「修羅場」ナバホ体験記

彼らの敷地に入った瞬間、ぞっとするほどの嫌な空気を肌で感じて鳥肌が立った。

私が暮らしていたトレーラーハウスに入ると、私のベッドの上に彼が腰掛いていた。 彼の隣には、機関銃の手入れをしている別の大男がいる。

??? どういうこと???

トレーラーハウスには鍵があって、鍵は一つしかないと聞かされていた。 つまり、私しか持っていないはずだった。

彼らは合鍵を持っていたんだ。 私には一つしかないと嘘をついていた・・・。

私は無理やり笑顔を作って、男性に 「元気?」 と挨拶をした。

彼も 「やぁ」 と返事をした。 彼もまた、作り笑いを浮かべた。

彼は大男の事を、自分の従兄弟だと紹介した。  従兄弟は、私と握手をしようとせず、私の挨拶に対する返答もせず、ただ黙々と機関銃をクロスで磨いている。

私の両手と両足がかすかに震え始めた。 それを気付かれまいと必死に平静をつくろいながら、私は荷物をまとめはじめた。

「何してるんだ?」 男性がすかさず大声で私に聞いた。

「ナバホの両親の家に引っ越そうと思って…。今までありがとうね」

そう返答すると、彼の表情がさっと青ざめた。 彼は従兄弟に目で合図をし、従兄弟はさっとトレーラーハウスの外に出ていった。 部屋の中には私と彼だけが残された。

彼はすごい勢いで私の体を引き寄せ、「君を愛している。出て行かないでくれ。ずっと俺とここにいてくれ。 1人ぼっちにしないでくれ」 と懇願した。

びっくりして突き放そうとしたが、彼の力が強すぎて身動きができない。

「何言ってるの? あなたには奥さんがいるじゃない? あなたは1人じゃない」

「俺の事を好きだって言ったじゃないか?」と彼が続ける。

 ・・・確かに私はそう言った。 それは覚えている。 何日か前に彼が ”Do you like me?” と聞いたとき、軽く”Yeah” と答えた。

でも私は ”I love you.” と言った訳ではない。 私の中では、 ”like” と ”love” は全く別物だった。 だから友人として ”like” を使っても罪ではないと勝手に解釈していた。 それに、友人同士でも親しければ ”I love you” ってみんな簡単に言うし・・・。

 「俺の事を好きだと言ってくれたのに……。 君も俺を裏切るのか? 君も俺を捨てるのか? 許さない。 君を絶対に放すつもりはない。 ここから出て行くことは絶対に許さない」

泣き落としでは駄目だと感じたのか、彼は従兄弟を家の中に呼んだ。 彼の従兄弟は大柄な男で、 身長は180センチを軽く超えている。 しかも銃を持っている。 ・・・冗談でしょ?・・・  しかし、従兄弟は全然笑顔じゃない・・・。

もう駄目だと思った。 こんな所で殺されてしまうんだろうか? 体がガタガタと震えた。 涙と鼻水まみれで、本当に惨めな姿だった。

そのとき、トレーラーハウスの外で、車のドアが開く音がした。 一緒に住んでいたナバホ女が帰ってきたのだ。 平日の昼間に、彼女が帰ってくるなんてことは今までなかった。

彼女は私の名前を呼んだ。 優しく呼んだという訳ではなく、切羽詰った声で叫んだ。

私が彼女の家に入ろうとすると、彼も私の後ろから付いて来て一緒に入ろうとした。 それを彼女が制した。

「私はこの子に用事があるの。 あんたは外で待っていなさい」

彼女にぴしゃりと言われて、彼は怖気づいた子犬のように後ずさった。

「さてと……。何があったのかを話してごらんよ」

彼女はそう切り出した。

どうして彼女が平日のこの時間に家に戻ってきたのか理由を知りたかったのだが、聞かない方が良いような気がした。

私は、「ナバホ両親の家に引っ越すことにした」 とだけ彼女に言った。

「どうしてなの? もっと話すことがあるでしょ? 全部話してよ」 と彼女は執拗に問い続けたが、私はそれ以上何も言わなかった。

彼女は大きなため息をついてから、こう言った。

「彼はあなたを愛してるって私に言ったのよ。 あなたと結婚するつもりだと。 あなたもそれに同意したともね」

どうしてそんな話になってるの? 

