックウィドウ(毒グモ)がいる可能性があるので、炭を入れて毒グモを燻し出す。 5)スウェットで使う薪の準備。 ガナド方面まで車を走らせ、木を切り手頃なサイズに切り分けていく。 スウェットでは大量の薪が必要なので、この作業は3往復、繰り返し行なった。 6) 敷地内全般の掃除。 これが一番大変だった。 なぜなら、父は敷地内にいろんな建物を建築しているので、不要になった木材やプラスチック板、釘や道具などがあちこちに散乱していたからだ。 食べ物の袋や空き缶も至る所に散乱していた。 これらを一つひとつ、手作業で拾い集めていった。 朝から晩まで丸1日働いたのに、4日も掛かってしまった。 そしてついに、取材の前日を迎えた。 家族内で最終打ち合わせをした。 食事の役割分担。 誰が何を作るのか、どんな食材が必要かを詳細に決めて、買い物に出掛けた。 これで準備は整った。後は本番を迎えるのみ。

「テレビ取材」  ナバホ体験記

今回のナバホ訪問は7年目、ナバホ訪問回数は10回になった。 「ナバホ研究をしています」 と人には言っているけれど、自慢できるような実績は何一つ無い。 ナバホ父のオフィスでそんな風な愚痴をこぼしていた。 これからどうやっていけばいいのか、迷っていた。 この7年で、私は失敗ばかりしてきた。 全く前に進んでいないような気がする。 「失敗」という言葉が自分の口からこぼれた瞬間、涙が溢れ出てきた。 涙はどんどん溢れてきて、息も出来ないほど泣きじゃくるような状態になってしまった。 父はしっかりと私を抱きしめてくれた。「君は何を失敗と呼んでいるんだ?」 と聞くので、「何も実績が無いこと」だと答えると、「じゃあ、実績を作ろうじゃないか?」 と父。 父は思いがけない言葉を言った。 「今回、日本のテレビ局の取材依頼が入った。 君も参加して実績を作れば良い。 君は俺の娘だ。 俺が7年掛けて、ナバホの伝統を教え込んできた自慢の娘なんだ。 自信を持て。 俺が君を招待する」 まだ不安は残っていた。 本当に私なんかが参加させてもらえるのだろうか? テレビ局の人が反対するのでは?? テレビ局の人達が第一回目の打ち合わせにやってきた時、そんな不安が一気に飛んだ。とても親切な人達で、是非協力して欲しいと言って下さった。 私を正式にガイドとして雇うとも、言って下さった。 今回の番組のテーマは「水の大切さを伝えること」。 それを聞いた瞬間、ナバホの大地がとても喜んでいるのを感じた。 ナバホ父が現在プライベートで取り組んでいるテーマも「水」。 「Water Rights (ウォーター・ライツ」 と呼ばれるこの運動は、ナバホの大地の水を守っていこう、ナバホが水を所有できる権利を守っていこう、というものだ。 ナバホ父の願いは、ナバホの伝統を守り、それを後世に伝えていくこと。 ナバホの伝統(神話)の中には、大地と共に生きる術や知恵が盛り込まれている。知恵というものはまず知ることから始める。 そして私の願いは、そういった教えを広く日本人に伝え、共有すること。 今回のテレビ取材は、そういう私達の願いにしっかりと合致していた。 それに私がタッグを組むのはナバホ父である。これ以上の環境は無い。 ナバホ父の言う通り、自信を持って精一杯お手伝いをさせてもらおうと思った。

