ナバホ父の講義にもあったように、ナバホの人々は自分につながるすべてのスピリットとの調和を常に念頭に入れている。自分という人間をこの世に送り出してくれたスピリット達、それに自分につながる近い親戚の事も常に念頭に入れている。 ナバホ国にはクラン制度というものがある。このクラン制度によって、ナバホの人々には身寄りのない人などどこにも居ない事になる。もし実際に親兄弟、祖父母、従兄弟などが居ない人であっても、クラン制度による親兄弟、祖父母、従兄弟などが必ず存在する。 ナバホ神話によると、「変わる女」が腕の下の肌を擦ることによって、最初の4人の人間達を作ったとされている。(ナバホ神話には諸説ある。私が参照したのは、ナバホ保留地内の学校で配布された資料による) 最初の4つのクランは 1 Todich’ii’nii (The bitter water clan) 2 To’ahani (Near the water clan) 3 Kinyaa’aanii (The towering house clan) 4 Totsohnii (Big water clan) だという。 以降、人々は他の土地へ行ったり、逆に他の土地から人々が入ってきたり、他の部族と結婚したりすることで、クランの種類が増えていった。このクランにはグループ分けがあって、関連がある。 もし私がナバホに生まれていたとしたら、好きな人が現れたらまずその人のクランを尋ねるだろう。各クランにはそれぞれ結婚できないクランがあるからだ。もし、好きな人がその結婚できないクランに属していたら、結婚はあきらめなければならない。結婚できないクランというのは、自分の祖先が親戚関係にあったことを意味する。近親相姦的な関係になってしまい、生まれてくる子供に影響が出るというのが理由らしい。 伝統的なナバホなら、公の場で自己紹介をする時、こんな風に話す。 「私のクランはXXXです。父のクランはXXXで、母方の祖父のクランはXXXで、父方の祖父のクランはXXXです」 子供は母親のクランを引き継ぐことになっている。例えば私の場合、こんな風になる。 “I am Naakaii Dine’e, born for Kinlichii’nii. My maternal granpa is Bit’ahnii, paternal granpa is Honaghaahnii.”
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「父の講義ーナバホ哲学」ナバホ体験記
父の講義は、こんな内容だった。 私達はみな、生まれる前に母の子宮にいた。暖かい水の中で居心地の良い所。平和そのものだ。しかし、ある一定期間を過ぎると、私達はその平和な場所から出て来なければならない。それが誕生だ。 生まれてきて初めて私達は空気を吸い、泣き始める。その泣き声は似通って聞こえるものだが、実際には1人として同じではない。ホーリーピープルは、この違いを聞き分けることが出来る。 私達はいつも守られている。ナバホ哲学では、体の7つの部位にはそれぞれエネルギーを与えてくれる、もしくは影響を与えてくれる部位があると信じられており、それぞれ身に着けるべきアクセサリーや衣装が決められている。 1) Left leg 左足ーー父方の祖父 2) Right leg 右足ーー母方の祖父 3) Left hand 左手ーー父方の祖母 4)Right hand 右手ーー母方の祖母 5) Heart 心ーー母 6)Head 頭ーー父 7)All 全体ーー自分自身 昔のナバホの人達が各部位にそれぞれターコイズのネックレス、ブレスレット、そしてバックスキンの服とモカシンを身に着けるのは、自分につながるスピリット達に守りを請うためであり、またスピリット達に気付いてもらうためだ。単なるアクセサリーなどではなく、それぞれ神話に基づく由縁や意味がある。 頭のてっぺんには、羽飾りを付けていた。これはガイドスピリットを意味する。 幼い頃には誰かの助けを借りて生きていく。ある一定の時期を過ぎると、少年・少女は一人前の大人の男・女に変化する。ナバホでは「キナスタ」・「キナルダ」というセレモニーを行い、ホーリーピープルに報告する。 