「そんなこと言ってない!」私はそう反論した。「友人として好きだとは言ったけど、愛しているとは言ってない! 結婚するなんて言ってない!」

「同じ事よ」 と彼女が私を制した。

「あなたが彼を炊き付けたことには変わりは無い。 彼は精神的に病んでいる。 私は彼から離れたいとずっと願ってきた。 彼の世話をするのがもう嫌になった。 だからあなたに彼を引き取ってもらいたいと思ってる」

「親はいつだって親」ナバホ体験記

マークと約束をしたので、ナバホ両親の家に会いにいった。

私はナバホ両親の助言を聞き入れずに勝手な行動をしていたので、ナバホ両親の家に行くのは勇気が必要だった。マークがあんな風に私を駆り立ててくれなかったら、きっと来られなかったと思う。

私の心配をよそに、ナバホ両親はいつものように暖かかった。 家の前で車を降りた瞬間に、ナバホ父は私をきつく抱きしめてくれた。

「俺達のワンパク娘は元気にしていたか?」

”naughty daughter”(ワンパク娘) と呼ばれてムッとしたが、確かにそうだ。 私は両親の言いつけを聞かない強情な娘だった。 両親は私が彼らと暮らす事を最初から反対していたのだから・・・。

「君は誰の事でも簡単に信用しすぎる。 もっと注意を向けなさい。 もっと気を付けなさい」

彼らにこの言葉を何度言われたことか……。 それでも私は両親の言いつけを聞かず、家を飛び出して行ったのだ。

マークに話したのと同じことをナバホ両親に話した。 ナバホ父はこう言った。

「今からすぐに彼らの家に戻って、荷物を全部取ってきなさい。 彼らには何も言う必要はない。 両親の所に引っ越すんだとだけ言いなさい。 君がどんな弁明をしたところで、彼らには通じないだろう。 彼らは君にウィッチクラフトをかけてくるかもしれない。 いや、もうかけているんだろうな。 家に戻ってきたら、しばらく君は外出禁止だ」

両親はそのまま私と一緒に、彼らの家の前までついてきてくれた。

彼らの敷地の前で、私は車を降りた。

母は私のことをとても心配していて、「この子1人じゃ危ないから一緒に行こう」 と父に言ってくれたが、父が母を制した。 そして父は、私の目を見て、こう言った。

「ここから先は、君1人で行きなさい。 君はここから修羅場をくぐり抜けてこなければならない。 君なら乗り越えられる。 俺は君の強さを信じている。  彼らは君を引き止めるために、いろいろ言ってくるだろうが、何を言われても何をされても、必ず俺達の家に戻って来い。 絶対忘れるな。 俺達が君の両親だ。 君には俺達がついている。 君は1人ぼっちではないんだ」

寒気がした。

これから何が起こるっていうんだろう? 修羅場? まさか? 怖いけど、自分で蒔いた種なんだ。 自分で決着をつけなきゃ・・・。

「ナバホ女性の嫉妬」ナバホ体験記

住み始めてずっと親切にしてくれていたナバホ女性が、ある時を境に私に冷たく接するようになった。原因が分からなかった。

その頃になると、彼らの敷地で一日中を過ごすのが嫌で、私は何かと理由をつけて外に出掛けるようになっていた。

その日は友人のマークの家に行った。事情を話してみると、彼は真顔で私にこう聞いた。

「その女性が君の事をうとましく思っている原因を、君は本当に分からないの?」

分からなかった。私はその男性にも女性にも、出来る限りの誠意を尽くしているつもりだった。

マークは思いがけないことを言った。

「その女性は君に嫉妬しているんだよ。 君が彼のことを奪ってしまうのではないかと恐れているんだ。  君はその男のことを好きなの?」

嫉妬? まさかね。 そんなはずは無いと思った。

私はその男性のことを友人として好きだし、そもそも彼の面倒を見てやってくれと頼んだのは彼女だった。

「彼は車の運転が出来ない。 だからどこか用事があるときには一緒に行ってあげて欲しい。 本当は自分がそうしなければいけないのだけど、自分には仕事があるので毎日そばについている訳にはいかない。 あなたが彼のそばにいてくれると助かるのよ」

だから私は、この男性のそばにいることが彼らの敷地にいさせてもらえる条件だと思っていた。

大体、私は、誰かから嫉妬されるなんて、今まで経験したことが無かった。 私に頼んでおきながら、嫉妬するなんて、矛盾している。 だから彼女が嫉妬しているなんて、あり得ないと思った。