「裏切り」  ナバホ体験記

私がナバホ国で嫌な思いをするのは、大抵私がナバホ両親とケンカして家を飛び出しているときなのだ。 この一件が起きた頃も、私はナバホ両親の家ではなく、別の友人宅で生活していた。 今となってはケンカの理由を思い出せないのだが、その当時も私はナバホ両親とケンカをして、家を飛び出していた。ケンカの原因は非常にささいなことだったように思う。 ************** 当時私はビザなし滞在だったので、3ヶ月しかアメリカに居られなかった。 そこで、私が日本に帰国している間、その頃仲良くしていたナバホの友人宅に車を置かせてもらうことにした。 またすぐに戻ってくる予定だったし、友人のことを信用していた。 しかしそれからの一年間は、ナバホ国へ戻れなかった。 新しく勤めた会社で、長期休暇の許可が下りなかったのだ。 日本に居る間、ナバホの別の友人や家族から嫌な噂を聞いた。 私の車をあちこちで見たというのである。 彼を信用していたので、車のキーを預けたままだった。 「車を移動することもあるかもしれないから、キーを置いていってくれ。でも俺は君の車を乗り回すようなことはしない」 彼はそう約束したし、私もそれを信じていた。 事実を知りたかった。 しかし当の本人とは連絡が取れない。 友人の家には電話は引かれておらず、唯一の連絡方法だった彼の携帯電話も不通になっている。  もしみんなの言う通り、友人が私の車を乗り回しているとしたら…。 そう考えるとぞっとした。 アメリカを離れているとは言え、車の所有者は私なのだ。 もし事故でも起こされたら、責任が全部私に降りかかる。 友人は私の車を乗り回しているのだろうか? 何か事情があるのかもしれない。 裏切られたと思いたくなかった。 最後まで信じていたかった。 とにかく真実が知りたい…。 一年間、ずっと気になっていた。 ようやく一年後にナバホ国に戻ることが出来た時、初日に友人の家に行ってみた。 私の車は、どこにも無かった。 彼の父親に車のことを聞いても、「知らない」としか言ってくれない。 はがゆかった。どうすればいいんだろう。 ********** 困り果ててナバホ両親に相談すると、まずはこっぴどく叱られた。 「間違いなく、君の車を乗り回していたんだろう。 もしかしたらもう車は退廃しているかもしれないし、誰かに売り払っているかもしれない。 車を残したかったのなら、どうして俺達の家に置いておかなかったんだ? ここは君の家なんだ。俺達は君の親なんだぞ」 そう、私の選択は間違っていた。当時、私はいろんな友人の所を転々としていて、無用心に出会う人すべてを信用していた。 私が本当に信用出来るのは、この家族なのに…。 私は素直では無かった。 家族に甘えたくない、自力で何とか、いろんな友人を作っていろんな経験がしたい…。 いつもいつも両親に頼るのは嫌だ。 そんな風に片意地を張っていたのだった。 その時ナバホ両親に言われたのは、こんなことだった。 「君は簡単に人を信用してしまう所がある。 それはとても危険なことだから、直さなければいけない。 今まで以上にもっともっと注意を払いなさい。 保留地には貧しい人が大勢いる。 日本とは全く違う世界だ。 日本では簡単に人を裏切ったりしないのかもしれない。 だから君は簡単に人を信用するんだろう」 がっくりと肩を落としている私のことを、ナバホ両親はしっかりと抱きしめてくれた。 「確かに君は間違った選択をした。 でも大丈夫。 これで終わりじゃない。Continue reading “「裏切り」  ナバホ体験記”