そうして大人になった男・女は、それぞれ自分の足で歩き始める。Corn Pollan Road を歩く事、つまり自分のスピリットの声に従ってビジョンをまっとうする事が人生の目的だ。 ビジョンに従って生きていく時には、学びのプロセスを踏む事になる。ナバホ哲学ではこのプロセスを4つの色、4つの段階で説明している。 1.黒の段階: 物事を始めようとする段階。思考の段階。何事もはっきりとは見えてこない。ただ想像だけが行き交う。ある時には混乱して何もかもが駄目なように見え、またある時には全てがうまくいくように見える。 2.青の段階: 実行する、試してみる段階。口に出してみる段階。積極的に推し進めていく必要がある時もあるし、またある時にはじっと待って受動的に受け取る必要もある。 3.黄の段階: 周囲の人達の意見や知恵を聞く段階。話し合う段階。ポジティブな意見もネガティブな意見も両方出てくる。それらを全て選り好みせずに聞き、学ぶ必要がある。 4.白の段階: 現実化する段階。ポジティブな結果もネガティブな結果も、両方が出てくる。 このプロセスの途中にはいろんなことが起こり得る。自分のビジョンが見えなくなったり、自分自身が見えなくなったりして Corn Pollan Road を見失ってしまったときには、beauty way ceremony や blessing way ceremony を行って、スピリット達に助けを求める。 最終的にはあらゆるものが調和の元にポジティブな結果を生み出すことが目的だ。 そこに至るまでにはいろんなプロセスを超えていかなければならない。そして何よりも大切なのは、自分を見失わない事。自分という人間を見守っているスピリット達が存在するということ、自分の生まれてきた目的をもう一度思い出すことが大切だ。
「父の講義 ー 家族の紹介」ナバホ体験記
翌朝私はギャラップ駅に着いた。父が駅まで迎えに来てくれた。 父は私に会うなり、「今日の夕方、俺は大学でナバホ哲学についての講義をするんだ」と言った。昨日弟が電話口で言った「ちょうど良かった」とは、この講義に私が間に合うようにと思っていたのだろう。 それからバタバタと準備をして、両親と私の3人は大学へ向かった。 講義の最初に、父は母のことをこんな風に紹介した。 「私の大切なパートナーです。彼女は私の一部でもあります。私達が一緒になってから、もう 32 年の月日が流れました。私達は決して、仲むつまじい夫婦などではありません。しょっちゅう喧嘩をするし、離れようと思ったことも一度や二度どころでは無いからです。けれども最後には、いつも仲直りをすることになります。私は彼女と共に生きています。 彼女がいなければ、私はここまで来れていなかったと思います。普段は照れくさくてなかなか言葉にできないので、今日この場を借りて、私のパートナーにお礼を言いたいと思います。いつもありがとう」 母は薄っすら涙ぐんでいるようだった。それから父は私の方に向き直り、こう紹介した。 「この子は私達の娘です。血のつながりはないけれど、私達夫婦はスピリチュアルな方法で彼女を養子として迎え入れました。 彼女のスピリットは『優しい水・女性の水』です。彼女は gentleness そのものです。誤解してもらいたくないのは、この gentleness とは、人や環境に流されるような弱いものではないということです。 女性の水は、大地をしっとり潤してくれる命の源であり、エネルギーです。でもその優しいエネルギーの一方では、周囲のものを一気に流し去り環境をまるきり変えてしまうほどのパワーも秘めています。どんな武器や兵器や敵にも勝るほどの強さを秘めているのです。 彼女自身もそうです。私はこの子に初めて会った時、瞳の奥に秘められた強さに気付きました。ところが、彼女はまだ自分の中に潜んでいる強さに気付いていません。 優しさと強さの両方をバランス良く使えるようになることが、これからの彼女の課題です。 彼女にはまだまだたくさん学ぶ必要があるようです。 私達夫婦には息子が2人いますが、娘はいません。娘を持つのが初めての新米親ゆえに、娘にどう接すれば良いのかとまどうこともあります。