マークはこう続けた。

「君はナバホの性格をもっと知らなきゃ。 ナバホの人達はとても嫉妬深いんだ。 勿論、全員じゃない。 良識のあるナバホだってたくさんいる。 でも、ナバホの人達の中で嫉妬深い人はすごく多い。 これが事実だ。 君はウィッチクラフトという言葉を聞いた事があるか?」

またこの言葉だ・・・。 「ある」と私は答えた。

マークはこう聞いた。

「俺はその男のことを知ってると思う。  そいつは以前、ミュージアムで働いてたことことがあるか?」

そう言えば彼からそんなことを聞いたことがある。

「そうだよ」と私が答えると、マークの表情は険しくなった。

「そうか・・・。 だったら君は、一刻も早くそこを出なきゃいけない。 君はもう彼らにウィッチクラフトをかけられているかもしれない。 捕らわれてしまっているんだ。 俺に分かるのは、君がそこに居続ければ、どんどん危険な状態になるということだ。 君はナバホの両親に相談しなきゃいけない。 君の両親は立派な人達だ。 きっと君を助けてくれる」

助けてくれるってどういうこと? そんなに危険な人達なの? 両親に助けてもらわないといけないくらい、私は危険な状態にあるの??

心臓がバクバクした。

マークはその日、「ナバホの両親に会いに行くこと」 と 「彼らの敷地から一刻も早く出ること」 を私に約束させた。

「寄り道」 ナバホ体験記 

今でも時々、自分の軽々しい行動や決断を恥じる事がある。 この一件はまさしくそうだ。

*************

私が楽しみにしていたナバホ両親の元に養子縁組してもらうという件は、一向に進まなかった。 冷静に考えれば、当然、無理な話だったのだ。

ナバホ両親は私にこう言った。

「君がまだ日本にいる間にも、私達は部族議会の知り合いに聞いて回った。 ナバホ議会やセレモニーを通して、君を私達の娘として正式に養子として書類に残すことは可能だ。 でもその書類が効力を発揮するのは、あくまでも保留地内だけのことだ。 君がアメリカで長期間暮らすために必要なビザやソーシャルセキュリティの発行はアメリカ政府の管轄で、残念ながらナバホ政府にはそこまでの権力がない。 何か他の手段を考えてみよう。 君ががっかりする気持ちはよく分かる。 でもきっと何か道はあるはずだ。 時間はかかるかもしれないが、一緒に考えていこう。 私達が君の保護者であり、両親であることは変わらない。 君が私達の大事な娘であることも変わらないから・・・」

そんな優しいナバホ両親の心を知らず、私はすねて、絶望していた。 自力で何とか道を切り開かなくてはと焦るようになった。 ここから怒涛のように、私の苦難の道のりが続くことになる。

****************

ナバホ両親と養子縁組の話をした数日後、ナバホ国では Navajo Fair が開催された。 私はパレードを見に出かけ、そこで知り合いになったナバホ男性に誘われるまま、彼と彼の内縁の妻の家に行き、そこで数日間暮らすことにした。

彼らは空家を3つほど所有していて、その内の1つに住んでも良いと言われて、有頂天になっていた。

私が数日間使わせてもらったのは、古いトレーラーハウスだった。部屋が二つあって、真ん中にキッチンがある。水道や電気、ガスは来ていないので、食事を作るのは外のカマドで、トイレはそこから 300 メートル離れた屋外トイレを使うことになった。

住み始めて数日で、この家とこの敷地全体の異変に気付くようになった。

家の中ではラップ現象が起こる。 家の中に誰かがいて動き回っているかのようにパチパチと音がするし、屋根と家の土台の両方からドンドンと叩く音もする。 それは私が1人でいるときに限って起こる。 敷地内も何か変だ。 どこか落ち着かない。 ずっと誰かに見られている気がするのだ。

思い切って彼に話してみると、彼はあっけないほどすんなり認めた。

「俺にウィッチクラフトをかけたヤツが何人かいるからだ」 とか 「君のことを見ているのはスキンウォーカーだ」 と。

私がこれらの言葉を耳にしたのは、それが初めてだった。ウィッチクラフトというのはブラックマジック(黒魔術)のことで、スキンウォーカーとはそれを現実に行う悪魔の手下のことだ。スキンウォーカーの頭は獣で、首から下は人間の体だという。