「ナバホ流の祈り方」ナバホ体験記

ナバホ国でヒーリング・セレモニーやスウェット・ロッジ・セレモニーを体験する中で、学んだナバホ流の祈り方がある。ここで紹介しておきたい。 ナバホの人々は、あらゆるものとの調和こそが美であり、平和であると信じている。そして、自分の周囲の人達・環境は、すべて自分につながっていると信じている。 祈りはまず、自分を支えてくれているスピリット達に対して、感謝の気持ちを述べる所から入る。この世に生を受けている人は誰でも、多くのスピリット達に支えられて生きている。一人ぼっちで生きているように思えたとしても、助けている人(スピリット)は必ず存在する。自分が生かされていること、支えられて生きていることに気付き、感謝する。そうすると、その守りや導きの力は、一層パワフルになる。 それから、自分の親しい家族や恋人、友人、親戚などで何かに苦しんでいる人がいれば、その人のために祈る。その人が苦しみから解き放たれ、心身ともに調和を取り戻せるように祈る。全てのものは一つなのだから、その人が調和を取り戻せば、その幸せが自分にも返ってくるという考え方だ。 そしてやっと、自分自身のことを祈る。ネイティブ・アメリカンなら大抵の部族がそうなのだと思うが、祈りはすべて現在形で話す。その方が効果的だからだ。祈りの時には hope や wish は使わない。 私はナバホ国に通うようになるまでは、祈りの中で 「…できますように」 とか 「…になれますように」 という言葉を使っていた。あるヒーリングセレモニーに参加したときに、メディスンマンにこんなことを言われた。「君はその祈りを第三者的に漠然と考えているのか? 本気でそれを実現させようと思うのなら、祈りは必ず現在形で口に出しなさい」 確かにそうだと思った。この人生の主役は、自分なのだ。自分が 「こうありたい」 とか 「こうしたい」 と考えた事を実現できるのは、他の誰でもなく自分自身なのだ。それ以来私は、祈りを現在形で口に出すようになった。するとそれはもう、祈りというより commitment (宣言)になる。 私の友人、マークが言った言葉が腑に落ちたので、ここに紹介しておきたい。 彼は神様の存在を信じている。彼はクリスチャンでも仏教徒でもない。伝統的なナバホの教えを守っている普通の青年で、熱狂的な宗教家などではない。 彼いわく、神様というのは呼び名はそれぞれの宗教・国・文化によって異なるが、結局の所、1つの存在だ。彼自身はクリエイター(創造主)という単語を使っている。 クリエイターは確かに存在する。ずっとずっと遠くの方から、私達人間一人一人を公平に見守っている。 クリエイターに何かお祈りをしたいのなら、こちらがその祈りに対して本気だという証を見せなくてはいけない。何しろ、クリエイターは遠くにいるのだ。そして私達全員を見守っていて、忙しいのだ。 彼の言う 「本気だという証」 とは、私達がクリエイターまでの距離の半分を出向いていくということらしい。勿論これは彼なりの比喩であって、文字通りどこかに出向くとか、何か高級な祈りグッズを購入するとか、高価な額を支払って盛大にセレモニーを行う事などではない。 自分が祈りに対して本気であることを行動で示す事だ。 すぐにクリエイターが半分の道を降りてきてくれる訳ではない。気付いてもらえるまで、何度も何度も出向いていく必要がある。やがて、クリエイターがこちらの存在に気付いてくれた時、クリエイターはやっとその残り半分の道を降りてきてくれる。その時初めて、クリエイターに直接詳しく話す事ができるのだと思う、と彼は言っていた。

「ナバホ流、朝のお祈り」ナバホ体験記

その頃から私は、朝のお祈りをナバホ語でするようになった。 あいにく私のコンピュータにはナバホ語のフォントがないので、文字表記は本来のものと異なるのでご了承いただきたい。 Kodoo Hozhoo dooleel Nahasdzaan Shima, Yadilhil Shitaa’ Bil Hayoolkali, Hohodeetl’iizh Nohootsooi, Chahalheel Sis Naajini, Tsoodzil Dook’o’oosliid doo Dzil Dibe Nitsaa Dzil Na’oodlii, Ch’ool’i’i’ Haasch’eeyaalti’i shicheii Haashch’eewaan Shicheii Yoolgaii Asdzaa Shima, Asdzaa Nadleehe Shima Naada’algaii Ashkii, Naada’altshooi At’eed Yodi Altaas’ei, Nitl’iz Altaas’ei To Altah Nashchiin, Tobiyaazh Tadidiin Ashkii, Anilt’anii At’eed Sa’ah Naaghai Ashkii, Bik’ehContinue reading “「ナバホ流、朝のお祈り」ナバホ体験記”