「ナバホコードトーカー」  ナバホ情報

第二次世界大戦中、日本軍はアメリカ軍の暗号をすべて解読してしまった。そこで、ナバホ語を使って暗号を作るという案が出された。

ナバホ語は複雑で、しかも文字化されていなかったので、日本軍は最後までこの暗号を解読することができなかった。

最初に29名のナバホの志願者が集められ、この志願者達の助けを借りて、ナバホ語の単語が軍用語に関連付けられた。

ナバホコードトーカーの全体数は400人ほどだった。彼らはとても大事にされ、1人ずつにボディガードをつけられた。

しかし、ナバホコードトーカーによる戦争への多大な貢献は、1969年まで公式に発表されなかった。戦後25年が経過していた。

1982年、レーガン大統領は、8月14日をナバホコードトーカーの日とすることを決定した。

「ナバホの印章」 ナバホ情報

上部の開いている部分は、東の方角をさす。

外部に向かって放たされている矢じりは、黄色のトウモロコシの花粉で、ナバホのセレモニーで使われるものだ。別の説では、これはアメリカの50州からナバホの大地を守ろうとしているとも言われている。

その内側には3本のラインがあり、ナバホの主権のシンボルである虹を象徴している。虹はナバホ国の荘厳さを表している。それぞれ外側から、赤、黄、青となっている。

その下には黄色い太陽が描かれ、ナバホ国と4つの聖山の上にかかっている。

4つの聖山はそれぞれ、セレモニーの色を象徴する。

東 - 白 - White Shell Woman

南 - 青 - Turquise Woman

西 - 黄 - Abalone Woman

北 - 黒 - Jet Black Woman

その下には、2本の緑色のトウモロコシが描かれ、ナバホの人々の生計を支えている。

中央には、3種類の動物、馬、牛、羊が描かれ、ナバホの家畜を象徴している。

「ロングウォーク」  ナバホ情報

アメリカ軍とメキシコの戦争が終わった後の1846年、アメリカ政府は南西部の領地を所有した。しかし、ナバホの人々は自分達の聖地にアメリカ政府が入り込むことを頑なに拒んだ。彼らの神話の中で、kの聖地はHoly Peopleからナバホの人々のために創った土地であり、ナバホの人々はこの土地を守るようにと言われてきたからだ。

1863年、キット・カーソン大佐は、ナバホの聖地の焦土戦術を命じられた。そして彼は、ナバホの人々の生計を壊し、家族の集まりを崩していった。作物を奪われ、生計の糧となっていた羊や馬を奪われ、男、女、子供達を大虐殺されたナバホは、1863年から1864年の冬にアメリカ政府に降伏した。

その降伏によって、8000人ものナバホの人々は、500キロもの道のりを歩かされた。これがロングウォークと呼ばれるものである。向かわされた先は、ニューメキシコ州にある保留地で、フォートサムナーやボスケレドンドと呼ばれているところだった。その土地は風の吹き荒れる土地で、Pecos Riverから引かれた水には大量の塩が含まれていたため、作物はほとんど育たなかった。飢えに加え、ペストや旱魃、あられなどの災害によって、何千人ものナバホの人々が病気、飢餓、日照りにより、亡くなった。

1868年、アメリカ合衆国とナバホ指導者の間で、ボスケ・レドンド条約がサムナー砦で調印された。これにより、ナバホの人々は故郷の聖地へと戻ることとなった。

「砂絵」  ナバホ情報

ナバホの神話の中で、ナバホの人々は Holy People から癒しの手段として、砂絵を教えてもらった。

宇宙と地上の万物は、常にバランスの取れた状態でなければならない。そのバランスが崩れたときに、病気や災いが起こる。ナバホの人々は、祈りのチャントやハーブ、祈り、歌、そして砂絵をスピリットにオファーして、宇宙と地上の万物を癒し、バランスを取り戻そうとする。

本来、砂絵はバックスキンの上に描かれる。砂絵の技術や心得は、メディスンマン達から、忍耐と学ぶ意欲を持った次世代の若者達へと丁寧に伝えられてきた。

砂絵はセレモニーが終了すると、きれいに消し去られる。日没前にホーガンの外に持ち出し、風に吹き飛ばされることで母なる大地へと戻っていく。砂絵の種類は1000以上あると言われているが、メディスンマン達は記録を残しておかなかったため (砂絵を記録に残すことはタブーとされていた)、現在も知られているものはその半分にも満たないと言われている。

砂絵はホーガンの中で描かれる。

母なる大地の上に真っ白な砂の土台を作る。オープンに開かれた東の方角から作り始める。東はホーガンの入り口の方角でもある。そうすることで、邪悪なスピリットが二度と戻って来ないようにする。