一つ分かっているのは、彼女を娘として迎えてから、私達はかけがえのない経験をさせてもらっているということです。 彼女は自分のビジョンを信じて、この大地にやってきました。私達は彼女の勇気を尊敬しています。そして出来る限り助けてあげようと決めました。娘にも、今日この場をお借りしてお礼を言いたいと思います。私達の娘になってくれて、ありがとう。君が進む道のりはまだまだ遠い。一緒に頑張っていこう」 その場にいた人達全員が一斉に拍手をし始めた。それから1人ずつ立ち上がり、私のところまでやってきて握手をし、ハグをしてくれた。みんなそれぞれ 「頑張れ!」 と声を掛けてくれた。 嬉しかった。とても嬉しかったし、感動していた。 それから父の講義が始まった。
「ロサンゼルスまでの旅」ナバホ体験記
ロサンゼルスまでの旅は、大きな問題もなくスムーズに流れた。 私はいつもナバホの大地を去るときに涙をこぼすのだが、今回はそんな必要は無かった。 今回は数日後に、またこの大地に戻ってくるのだから。 一泊目はセドナに泊まった。以前泊まったホステルに行ってみた。以前親切にしてくれたココ・ナンバーワンに会いたかったのだが、残念なことに彼女はもういなかった。経営不振でオーナーが変わったのだそうだ。 セドナで1泊、それからバーストウで1泊、ロスに到着してから2泊した。旅で出会った人たちは皆、親切にしてくれた。 セドナでは IBM の重役だという男性と共に、ハイキングに出掛けた。 バーストウで入ったタイレストランのお客が、私にディナーをご馳走してくれた。(私が貧乏そうに見えたのかもしれない) ロスではいつも見慣れた光景の中で、ビーチで散歩したりローラーブレードを楽しんだりした。そうして、心が十分にリフレッシュできたのを感じた。 火曜日の夜、アムトラックのロサンゼルス駅からナバホ両親の家に電話をした。電話に出たのは弟だった。 彼は「ちょうど良かった」と言った。何がちょうど良いのかと聞き直してみたが、周囲の騒音がひどくて、弟の言った言葉が聞き取れなかった。 とりあえず、私が今から電車に乗る事だけは伝わっているはずだ。明日朝にはナバホの大地に戻れる。そう思うと、ワクワクしてきた。 私は満面の笑みで電車に乗り込んだ。
「出直し」ナバホ体験記
翌朝は騒々しい歌声で目覚めた。ナバホ父の歌声だ。眠い目をこすりながら、もたもたとベッドの梯子を降りていくと、弟も同じように寝ぼけながら目をこすっている。 「何時?」と私が弟に聞くと、彼は言葉を発するのももどかしいらしく黙って時計を指差した。まだ朝の5時だ。 台所へ行くと、父がナバホ語で歌を歌いながら料理をしている。 「おはよう、俺のワンパク娘。 早く顔を洗って来い。 フレッシュコーヒーと俺の特性サンドイッチがある」 ナバホ母はまだベッドにいて、私に向かってにんまりと笑った。「うまい朝食を娘に食べさせて、娘を見送るんだって」 顔を洗ってダイニングテーブルに着いた頃には、席にみんなの分の朝食とコーヒーが盛り付けてあった。 父の作ってくれた朝食は美味しかった。具がたんまりと詰まった分厚いサンドイッチに、ハッシュドポテト。 父が料理できるなんて知らなかった。 父はこう言った。「ロサンゼルスまでの道中、気を付けるんだよ。 ゆっくり旅を楽しんでおいで。 今の君一番必要なのは、気持ちをリラックスさせること。 気持ちが落ち着いたら、ロサンゼルスから電車で帰って来い。 俺か母さんのどちらかで君を駅まで迎えに行くから。 戻ってきてからは、気持ちを新たにまた元気にここで暮らせば良いさ」 父はこうも言った。「戻ってくるのは水曜日以降にしなさい」 その日は土曜日だった。車を飛ばせば今日の深夜にはロスに着ける。 明日の夕方に電車に乗って、明後日の朝にはギャラップに着くことができる。 でも父は、戻りは水曜日以降にしなさいと言い張った。 父はメディスンマンだから、何かを察していたに違いない。 そこで私は道中で、セドナに立ち寄ることに決めた。 ロサンゼルスに着いたら1-2泊して、ビーチでローラーブレードをしよう。 それからロサンゼルスの友人と待ち合わせして、お気に入りのカフェに行くのも良い。 モカコーヒーを飲みながら、ニューヨーク・チーズケーキを食べよう・・・。 朝食が済んで両親と弟にそれぞれ固くハグをして、私はロサンゼルスに向けて旅立った。
