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4.壊されたスーツケース ラコタツアー
2006年5月17日同日。家を出発してから実に31時間後、ようやく最終目的地空港であるラピッド・シティ空港に到着。現地時間では夜10時を過ぎていた。みんなヘトヘトだったに違いない。
ここで一つ問題が起きた。お客さんのスーツケースが壊されていたのだ。
現在アメリカへ入国する際の機内預け入れ荷物は、すべて鍵を開けておかなければならない。係員がいつでも中身を確認できるようにするためらしい。
私達は全員、そのことを知っていたし、このお客さんもスーツケースには鍵をかけていなかった。なのに、この壊されたスーツケースには、明らかにスパナか何かでこじ開けた形跡があった。両サイドのフック部分が完全に壊れており、スーツケースは閉まらなくなっていた。
通常、これは簡単な手続きで済む。
以前、私の友人が同じ目に遭ったことがあった。空港係員に申し出ると、すぐに代替のスーツケース(新品)と交換してもらえたのだった。
しかし運悪く、その時は係員が2人しかいなかったし、同じようなクレームを言おうとしているお客さんが他にも大勢いた。クレームを言うには長蛇の列に並ばなければならない。私はボスと一緒にレンタカー・カウンターへ行かなければなかなかったので、列に並んでいる時間がなかった。
そこで英語が話せるある人に、この件はまかせることにした。”こちらは鍵をかけていなかったのだから、こちらの落ち度ではない。だから代替のスーツケースを出してもらいたいと係員に伝えて欲しい”、とその人に念押しした。
レンタカー手続きが済むと、その人からこんな風に報告を受けた。
「この時間帯はマネージャーがいないらしい。明日朝にでも、マネージャーに電話を掛けるようにと言われた」
そう言って、名前と電話番号が書かれたメモを渡された。
翌朝その番号に電話をしてみたが、ダイレクトに留守番電話につながる番号だった。これでは埒が明かない。そこで空港に直接行ってみることにした。
手荷物受取所のカウンターの係員に、昨日もらったメモを見せた。 「この名前の人に会わせて欲しい。この人がマネージャーなんだそうです」
その係員はこう言った。「これは私の名前で、私がマネージャーです」
しばらく話をしてみたが、どうも噛み合わない。昨日聞いた話とは異なる。「マネージャーがいないから翌日に電話をしろと言われた」と聞いていたが、この人がマネージャーらしい。それに、この人が昨日うちのメンバーと直接話をした人だと言う。
私はこの係員の態度が気に入らなかった。スーツケースを壊されたのは空港側のミスで、私達のミスではないのに、申し訳ないといった態度が微塵もなかったからだ。
いつもの悪い癖が出た。トサカに血が上り、思わず声が怒鳴り声になってしまったのだ。
「大体あんた、何で謝らないのよ? 昨日もうちのメンバーが伝えたと思うけど、こっちに落ち度はないのよ。鍵はちゃんと開けておいたんだから。そちらの係員が施錠されているかどうかの確認もせずに、無理やりこじ開けられたから壊れた。あんたんとこのミスなのよ。早く代替のスーツケースを出しなさいよ」
マネージャーはびっくりした表情になった。「昨日はそんなこと一言も聞いてない。だから、”そちらがルールを破って鍵を閉めていたから、こちらはルールに従ってスパナでスーツケースをこじ開けて中身を確認した”旨を伝えた」と言う。
思わず絶句してしまった。昨日まかせた人がこの件を係員に伝えてくれていなかったのだ。
私は声を荒げてしまったことを係員に詫びた。それから、落ち着いてきちんと事情を説明した。
係員はにっこりと微笑んだ。「そういうことなら、すぐに代替のスーツケースを出しますよ」 そう言って、奥の部屋から新品のスーツケースを出してくれた。
とりあえずは一件落着。
この一件で私が学んだのは、”人任せにしてはいけない”ということ。
私は今回、スタッフとしてこのツアーに参加している。つまりお客さんを守る義務がある。今回の一件は、私が自分の任務をきちんと遂行しなかったことに落ち度がある。
ナバホ父がよく言っている。
「失敗は学びのプロセスだ」 (Mistake is just a Learning Process!)