砂絵はメディスンマンの元で、数人の助手が丁寧に行なっていく。ここでは詳細にいたるまで、正確に完成させなければならない。そうしなければ、宇宙の調和は回復されないし、より悪い結果を生み出すこともあるので、助手達は細心の注意を払う。

砂絵では、基本的に5つの色を使う。

石膏から白色

criscola から青色

マグネタイト、酸化マグネシウム、火山物質から黒色

砂岩、サルファ、ウラニウム酸化物から黄色

砂岩や粘土から赤色

これらの色をよく混ぜ合わせて、いろんな色の段階を作る。

砂は、自然に色が付いた岩や、砂岩、鉱石などをすりつぶして使う。石を小さな小石の大きさまで細かく砕く。不純物を取り除いてふるいにかけ、さらに細かい一定の砂にする。

「ウィンドウロック」  ナバホ情報

ウィンドウロックはアリゾナ州に位置する。 ナバホ国の首都であり、ナバホ部族とBIAの核となる管理事務所棟が立ち並ぶ場所である。

ウィンドウロックという名の通り、大きな穴がトレードマークとなっている。この穴は、ジュラシック期の頃に形成されたとされる。穴の直径は平均で14メートルほど、中心部は地上から約30メートル上にある。

土台部の岩の染みのような線は、かつてそこに泉が湧き出ていたことを示している。現在、その場所はふさがれている。以前はこの泉から湧き出る水と、その他3つの箇所の水を使って、雨を呼ぶセレモニーに使用されていた。

ナバホ創世記の頃、邪悪なモンスターはこのウィンドウロックの穴を通ってこの世界から消えていったとされている。

ウィンドウロックはアリゾナ州に位置する。 ナバホ国の首都であり、ナバホ部族とBIAの核となる管理事務所棟が立ち並ぶ場所である。

ウィンドウロックという名の通り、大きな穴がトレードマークとなっている。この穴は、ジュラシック期の頃に形成されたとされる。穴の直径は平均で14メートルほど、中心部は地上から約30メートル上にある。

土台部の岩の染みのような線は、かつてそこに泉が湧き出ていたことを示している。現在、その場所はふさがれている。以前はこの泉から湧き出る水と、その他3つの箇所の水を使って、雨を呼ぶセレモニーに使用されていた。

ナバホ創世記の頃、邪悪なモンスターはこのウィンドウロックの穴を通ってこの世界から消えていったとされている。

「プロポーズ」  ナバホ体験記

私が夫と出会ったのは、1998年12月。ナバホ父が自分の家族を紹介するため、家に連れて行ってくれたときだった。

夫はナバホ父の次男なのだ。

夫は私を初めて見たときのことを、今でもよく覚えていると言う。

私は当時付き合っていた男性と一緒に、ナバホ国を訪れていた。ナバホの伝統的な住居であるホーガンに宿泊させてもらい、翌朝そのホーガンからナバホ父の家まで歩いてくる私達の姿を、夫は見ていた。

夫には私の姿がキラキラと輝いて見えたらしい。

「君がこちらに向かって歩いてくるときに、君の全身が光に包まれて優しく輝いていた。この人が運命の女性だと直感した。君の事を随分前から知っていて、今生でまた再会できたと感じた」と。 私と結婚しようと思ったのは、この瞬間からずっと変わらない、と彼は言う。

夫は私達が付き合うようになる前から、このことを私に何度も話してくれた。

一方、私の方はと言うと、ナバホ父の次男、つまりナバホ弟としてしか、彼を見ることができなかった。何せ、12歳も年下なのだ。 当時彼はまだ高校を卒業できずにいて、ナバホ両親の世話になっていた身だったし、表情も子供っぽくあどけなさが残っていた。

だから、夫が愛の告白めいたことを言うとき、私はいつも笑顔で「気持ちだけもらうよ、ありがとう。 でも私はあなたのことを恋愛対象としては見れないよ」 と返していた。

すると、彼は決まってこんな風に返してきたものだった。 「君は俺と結婚するよ。 俺は知ってるんだ。 時が教えてくれるさ」 とゆったりと構えていた。

出会いから7年くらいは、姉と弟という関係だった。 ナバホ両親とナバホ弟と私、というこの4人で、よくキャンプやセレモニーに出かけた。 この4人で一つのテーブルを囲んで食事をすること、一緒に出かけることが多かった。 ナバホ両親は私と弟のことを 「私達の子供達」 と表現していた。 私と弟は本当に仲が良かった。 胸ぐらをつかみ合ってケンカしたこともあるけど、仲が良いからこそのきょうだいゲンカの類なのだ。 ケンカの内容は本当につまらないもので、家の工事をしている最中にどちらがセメントを投げただとか、お前の方が羊の肉を多く食べただとか、そういったことだ。 どちらがお詫びにコーラを買ってきたり、アイスクリームをおごったりすることで、私達のきょうだいゲンカはあっさり終わる。