「両親のお説教」ナバホ体験記
ナバホ両親の家に戻ると、両親は外のピクニックテーブルに座って私のことを待っていた。 私が車から出ると、私は両親から痛いほどきつくハグをされた。「よく頑張ったな。おかえり」 私は両親にその日あった出来事を全て話した。それから何時間も、両親からくどくどとお説教をされた。 やれ、君は不注意だったとか、人を信用しすぎるからこんな目に遭うんだとか何とか。 同じ事を何度も繰り返し言う両親に対して所々ムッとしながらも、両親が本気で私のことを心配してくれている愛情が痛いほどに伝わっていた。 私が十分に反省しているから、このへんで説教を終えて欲しいと私が頼むと、両親はやっとゲラゲラと笑ってくれた。 私もほっとして笑った。 こんな風に気持ちが軽くなって笑えたのは、3週間振りだった。 「さて……」とナバホ父が言った。「君はしばらくここを離れた方が良い。レンタカーを返却しに行ってくればどうだい?」 それは名案だと思った。私は今回、ロサンゼルスで車を借りてきていたのだが、もう中古車を購入したので返却しに行かなければならない。 「それじゃ早い方がいいから、明朝にでも出発しなさい。 君はもう安全な場所にいるんだ。 何も心配せず、今日はゆっくり眠りなさい」 その夜は、弟の二段ベッドの上段で眠る事になった。 弟はとても嬉しそうだった。 「俺さー、いびきがうるさいって人に言われたことがあるんだ。 だから、もしうるさかったら、蹴っ飛ばしてくれて良いからさー」 などと言っていた。 その夜は、弟を蹴っ飛ばしにベッドを降りる必要などなかった。 心身ともにヘトヘトに疲れていたので、ベッドに入った途端、深い眠りに落ちたからだ。
「彼の病気」ナバホ体験記
私はその時まで、彼が精神的に病気だったことを知らなかった。 彼女は彼の病気について、話し始めた。 彼女は FAS と FAE という病名を言った。 初めて聞く用語だったので、私はそれが何を意味するのか分からなかった。 彼女は本棚の中から医学書を出してきて、それらの症状を私に読み聞かせた。 彼は医者から、 FAS だと診断された。 FAS は、日本ではまだまだ認知度が低く、関連情報の量も少ない。日本やアメリカ国内では患者数があまり多くないから、知られていないのだと彼女は言った。 「ネイティブ・アメリカンの間で、特に多い病気なの」と。 FAS とは Fetal Alcohol Syndrome の略で、「胎児性アルコール症候群」(「胎児アルコール症候群」または「胎児アルコール症」とも呼ばれている。 妊娠中の母親が多量のアルコールを摂取すると、胎盤を通じて胎児の体内にアルコールが直接入り込む。 通常、胎盤はあらゆる毒素を除去するのだが、アルコールだけはろ過されずに直接入り込んでしまう。 そのような胎児は、誕生する前からアルコールに浸されてしまい、先天的な障害を持って生まれてくる。 FAS の症状としては以下のようなものが挙げられる。 1)知能指数の低さ。学習能力に欠けている。→ 彼は文字の読み書きができない。 2)視覚・聴覚・記憶力の障害 → 彼はよく同じ話をする。記憶が定かではない。 3)行動障害 物事の善悪の判断がつかない 彼の母親は重度のアルコール依存症だった。 彼を身籠った時も、母親はアルコール摂取を止めなかった。 そうして 彼は生まれつき、アルコールの被害を受けていた。 彼自身も、まだほんの子供だった時からアルコールにおぼれ始めた。 彼の両親は仕事をせず、政府の援助金やフードスタンプを与えられていた。 彼の両親はそれらの食料や援助金を、すべてアルコールにつぎ込んだ。 そんな風に彼は、幼い頃からアルコールが手の届く所にあった。 彼は10代の初めから、既にアルコール依存症になっていた。 アルコール依存症になると、アルコールが無くなる事が何よりも怖くなる。 そしてアルコールの役割を果たしてくれるものなら、何でも口に入れるようになる。 マウスウォッシュやヘアスプレー、歯磨き粉などには、アルコールが含まれている。 これらを水で溶かして飲むようになる。 想像しただけでも吐き気がしてくるが、実際アル中の人々は離脱症状の苦しさから逃れるために、そうやって常にアルコールを体内に補給し続ける。 