この男性は私が出て行ってしまうことを恐れていた。 私がここを出て行くと切り出すと、決まって彼は子供のように泣きじゃくり、「出て行かないでくれ」 と私に懇願した。

彼は私より10歳も年上なのに、精神的には幼い子供のようだった。 知能も低いように思われた。 そのくせ、とても精悍な顔つきをしていて、はっとするほど魅力的なのだ。 

彼は同じことを何度も繰り返して話す。 ちょうど子供が母親に対して、いろんな発見物を嬉しそうに報告しているかのように・・・。 ところが時々、とても美しいオリジナルの物語もすらすらと話す。 大抵はナバホの少年の物語だった。 「それってあなたの子供時代の話?」と私が尋ねると、「これは今俺が頭に浮かんだフィクションの物語だ」 と答える。

とてもアンバランスな人。 それに違和感を感じる敷地と住居。 出て行かなきゃ、と冷静なときには思うのに、なぜか出て行けなくて、ずるずると何日も滞在することになった。

どうしてあの時すぐにこの敷地を出て行かなかったのだろう? 分からない。 この男性のことを知れば知るほど、この人は危険だと私の直感が私に命じる。 なのに、私は出て行けなかった。 彼に対する哀れみだったのか、怖いもの見たさの冒険心だったのか・・・。

***********

随分時間が経った今なら、原因が分かる。 私は捕われてしまっていたのだ。

気が付くと、3週間も彼らと共に生活していた。

「車 購入」  ナバホ体験記

ナバホに通い始めた最初の頃は、いつもレンタカーで行動していた。しかしレンタカーの値段は結構高い。安いところでも、保険込みで一ヶ月1000ドル近くかかってしまう。そこで中古車を購入することにした。

ナバホの友人が、保留地外で一番近い大都市(ニューメキシコ州アルバカーキ)に連れて行ってくれた。

まずは中古車ディーラーを5ー6件回って年代や車種ごとの相場を研究。それから白人の住宅街をくまなく探す。車を購入する一番てっとり早い方法は個人から購入することだと彼女は言った。

「どんな車が欲しいのか詳しく話してごらんよ」と彼女が言うので、「色は白。ジープ。割と小さ目の車で、出来れば日本車。2000ドル以下なら即金で買えるんだけどね」と答えた。

すると彼女が「あなたが望んでいるのは、例えばあんな車?」とある方向を指差した。ハンバーガーショップの駐車場に、まさに私が思い描いていたようなジープがある!! 窓には「FOR SALE」の文字。

白の87年もののISUZU。トゥルーパーⅡ(ジープ)。

見た瞬間、「コレダ!!」と思った。オーナーに電話をすると、5分ほどで会いに来てくれた。売値は2500ドルだったのだけど、交渉して2000ドルにまけてもらうことにも成功。あっけないほど簡単に車が見付かり、しかもすべて希望通り。ツイテル!! 持つべき物は友である。

アメリカで車を購入したのは、この時が生まれて初めてのことだったが、手続きは以外に簡単だった。DMV(陸運局のような所)へ行き、タイトル(車検証)のオーナー変更手続きを済ませ、保険会社に寄って、自賠責保険の手続きをする。これで完了。

帰り道、アルバカーキから保留地までの道のりを運転する間、私は心の中でスキップ状態だった。

わたしの新しいパートナー、トゥルーパーⅡちゃん、これから私の良き相棒になってください。

「長期滞在」ナバホ体験記

その当時、私はナバホの大地に腰を落ち着けて暮らす事を真剣に考えていた。まだ私が日本にいる時、ナバホ父と電話で話した。ナバホ父とナバホ母は、どうやったら私をこの国に呼べるのかを、真剣に相談してくれたそうだ。

一番良いのは良い男性が現れて私の身柄を引き取ってくれること、つまり結婚。しかし結婚となるとお互いのことをよく知り合ってからでなければ駄目だ。より深く知り合うためには、やはり長期間で滞在してあちらの生活に慣れることが先決だ。二人は毎日のように、こんな風に私のことを相談してくれていたらしい。

ナバホ父は部族の役所でピースメーカーとして勤務している。 その前はナバホ警察で働いていた。 だから、大勢のナバホ国議会や弁護士とも顔馴染みだ。

討議の結果、ナバホ両親はある結論に至った。 自分達が養子として受け入れる。 もちろん、アリゾナ州の法律上では、これは不可能だ。 養子縁組は、12歳以下の不幸な生い立ちの子供に限定されている。 しかし、ナバホ国の法律はアメリカ政府とは独立して全く別のものだ。