ナバホ母は、弟が私のことを愛していて結婚したがっていることをずっと前から気付いていた。 だから時折私達に、「あんた達、本当に仲が良いわね。 磁石みたいな関係なのね。 どんなことがあっても引き合ってまた元通り仲良しになる。 あんた達が結婚したら良いのに」 と言っていた。 私は決まって母に 「それは100% ありえない」 と返し、弟は 「時が教えてくれるさ。 俺達は結婚する運命なんだから」 と返したものだった。

彼との関係が急速に変わっていったのは、出会いから7年経った頃のことだった。 ひょんなことから、弟が私にキスをした。 そのキスに、私はドキッとした。 そこから私の彼に対する気持ちが変わっていったのだと思う。

彼との関係がボーイフレンド・ガールフレンドに変わり、それでもやはり年齢差が気になって、元の関係(姉と弟)に戻してくれるように頼んだ。 付き合って、また元の関係に戻して・・・ そんなことを数回続けたと思う。

その後、彼はアメリカ陸軍に入隊し、アリゾナ州の基地に配属された。

私達が出会ってから9年目の夏。 私はサウスダコタ州のツアーの仕事の後、彼を訪ねた。

彼は私と一緒に過ごすため、一週間の休暇を取ってくれた。

久しぶりの再会。 その初めての夜に、彼は話し始めた。

「君には何度も話したけど、俺は初めて君の姿を見たときにこの人と結婚しようと決めたんだ。 君の全身をキラキラとした光が覆っていて、すごくキレイだった。 君に何度も愛の告白をしたのに、君はいつも本気にしてくれなかった。 あの頃の俺には仕事がなかったから、君が本気にしないのも当然だよね。 でも今、俺はちゃんと社会人になり、君のことを迎える準備ができた。 これからの人生を君とともに歩いていきたい。 年齢差はずっと変わらず、残っていく。 でも年寄りよりも若い夫を持つ利点ってたくさんあると思うぜ。 今日は君に正式にプロポーズしたい。 ボクと結婚してくれますか?」

照れながらではあるが、彼なりの言葉で一つひとつ丁寧に、話してくれた。

年下だけど、私達はすごく仲良しだ。 彼になら、隠し事や嘘を言う必要がなかった。 これからもきっとそうだろう。

私は彼に 「わがままで泣き虫で、強情で年寄りだけど、こんな私で良ければ、これからの人生をともに生きていこう」 と返事をした。

彼はニコッと笑って、私に目を閉じるようにと言った。 それから小さなダイヤの婚約指輪を私の左手薬指にはめた。

「目を開けていいよ」と彼が言うので、見てみると、とても小さなダイヤに、とても大きなサイズの指輪。 あまりにもぶかぶかなサイズなので、ダイヤはくるりと回って下向きになった。

「あのさー、プロポーズするならフィアンセの指のサイズくらい覚えておきなよ」 と私が言うと、「これ、アメリカ女性の平均サイズって店の人に言われたんだよね。 まさかこれほどまでにぶかぶかになるとは・・・」 と彼。 結局、その翌日に指輪を購入したお店に行き、サイズ直しを注文することになった。

彼は女性に指輪を買ったのは初めてだったから、平均サイズを買えばぴったり合うのだと思っていたらしい。

私の夫は、心がキレイで、ピュアな人だ。 とても優しい人。 人間に対しても、動物に対しても、植物に対しても。 もちろん、私に対しても。

スピーディーにチャカチャカと物事をこなせるタイプではなく、じっくり時間をかけてこなしていく人だ。

彼は、「アリとキリギリス」 の物語の中では間違いなく アリ だし、「ウサギとカメ」 の物語の中では間違いなく カメ だ。 それとは真逆に、私は キリギリス であり、ウサギだ。 早飲み込み・早とちりして、急いできた。 人よりも多く挫折を味わい、頭を打って傷つき、心がささくれ立ってしまった。 金平糖のように心がトゲトゲの私と、やわらかめのグミのようにポヨポヨの彼。 実はすごく合っているのかもしれない。

私はこの人と結婚させてもらえたご縁に、心から感謝している。

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ちなみに、私は彼に素朴な質問を投げかけたことがある。

「あなたは私達が結婚する運命だったといつも言うけど、結婚するべきパートナーならどうして私と同じくらいの時期にこの世に誕生しなかったのよ? どうして私よりも12年も遅れたのよ?」