これを防止するため、保留地内のいくつかの店では、マウスウォッシュやヘアスプレーなどは店の奥にしまいこんでいて、本当にこれらの商品が必要な人だけに売るということをしている。 私は彼がアルコールを飲んでいる姿を、一度も見た事がなかった。 彼は何度もアルコール更正施設に入って、アルコールを体内から抜くという訓練を行っていたのだそうだ。それに、セレモニーを何度も受けながら、スピリットの助けを借りているからなのだそうだ。 彼女は自分の給料をほとんどすべて、彼の医療費やセレモニー費用に注ぎ込んできた。 そんなことが何年も続いているらしい。 「あなたは本当に彼のことを愛しているのね?」 と私が言うと、彼女はそれを否定した。 「怖いのよ。怖いから離れられないの。あの人は恐ろしい人だから……」 彼女は何度も彼の元を離れようと試みたらしい。Continue reading “「彼の病気」ナバホ体験記”
「修羅場」ナバホ体験記
彼らの敷地に入った瞬間、ぞっとするほどの嫌な空気を肌で感じて鳥肌が立った。 私が暮らしていたトレーラーハウスに入ると、私のベッドの上に彼が腰掛いていた。 彼の隣には、機関銃の手入れをしている別の大男がいる。 ??? どういうこと??? トレーラーハウスには鍵があって、鍵は一つしかないと聞かされていた。 つまり、私しか持っていないはずだった。 彼らは合鍵を持っていたんだ。 私には一つしかないと嘘をついていた・・・。 私は無理やり笑顔を作って、男性に 「元気?」 と挨拶をした。 彼も 「やぁ」 と返事をした。 彼もまた、作り笑いを浮かべた。 彼は大男の事を、自分の従兄弟だと紹介した。 従兄弟は、私と握手をしようとせず、私の挨拶に対する返答もせず、ただ黙々と機関銃をクロスで磨いている。 私の両手と両足がかすかに震え始めた。 それを気付かれまいと必死に平静をつくろいながら、私は荷物をまとめはじめた。 「何してるんだ?」 男性がすかさず大声で私に聞いた。 「ナバホの両親の家に引っ越そうと思って…。今までありがとうね」 そう返答すると、彼の表情がさっと青ざめた。 彼は従兄弟に目で合図をし、従兄弟はさっとトレーラーハウスの外に出ていった。 部屋の中には私と彼だけが残された。 彼はすごい勢いで私の体を引き寄せ、「君を愛している。出て行かないでくれ。ずっと俺とここにいてくれ。 1人ぼっちにしないでくれ」 と懇願した。 びっくりして突き放そうとしたが、彼の力が強すぎて身動きができない。 「何言ってるの? あなたには奥さんがいるじゃない? あなたは1人じゃない」 「俺の事を好きだって言ったじゃないか?」と彼が続ける。 ・・・確かに私はそう言った。 それは覚えている。 何日か前に彼が ”Do you like me?” と聞いたとき、軽く”Yeah” と答えた。 でも私は ”I love you.” と言った訳ではない。 私の中では、 ”like” と ”love” は全く別物だった。 だから友人として ”like” を使っても罪ではないと勝手に解釈していた。 それに、友人同士でも親しければ ”I loveContinue reading “「修羅場」ナバホ体験記”
「親はいつだって親」ナバホ体験記
マークと約束をしたので、ナバホ両親の家に会いにいった。 私はナバホ両親の助言を聞き入れずに勝手な行動をしていたので、ナバホ両親の家に行くのは勇気が必要だった。マークがあんな風に私を駆り立ててくれなかったら、きっと来られなかったと思う。 私の心配をよそに、ナバホ両親はいつものように暖かかった。 家の前で車を降りた瞬間に、ナバホ父は私をきつく抱きしめてくれた。 「俺達のワンパク娘は元気にしていたか?」 ”naughty daughter”(ワンパク娘) と呼ばれてムッとしたが、確かにそうだ。 私は両親の言いつけを聞かない強情な娘だった。 両親は私が彼らと暮らす事を最初から反対していたのだから・・・。 「君は誰の事でも簡単に信用しすぎる。 もっと注意を向けなさい。 もっと気を付けなさい」 彼らにこの言葉を何度言われたことか……。 それでも私は両親の言いつけを聞かず、家を飛び出して行ったのだ。 