渡米前、電話でナバホ父は私に言ってくれた。

「俺達が君のことを養子にする。これに関しては、電話やメールではなく、会って膝を付き合わせてゆっくり話そう。とにかく、君は長期でこちらに来られるように準備をしなさい。俺達は本気で君を受け入れる覚悟を決めた。だから君も覚悟を決めろ」

ナバホ両親が出したこの結論に、ナバホ弟も大喜びだった。彼は健気にも「俺も全力で君の事を助ける」と言った。

そんな訳で、私は勤めていた会社を退職し、長期滞在の覚悟を決めた。スーツケース2個に出来る限りの服や食料を詰め込み、全財産をドルに両替した。飛行機は復路を後で変更できるように、オープンチケットを購入した。

*****

このときはすべてうまく行くと信じていたし、希望に満ち溢れていた。

しかし、この決断が私にとって長い苦難の幕開けになるとは、このときはまったく気付いていなかった・・

「羊 毛刈り」  ナバホ体験記

ナバホの伝統的な生活を守っている人々は、今も羊の放牧をしている。ナバホの生活といえば羊なくして語れない。

「ナバホグランパ」は現在、13頭の羊を所有している。 以前は250頭以上いたらしいが、徐々に数を減らさざるを得なくなった。

80歳を越えた 「ナバホグランパ」には、もう250頭もの羊の世話はできなくなってしまったのだ。

毎年、夏が始まる前に羊の毛を刈ってやらなければいけない。

この時期になると「ナバホグランパ」と「ナバホグランマ」は憂鬱になる。 羊の毛刈りは肉体労働である。年老いた二人には不可能なのだ。 そこで毎年、知人に頼んで毛刈りをしてもらう。 報酬の相場は、一頭につき5ドル前後 (但し、これは2000年頃の情報なので、現在では10ドル前後になっているらしい)。

ナバホ国では伝統的な暮らしをしている人が少なくなったので、毛刈りが出来る人の数も減ってきた。 グランマとグランパは友人や知人を訪ね歩いたのだが、毛を刈ってくれる人を見つけることが出来なかった。

そのとき既に、5月の中旬になっていた。 ナバホ国は砂漠地帯。 日に日に暑さが増してくる。 羊は暑さに弱いため、毛を刈り取ってやらなければ体力が弱って死んでしまう。

そうしてその年は、私達、「ナバホ父」「ナバホ母」「ナバホ弟B」 と私の4人で毛刈りを行うことになった。

「ナバホ弟B」 は明らかに嫌そうだった。「羊の毛刈りは重労働だぜ。それにシャワーを浴びても羊の匂いが体に染み付いてしまうんだ」

私が羊の毛刈りをしたのはこれが最初だったのだが、かなりの重労働だった。羊を捕まえて両足を紐で縛る。

羊は臆病なので、毛を刈っているだけなのに怖がって暴れまくる。

「ナバホ父」が毛を刈り、残りの3人が羊の足をしっかりと抑えるという役割になった。 羊の暴れ具合にもよるが、一頭辺り30分程度。 炎天下の元での作業なので、疲れが倍増する。

特に一頭だけ、最初から最後まで暴れまくっていた羊がいた。 私達は4人ともこの羊に全身を蹴られた。

「ナバホ父」は罰としてその羊を「モホーク刈り」にした。

今、この羊は「モホークシープ」と呼ばれており、砂漠の猛暑をこのぼさぼさ頭ですごしている。

「自己防衛策」  ナバホ体験記

犬に噛まれた騒動の後、ナバホグランマが鉄製の杖を私に買ってくれた。

「この杖を肌身離さず持ち歩きなさい。今度犬に噛まれそうになったら、この杖で戦うんだよ」

グランマはこの杖を武器として使え、と言っているのだ。

しばらくの間はグランマの言いつけを守って、何処へ行くにもこの杖を持ち歩いた。友人宅を訪ねる時も、食事に出かける時も、オフィスへ行く時も…。 夜も杖を体の横において、一緒に眠った。 家族や友人達はこの杖のことを、「ジャパニーズ・サムライ・ソード」と呼んでいた。