夫はこんな風に返答した。

「中間生にいるとき、生まれる順番を待つスピリットが長蛇の列をなしていた。 俺は君と同年代に生まれるべく、我慢強く列に並んで待っていたんだけど、後ろから来たスピリットが俺の前に何人も何人も割り込んできたんだ。 君も知っている通り、俺は人が良いから割り込まれてもケンカしたりせずにただ黙々と列に並び続けたから、君よりも少し出遅れたんだよ」

うまい言い訳だなと思う反面、夫の性格を考えてみると、案外本当なのかもしれないとも思う。

ま、年齢はあまり関係ないのかもしれないなー。

「ナバホの人の体の構造_精神面」  ナバホ体験記

「ナバホの人の体の構造_精神面」  ナバホ体験記

人間は生まれる前、子宮の中にいた。そこは暖かいお湯の中であり、愛に溢れた場所。私達は常に与えてもらうという状態を楽しむ。

生れ落ちた瞬間、初めて肺に空気が入る。そのことは、今までの与えられっぱなしの状態から独り立ちをするための決断の瞬間でもある。そして大声で泣き始める。この泣き声のトーンは、指の指紋などと同じく、誰一人としてまったく同じトーンで泣く人はいない。Holy Peopleは一人ひとり異なるこの泣き声で私たちのことを認識してくれる。

生れ落ちて最初の泣き声は、Holy Peopleに向かって発するものだ。「私はここにいます。これからこの人生で任務をまっとうしていきます。どうか私と共にいてください。私に気付いてください」と。

ナバホの人々は、お祈りをする際に、自分という人間をこの世に生み出すことに貢献してくれた過去に生きた人たち(先祖)のこともブレッシングする。そこで、常に体の7箇所を意識する。

1.左足 - 父方の祖父

2.右足 - 母方の祖父

3.左手 - 父方の祖母

4.右手 - 母方の祖母

5.心臓 - 母

6.頭 - 父

7.おへその下辺り - 自分自身

ナバホでは、1人の人間の中には、実際の性とは関係なく、常に女性の面と男性の面があるという。

体の右半身は女性面

体の左半身は男性面

頭のてっぺんにはガイドとなる羽がまっすぐ上の天に向かってついていると考えている。自分自身の女性面と男性面がバランスをとって調和した状態でこそ正しい判断ができる。セレモニーのときにこの羽飾りをつけるのは、そのことを思い出すため。

ナバホのエルダーたちの教え  ナバホ体験記

太陽に、お前の眠っている姿を見せてはいけない。だから、毎日必ず、日の出よりも先に起床しなければならない。

なぜなら、お前は何者にも依存せず、自力で使命をまっとうしなければならないからだ。

毎朝太陽よりも先に起床すれば、太陽はお前が使命をまっとうするために必要なエネルギーを惜しみなく与えてくれるだろう。

勤勉で、まじめであれ。そうでなければ、貧しさという名のモンスターに支配されてしまう。

自分の発する言葉に常に気をつけなさい。なぜなら、言葉にはエネルギーがあるから。言葉は決して、人を傷つける道具にしてはいけない。

考えること、発する言葉は、すべてポジティブなものでなければならない。

人の悪口は言ってはいけない。悪口を発するたびに、自分自身でトラブルを生み出すことになるからだ。

ナバホの人々の中で、もっともつらい罰は、家族や親戚などのコミュニティから完全に縁を切られること。すると、その人は最終的に自殺してしまう。ナバホでは、家族や親戚が一人もいないように扱われたり、そう感じることが、もっともつらいことなのだ。

稲妻とツノトカゲの話 ナバホ体験記

ナバホ神話の中に、稲妻とツノトカゲの物語がある。

ある日、稲妻はツノトカゲが歩いている姿を見た。稲妻はその場所を自分の縄張りだと思っていたので、怒ってツノトカゲにこういった。

「おい、ここは俺の土地なんだ。ここからすぐに出て行け」

ツノトカゲは次の日に話し合いをすることを提案し、その場を去る。

翌日、同じ場所にツノトカゲは鎧を着て出かけていった。

稲妻はツノトカゲがその場所を立ち退かないので、怒ってツノトカゲに稲妻を落とした。しかしその稲妻は、ツノトカゲの着ている鎧によって跳ね返された。

ツノトカゲは稲妻にこういった。

「この鎧は君の成分と同じもので構成されている。僕たちはみんな、同じ成分で構成されているんだ。だから僕たちは互いを傷つけ合ったりなどしてはいけないし、できないようになっている」

「それに、土地は僕たちみんながGreat Spiritから借りているだけなんだ。僕たちは誰も、借りている土地を所有することはできないんだよ」と。

この物語は、土地問題で紛争している両者に語られる。