マークに話したのと同じことをナバホ両親に話した。 ナバホ父はこう言った。 「今からすぐに彼らの家に戻って、荷物を全部取ってきなさい。 彼らには何も言う必要はない。 両親の所に引っ越すんだとだけ言いなさい。 君がどんな弁明をしたところで、彼らには通じないだろう。 彼らは君にウィッチクラフトをかけてくるかもしれない。 いや、もうかけているんだろうな。 家に戻ってきたら、しばらく君は外出禁止だ」 両親はそのまま私と一緒に、彼らの家の前までついてきてくれた。 彼らの敷地の前で、私は車を降りた。 母は私のことをとても心配していて、「この子1人じゃ危ないから一緒に行こう」 と父に言ってくれたが、父が母を制した。 そして父は、私の目を見て、こう言った。 「ここから先は、君1人で行きなさい。 君はここから修羅場をくぐり抜けてこなければならない。 君なら乗り越えられる。 俺は君の強さを信じている。 彼らは君を引き止めるために、いろいろ言ってくるだろうが、何を言われても何をされても、必ず俺達の家に戻って来い。 絶対忘れるな。 俺達が君の両親だ。 君には俺達がついている。 君は1人ぼっちではないんだ」 寒気がした。 これから何が起こるっていうんだろう? 修羅場? まさか? 怖いけど、自分で蒔いた種なんだ。 自分で決着をつけなきゃ・・・。
「ナバホ女性の嫉妬」ナバホ体験記
住み始めてずっと親切にしてくれていたナバホ女性が、ある時を境に私に冷たく接するようになった。原因が分からなかった。 その頃になると、彼らの敷地で一日中を過ごすのが嫌で、私は何かと理由をつけて外に出掛けるようになっていた。 その日は友人のマークの家に行った。事情を話してみると、彼は真顔で私にこう聞いた。 「その女性が君の事をうとましく思っている原因を、君は本当に分からないの?」 分からなかった。私はその男性にも女性にも、出来る限りの誠意を尽くしているつもりだった。 マークは思いがけないことを言った。 「その女性は君に嫉妬しているんだよ。 君が彼のことを奪ってしまうのではないかと恐れているんだ。 君はその男のことを好きなの?」 嫉妬? まさかね。 そんなはずは無いと思った。 私はその男性のことを友人として好きだし、そもそも彼の面倒を見てやってくれと頼んだのは彼女だった。 「彼は車の運転が出来ない。 だからどこか用事があるときには一緒に行ってあげて欲しい。 本当は自分がそうしなければいけないのだけど、自分には仕事があるので毎日そばについている訳にはいかない。 あなたが彼のそばにいてくれると助かるのよ」 だから私は、この男性のそばにいることが彼らの敷地にいさせてもらえる条件だと思っていた。 大体、私は、誰かから嫉妬されるなんて、今まで経験したことが無かった。 私に頼んでおきながら、嫉妬するなんて、矛盾している。 だから彼女が嫉妬しているなんて、あり得ないと思った。 マークはこう続けた。 「君はナバホの性格をもっと知らなきゃ。 ナバホの人達はとても嫉妬深いんだ。 勿論、全員じゃない。 良識のあるナバホだってたくさんいる。 でも、ナバホの人達の中で嫉妬深い人はすごく多い。 これが事実だ。 君はウィッチクラフトという言葉を聞いた事があるか?」 またこの言葉だ・・・。 「ある」と私は答えた。 マークはこう聞いた。 「俺はその男のことを知ってると思う。 そいつは以前、ミュージアムで働いてたことことがあるか?」 そう言えば彼からそんなことを聞いたことがある。 「そうだよ」と私が答えると、マークの表情は険しくなった。 「そうか・・・。 だったら君は、一刻も早くそこを出なきゃいけない。 君はもう彼らにウィッチクラフトをかけられているかもしれない。 捕らわれてしまっているんだ。 俺に分かるのは、君がそこに居続ければ、どんどん危険な状態になるということだ。 君はナバホの両親に相談しなきゃいけない。 君の両親は立派な人達だ。 きっと君を助けてくれる」 助けてくれるってどういうこと? そんなに危険な人達なの? 両親に助けてもらわないといけないくらい、私は危険な状態にあるの?? 心臓がバクバクした。 マークはその日、「ナバホの両親に会いに行くこと」 と 「彼らの敷地から一刻も早く出ること」 を私に約束させた。
