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「ナバホ国の国旗・印章」 ナバホ情報
ナバホ国の国旗は、1968年、正式に国旗として採用された。
1868年の条約で決められた保留地が茶色で描かれている。その大地は4つの聖山で囲まれている。
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「ロングウォーク」 ナバホ情報
アメリカ軍とメキシコの戦争が終わった後の1846年、アメリカ政府は南西部の領地を所有した。しかし、ナバホの人々は自分達の聖地にアメリカ政府が入り込むことを頑なに拒んだ。彼らの神話の中で、kの聖地はHoly Peopleからナバホの人々のために創った土地であり、ナバホの人々はこの土地を守るようにと言われてきたからだ。
1863年、キット・カーソン大佐は、ナバホの聖地の焦土戦術を命じられた。そして彼は、ナバホの人々の生計を壊し、家族の集まりを崩していった。作物を奪われ、生計の糧となっていた羊や馬を奪われ、男、女、子供達を大虐殺されたナバホは、1863年から1864年の冬にアメリカ政府に降伏した。
その降伏によって、8000人ものナバホの人々は、500キロもの道のりを歩かされた。これがロングウォークと呼ばれるものである。向かわされた先は、ニューメキシコ州にある保留地で、フォートサムナーやボスケレドンドと呼ばれているところだった。その土地は風の吹き荒れる土地で、Pecos Riverから引かれた水には大量の塩が含まれていたため、作物はほとんど育たなかった。飢えに加え、ペストや旱魃、あられなどの災害によって、何千人ものナバホの人々が病気、飢餓、日照りにより、亡くなった。
1868年、アメリカ合衆国とナバホ指導者の間で、ボスケ・レドンド条約がサムナー砦で調印された。これにより、ナバホの人々は故郷の聖地へと戻ることとなった。
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「砂絵」 ナバホ情報
ナバホの神話の中で、ナバホの人々は Holy People から癒しの手段として、砂絵を教えてもらった。
宇宙と地上の万物は、常にバランスの取れた状態でなければならない。そのバランスが崩れたときに、病気や災いが起こる。ナバホの人々は、祈りのチャントやハーブ、祈り、歌、そして砂絵をスピリットにオファーして、宇宙と地上の万物を癒し、バランスを取り戻そうとする。
本来、砂絵はバックスキンの上に描かれる。砂絵の技術や心得は、メディスンマン達から、忍耐と学ぶ意欲を持った次世代の若者達へと丁寧に伝えられてきた。
砂絵はセレモニーが終了すると、きれいに消し去られる。日没前にホーガンの外に持ち出し、風に吹き飛ばされることで母なる大地へと戻っていく。砂絵の種類は1000以上あると言われているが、メディスンマン達は記録を残しておかなかったため (砂絵を記録に残すことはタブーとされていた)、現在も知られているものはその半分にも満たないと言われている。
砂絵はホーガンの中で描かれる。
母なる大地の上に真っ白な砂の土台を作る。オープンに開かれた東の方角から作り始める。東はホーガンの入り口の方角でもある。そうすることで、邪悪なスピリットが二度と戻って来ないようにする。
砂絵はメディスンマンの元で、数人の助手が丁寧に行なっていく。ここでは詳細にいたるまで、正確に完成させなければならない。そうしなければ、宇宙の調和は回復されないし、より悪い結果を生み出すこともあるので、助手達は細心の注意を払う。
砂絵では、基本的に5つの色を使う。
石膏から白色
criscola から青色
マグネタイト、酸化マグネシウム、火山物質から黒色
砂岩、サルファ、ウラニウム酸化物から黄色
砂岩や粘土から赤色
これらの色をよく混ぜ合わせて、いろんな色の段階を作る。
砂は、自然に色が付いた岩や、砂岩、鉱石などをすりつぶして使う。石を小さな小石の大きさまで細かく砕く。不純物を取り除いてふるいにかけ、さらに細かい一定の砂にする。
