「ユニーク」子供時代

私はとても変わった子供だった。感受性がとても豊かだったのだ。豊か過ぎたと言っても良い。人の感情がはっきりと色で「視えて」いた。 悲しんでいる人のそばにいくと自分も悲しくなって泣いた。怒っている人のそばでは一緒に怒った。嬉しそうな人のそばだと自分も嬉しくなる。そんな風に、他人の感情に巻き込まれるのは嫌だった。しかし自分でコントロールする術を知らなかった。 私の子供時代を表現する言葉は「ユニーク」という一語に尽きる。この言葉は、学校の先生が書く、通信簿の備考欄に必ず登場していた。 「ユニーク」 と表現されることがすごく嫌で、通信簿を受け取るときにはいつも、「今回はユニークって書かれていませんように」 と祈るのだが、その祈りは聞き入れてもらえてなかった。 感情をコントロール出来ないという以外にも、私の思考回路はみんなとは違っていた。 5歳くらいまでは、過去生の記憶がまだ鮮明に残っていた。夢として現れることもあったし、起きている時間に意識が異次元に飛ぶこともあった。 その頃は、誰にでも過去生の記憶が残っているのだと思っていた。だから平気で母や友人に話した。すると皆は決まって私のことを変人扱いした。そしてやっと分かった。誰にでも見えたり感じたりするものではないのだと。 とりわけ母はそういった霊的な話を嫌った。私が話し始めると、私の言葉をさえぎったものだった。今でも母は、スピリットの話や過去生の話、スピリットワールドの話といったものをひどく嫌っている。 私が自分の過去生に関係あるだろうと感じていたのは、アメリカインディアンのナバホ族とアパッチ族、それにラコタ族。 誰に教えてもらった訳でも無いのに、記憶に残っていた。 ナバホの大地に初めて行った時、懐かしさで涙が込み上げてきた。私のスピリットは、この土地とこの人々のことを覚えていた。 ナバホに通い始めて11年目になる。私が懐かしいと感じているのは、ナバホの人達の宗教観なのかもしれない。 子供の頃、話してはいけないと言われ続けた話を、この地では普通に話すことが出来る。 それによって私のスピリットが癒されているのだと思う。