-
人間の能力 ナバホ体験記
ナバホ父がこんなことを話していた。
人間の脳は宇宙の広さに匹敵するほどの能力を秘めているが、実際に使われているのはほんの僅かな部分のみだ。
脳には制限がないのだから、何歳になっても学ぶ姿勢を崩してはいけない。
スピリットワールドに戻る最後の瞬間まで、人間は学び続けなければならない。そうやって努力したこと、経験したこと、学んだことは魂に記憶されるので、次の人生でも活用することができる。人生の中で、無駄なことは一つもない。
Everything is good for your spirit, whenever you enjoy and try hard.
現代は文明が進んで暮らしやすい世の中になったといわれているが、実のところ、ずっと以前にこの地球で暮らしていた人間には現代の人間よりももっと優れた能力があった。
自然と共存して暮らしていた頃の人々は、動物のことも植物のことも知り尽くしていた。祈りの方法も熟知していた。ナバホの神話に登場する双子の男の子達は、物理的に離れていてもお互いにテレパシーを使って意思疎通が図れていた。 そういった知恵や知識、第六感などは、文明の進歩とともに薄れてしまってはいるが、決してなくなってしまっている訳ではない。DNAにしっかりと刻み込まれているからだ。思い出すことさえできれば、現代の人間達が古代の人々のように暮らすことだって可能なんだ、と。
-
インディアンネーム ナバホ体験記
ナバホ国で私自身の Hozhooji ceremony を受けたことがある。 これは beauty way ceremony とも呼ばれるもので、corn pollun road (正しい道)に戻るため必要なサポートをHoly People に祈るための儀式だ。
今回私が行なったセレモニーそのものは2日間。
初日はセレモニーを受ける前の準備としてのクレンジングセレモニー。 セレモニー中はネガティブな想いが一切入ってはいけないため、心と体を浄化しておく必要がある。
昼間は、体の浄化。 ユッカの茎を水で泡立てて石鹸を作り、髪の毛と体を洗う。
夜は、ネガティブな想いをすべて出し切る。これらの不要なものを出し切ってしまい、手放すという作業をする。すべてのネガティブな想いは、セレモニー用のタバコの煙によって、宇宙に戻す。 Hoply People がこれらを浄化させてくれる環。
2日目は夕方から本格的なものになる。最初に患者である私が、このセレモニーで達成したいことを述べる。 その後、メディスンマンがナバホ語で祈りの言葉を話し、それを私が一字一句同じように復唱していく。 これはセレモニーに対するコミットメントのような役割を果たし、「心身を浄化してこのセレモニーに望みます。私はまっさらの状態でこのセレモニーに敬意を払っています。 私に今後必要なサポートをどうぞ与えてください」 というような内容のことを自ら述べる。
セレモニー終盤に差し掛かった頃、私にナバホネームが与えられた。
Toh Bizhool ateed (mist girl)
霧が太陽の光を浴びるとき、虹が生まれる。 それはすべてが調和できた瞬間を意味し、また調和の美しさの象徴でもある。
私がこの虹を見るときにはいつでも、Holy Peopleからの特別なメッセージがあるときなのだそうだ。
-
ナバホ父の人生の旅 ナバホ体験記
現在のナバホ父からは想像がつかないのだが、父は若い頃、失敗を繰り返していたらしい。
父は、敬謙なキリスト教徒である母親と、ナバホの伝統的な教えを重んじる父親の元で、7人兄弟として生を受けた。
少年時代はとても貧しく、小学生の頃からガソリンスタンドなどでアルバイトをした。
心の奥ではナバホの伝統的な教えを重んじていたのに、それを完全否定する母親から命令されて、彼は毎週日曜には必ずキリスト教の教会に出向き、説教を聞かされた。 その中で彼が最も嫌だったのは、「キリストを信じない者は、地獄に落ちる」という教えだったらしい。
青年期になると、彼は地元のギャングのメンバーになり、仲間達と悪い遊びに手を染めるようになる。 「ここは自分の居る場所ではない」、「自分は悪いことをしている」 と頭で分かっていながらも、家族の愛に飢えていた彼は、ギャングメンバー達からの偽りの家族表現が居心地良く思えたし、寂しさが癒されるような気がしていた。
その後、父は地元のコミュニティカレッジに進み、ナバホ母と出会った。 つまり、両親はお互いに初めて付き合った人と結婚したのだ。
コミュニティカレッジを卒業後、父はナバホ部族の警察官として 20 年ほど勤めた。 警察官としての職業は、まずナバホの法律を学ぶところから始めた。 警察官としての職業を通して、彼はナバホの人々の悲しい実態を目の当たりにする。 何度も同じ間違いを犯す人々。 そういった人々は、父の寂しい少年期・青年期を彷彿させるものがあった。 そんな中で、彼は、人々を癒すことがしたい、と考えるようになった。
1990年、彼は長年働いた警察官としての職を辞任し、警備員のアルバイトを始めた。 ある日、出会った人が 「ピースメイカーとして働いてみないか」 と父に勧めてくれた。
当時父は、ピースメイキングとはどういうものなのか、ピースメイカーとはどのようなことを行なう人なのかを知らなかった。 最初の3ヶ月間は試用期間で、まともな給料が出なかったのだが、父はがむしゃらに勉強した。 どんな小さなケースでも、父は手を抜くことなく、精神誠意を尽くして人々の和解に尽力した。 そうして、試用期間が終わる頃、父はその業績を認められ、正式に部族のピースメイカーとして雇ってもらえることになった。
ピースメイカーとしての職を進めていくうちに、父はある方向性を見出した。
「自分にはナバホの伝統的な教えを重んじていきたい、ナバホの大切な教えを人々に広く伝えていきたい」 ということだった。
**********
ある日、父はセレモニーを開いてもらうため、メディスンマンの元を訪ねた。
そのセレモニーの中で、父はスピリット達に 「人々に教えを正しく伝えるため、話す能力を与えてください」 と祈った。
セレモニーの中で、スピリット達は父に、ある指示を与えた。 それは詳細な指示で、「XX月XX日に、XXXXという場所へ車で向かい、祈りを捧げる。その後、4歩歩いたところで、黒いダイヤモンドを見つけるだろう。そのダイヤモンドをその日から4日間口の中に含めたままで、大切な教えを人々に共有すること」 というものだった。
そうして彼は、そのメッセージに忠実にとある場所へと向かうと、本当に黒いダイヤモンドを見つけることができた。
****************
現在、父は、ナバホのピースメイカーとして、全米と全国でのピースメイキング講演やセッションを開催依頼が殺到するほどに忙しくなった。 それでも父は今でも、方向性を見失いそうになったときは、スピリット達に助けを請うている。
この話をしてくれたとき、父は最期にこう締めくくった。
「祈りは本当に聞き入れてもらえるんだよ。だから祈りの力を信じていなさい」