杖を持ち歩くのが面倒くさくなった頃、「ナバホ弟B」に身を守る手段は他に無いかと聞いてみた。

「犬が吠えて攻撃姿勢を見せた時は、石を投げれば良いよ。 自分はお前より強いんだっていう姿勢を見せれば、犬はそれ以上攻撃してこないからね」

私に向かって吠える嫌な犬がいたので、試しに石を投げて威嚇してみると、効果覿面だった。 それ以来、犬になめられないように、石を投げて攻撃するようになった。

先日、日本人のグループがうちに遊びに来てくれた。 犬が私達に向かって吠え掛かってきたので、石を投げて威嚇してやった。その姿を見ていた日本人のお客さんはびっくりしていた。 普段おとなしい私が、犬に向かって血相を変えて石を投げている姿が、怖かったらしい。

変なヤツだと思われても仕方が無い。けれどこれは、ナバホ保留地で無事に生きていく為に必要な自己防衛策なのである。

「野良犬問題」  ナバホ体験記

犬に噛まれてERへ行った翌日は、ナバホ警察へ出頭しなければならなかった。

ここで、保留地内の野良犬事情を、簡単に説明しておきたい。

保留地内には野良犬が多い。この背景にはナバホの人々の貧しさがある。保留地内には十分な仕事がない。なんでも保留地内の失業率は70%だとか…。

自分達が食べていくだけで精一杯なのだから、犬や猫を去勢・避妊手術してやるという余裕などない。 手術にも金がかかるからだ。 犬猫が子供を産むと、エサをやる費用を浮かす為、こっそりどこかに捨てる。 そうやって、野良犬や野良猫の数が、どんどんと増えていくのである。

保留地内では野良犬に噛まれるという事件が続出している。そこでナバホ警察はある法律を定めた。犬に噛まれたら警察に報告すること。どの場所でどんな犬だったのかを詳しく報告しなければならない。それを元に警察はその犯人犬を見付けて射殺するのである。

この法律は、病院側にも徹底通知されている。患者が「警察に報告しました」或いは「治療後、直ちに警察に報告いたします」 と書類にサインをするまでは、治療を施してはいけないのだ。

私の調書をとってくれた担当婦警さんは、とても親切な人だった。自分の娘も犬に噛まれて大変な目にあった。あなたの仇はきっと討つからね、などと言ってくれた。 犯人犬の姿を事細かに説明して欲しいといわれたが、実はあまり覚えていない。体長、体重、毛の色、種類、顔の特徴(目の色など)を、質問されたが、あいまいな返事しか出来なかった。

あれから幾年もの月日が流れた。 果たして警察は、無事に私の仇を討ってくれたのだろうか?

「野良犬問題」  ナバホ体験記

犬に噛まれてERへ行った翌日は、ナバホ警察へ出頭しなければならなかった。

ここで、保留地内の野良犬事情を、簡単に説明しておきたい。

保留地内には野良犬が多い。この背景にはナバホの人々の貧しさがある。保留地内には十分な仕事がない。なんでも保留地内の失業率は70%だとか…。

自分達が食べていくだけで精一杯なのだから、犬や猫を去勢・避妊手術してやるという余裕などない。 手術にも金がかかるからだ。 犬猫が子供を産むと、エサをやる費用を浮かす為、こっそりどこかに捨てる。 そうやって、野良犬や野良猫の数が、どんどんと増えていくのである。

保留地内では野良犬に噛まれるという事件が続出している。そこでナバホ警察はある法律を定めた。犬に噛まれたら警察に報告すること。どの場所でどんな犬だったのかを詳しく報告しなければならない。それを元に警察はその犯人犬を見付けて射殺するのである。

この法律は、病院側にも徹底通知されている。患者が「警察に報告しました」或いは「治療後、直ちに警察に報告いたします」 と書類にサインをするまでは、治療を施してはいけないのだ。

私の調書をとってくれた担当婦警さんは、とても親切な人だった。自分の娘も犬に噛まれて大変な目にあった。あなたの仇はきっと討つからね、などと言ってくれた。 犯人犬の姿を事細かに説明して欲しいといわれたが、実はあまり覚えていない。体長、体重、毛の色、種類、顔の特徴(目の色など)を、質問されたが、あいまいな返事しか出来なかった。

あれから幾年もの月日が流れた。 果たして警察は、無事に私の仇を討ってくれたのだろうか?