これからは、ちゃんと義務をまっとうしよう。
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3.出発 ラコタツアー
2006年5月17日。いよいよ出発。
関空からデトロイトまでのフライトは特に問題なし。
デトロイト空港で、通訳としての初仕事が待っていた。
ツアーメンバー全員が無事に税関を通過するように見守る事。 「もし何か問題が発生するようなことがあれば、すぐにメンバーの元に走っていって通訳をして欲しい」 とボスに言われた。
そこで、メンバーを自分よりも先に行ってもらい、後ろから様子を見守る。
メンバーの中には英語が全く話せない人達がいたが、この人達は問題なく通過。
メンバーの中に1人、在日韓国人がいた。ボスはこのメンバーのことを少し心配していた。一週間だけの観光客なので問題はないはずなのだが、私達と異なるのは彼のパスポートには日本国のビザが貼られているという事。前回同じ条件の在日韓国人がツアーに参加していて、本人がうっかりビザを更新し忘れていた(もしくは持って来るのを忘れていた)せいで、別室に呼ばれて延々と説明をしなければならなかったことがあったのだとか。
そんなことをボスから聞いていたので、ツアーメンバーが税関を通るときは本当にドキドキした。 しかし、私達の心配をよそに、彼はすんなり笑顔で税関をパスした。
全員が無事に税関を通過して、ほっと一息。
ここで、あることに気が付いた。ボスの目が、絶えずメンバー全員に満遍なく配られていることに…。
** ちゃんと全員揃っているか? **
** 体調が悪そうな人はいないか?**
** みんな、楽しんでいるか? **
** 助けが必要な人はいないか? **
ボスはもう何年もこのツアーを主催し、お客さんを引率している。こういったことは体で自然に覚えたのだろう。今回は私もスタッフだ。ボスがやっているように、さりげなくメンバー全員に満遍なく注意を向けなければ…。
とても良い経験をさせてもらっている…。そんな風に感じた。
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2.メンバーとの顔合わせ、ラコタツアー
2006年4月14日。サウスダコタ・ツアー参加者との顔合わせ(オリエンテーション)が開催された。
以降この記事内では、ツアー開催者であり、兄弟子であり、仕事の依頼者である彼のことを、便宜上 「ボス」 と表記することにする。
今回の参加者は、高齢の方(50代・60代)が4名と20代の若者が3名。ボスと私を合わせると全部で9名のツアーになる。
今回行く場所は、サウスダコタ州のシャイアン・リバー保留地というところ。正式名称は CHEYENNE RIVER SIOUX RESERVATION という。ボスにとっては第二の故郷となった場所だ。ボスはこの地にもう20年以上通い続けている。現地にはボスが兄と呼んで慕っているラコタ男性がいて、この男性が現地でのホストになる。
ここでちょっと、ラコタについて説明しておきたい。
ラコタ族というのはアメリカ先住民(ネイティブ・アメリカン)の部族の一つ。一般に日本人がイメージするアメリカ先住民の姿というのは、ティピと呼ばれるテントに住み、羽根冠を被り、馬に乗り大平原を駆け回るという人々だと思う。これらはラコタの人々のことだ。
「ラコタ」というのは総称で、ラコタ、ダコタ、ナコタのことを指す。それぞれ、さらに支族に分けられる。
ラコタの支族は以下の7つ。
① シカング (Burnt Thigh People) (ローズバッド居留地に住む)ブリュレとも呼ばれている
② ハンクパパ (Camps at the Edge) (スタンディングロック居留地に住む)
③ オグララ (Scatter Their Own) (パインリッジ居留地に住む)
④ ミニコンジュ (Plants by the Water) (シャイアン・リバー居留地に住む)
⑤ イタジプチョ (Without Bow) (シャイアン・リバー居留地に住む)
⑥ シハサパ(Black Feet) (シャイアン・リバー居留地に住む)
⑦ オーヘヌンパ(Two Kettle) (シャイアン・リバー居留地に住む)
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ボスはメンバーの皆にこう言った。 「私の大好きな故郷を、皆さんと分かち合えることがとても嬉しい」 ボスは本当に嬉しそうだった。
私がこれまで訪れたことがあるインディアン保留地は、アメリカ南西部ばかり。ナバホ、ホワイト・マウンテン・アパッチ、プエブロ(ホピ、タオス、ズニ、サンフェリペ、ヘイメス)など。ラコタの大地を訪れるのは今回が初めてになる。
「ラコタの大地は南西部とはまるで違う。僕はラコタの大地から、女性的なエネルギーをいつも感じている。きっと君も気に入ると思うよ」 とボスが私に言った。
どんな所なんだろう? ボスの兄というのはどんな人なんだろう? それにツアーメンバーを引率するということも初めての仕事。とにかく、精一杯この仕事をこなそう。どんな小さなことでも、メンバーの役に立てればいいなと思う。
