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  • 「Water Rights」  ナバホ体験記

    現在、ナバホ父が携わっている運動は、「Water Rights(ウォーター・ライツ)。 ナバホの大地の水を守っていこう、ナバホが水を所有できる権利を守っていこう、というものである。

    その一環として、コロラド川の川下りに参加することになった。

    コロラド川はナバホ保留地北部を流れる全長約2,333kmの大河だ。 この川の支流には、3つのダムが建設された。アリゾナ州とユタ州との境界付近のページにグレンキャニオンダム、ラスベガス付近にフーバーダム、その南にはデービスダムである。

    このダムによってコロラド川の水はラスベガスとカリフォルニア州へと供給されている。 大量の水の利用により下流のメキシコ領内では、川はほとんど干上がっている。この川はナバホ保留地を通っているのに、ナバホ保留地には一滴も供給されていない。 保留地内では少ない雨量(度重なる旱魃の被害)に長年悩まされている。

    「Water Rights(ウォーター・ライツ)運動の主張は、このコロラド川の水をナバホ保留地にも流して欲しいということ。 そしてこの貴重な水がいかに無駄に使用されているかをもう一度見直して欲しい、というものである。 確かに大都市では水のリサイクル運動が盛んに行われているし、リサイクル装置も開発されている。しかしそれでは問題の根本的な解決にはならないのだ、と父達は主張している。 まずはこういった事実を広く世間の人達に知ってもらうことが大切なのだと。

    川下りをしてみて分かったのは、コロラド川の水位が本当に下がってしまっているということだった。 大河だった頃の名残りはある。 下の写真はその日、撮影したもの。岩肌をじっくり見ていただくと、かつての水位がお分かりいただけると思う。

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    今回の川下りのメンバーは、ちょっと不思議な構図が成り立っていた。 今回この川下りに招待してくれたのは環境問題に取り組んでいる白人の団体の代表者。川下りの主催者は、コロラド川でクルージングビジネスを行っている白人の企業。企業側はウォーター・ライツの代表であるナバホ父にインタビュー収録を行うことになっていた。

    ナバホ父がインタビューを受けるときになると、私と環境団体の代表者は席を外すようにと言われた。 別に秘密にする必要はないのに…。 ナバホ父のことが心配になった。 父は笑って「心配するな」と言った。

    企業側のメンバーのほとんどが親切で良い人達だった。 一人を除いては…。 企業側メンバーの中に一人、いかにもノーテンキなアホ野郎がいた。第一印象でイヤなヤツだと感じた。その人、デイビッドは年齢的には私と同じくらい。 私達の前ではヘラヘラと嘘っぽい笑いを浮かべてはいたが、時折ナバホをバカにするようなうっかり言動を繰り返していた。

    ナバホ父へのインタビュー収録が終わって、デイビッドが環境団体の代表者の元にやってきた。 私は代表者の少し後ろにいた。 別に隠れていた訳ではないが、岩の後ろにいたので彼らからは死角になっていたのだろ思う。 デイビッドはへらへらと笑いながら、こんな暴言を吐いていた。

    「いやぁ、あんなにバカなインディアンって、初めてお目にかかったぜ。 時代遅れもいい加減にしとけってんだ。 ホーリーピープルの助けがどうだとか、母なる大地を守れだとか、セレモニーだとか、そんなバカげたことを真顔で言うんだぜ。 今は2005年。 金が物を言う時代なのさ。 俺達の子孫が暮らす世界のことなんて、今の俺達がどーのこーの出来る問題じゃないし、俺達の知ったこっちゃないぜ」

    ナバホ父の哲学(ナバホの哲学)を侮辱するような暴言を吐いていた。それを聞いていた私は、トサカに血が上ってしまった。

    私は父の元に走って行った。 父は私の怒りをすぐに察知した。

    「君が怒っているのはデイビッドの暴言のことだろ?」

    ???どうして分かったのだろう?

    デイビッドと代表者は父から離れた場所にいたから、父に聞こえるはずは無いのに…。

    デイビッドはインタビュー収録の最中にも、ずっと暴言を吐いていたらしい。

    「君のことだからそれを聞いたら、俺の為に怒るだろうって分かっていた。 俺の為に怒ってくれている事、ありがとな」

    父はそう言ってくれた。 なるほど。 そうだったんだ。 私が今、非常に怒っているのは、ナバホ父が私の本当の父に近づいているという証なのだ。

    父は笑ってこう言った。

    「後は俺にまかせておけ。君の怒りを全部外に出してしまいなさい」

    それから父はデイビッドのところに行って、しばらく話をした。 内容は他愛も無い話題から始まり、徐々に確信に近づいていった。 人間は一人で生きているのではない。 後世に続く子孫達に今残っている自然を残しておかなければいけない。 人間と自然は共存していかなければいけない。 自然から何かをもらったら代償に何かを返さなくてはいけない。 いつまでも奪うだけでは、近い将来自然からもらえる資源はなくなってしまう・・・。 父はそんな風なことをデイビッドに語りかけていた。

    私は父とデイビッドの会話のやり取りを、そばでぼんやりと見ていた。 意識を軽くすると、人から発するエネルギーがぼんやりと見える。 父からデイビッドの方に向かって、プラスのエネルギーが流れ込んでいくのが見えた。

    不思議なことに、ツアーが終わって解散する頃には、デイビッドのオーラの雰囲気は良くなっていた。 ナバホ父を本当に尊敬しているように見えた。 実際のところ、私達との別れ際に、デイビッドは私達と固い握手を交わして、暴言を吐いたことを父に詫びてくれた。

    帰り道の車の中で、父は私にこう言った。

    「今回のことは君にとって良い勉強になっただろ? 怒りや妬み、嫉妬、そういうネガティブな感情に、怒りというネガティブな感情では対抗出来ない。 頭を使うんだ。 知恵を駆使するんだ。 あくまでも平和的な話し方、接し方で、相手にポジティブなエネルギーを流してやる。 ポジティブな思考で相手の思考のレベルを引き上げてやることが出来るんだよ」

    「ま、俺もまだまだ生身の人間だから、俺だってトサカにくることは山ほどあるし、毎回うまくいってる訳じゃない。 俺も君も、まだまだ修行途中って訳だ!」


  • 「ウインドトーカーズ」  ナバホ体験記

    「ナバホ・コード・トーカー」 を描いた映画 『ウインドトーカーズ』 が2001年アメリカで製作された。 監督はジョン・ウーで、主演はニコラス・ケイジである。 映画の舞台は1943年のサイパン島。 ナバホ語を暗号に起用したアメリカ軍は、ナバホ兵をコードトーカー (暗号通信兵) として戦地に送った。 彼らには常に護衛兵が付き添っていたのだが、護衛というのは表向きの任務だった。 通信兵が日本軍に捕まった場合は通信兵を殺してでも暗号を守る、という極秘任務があったのである。 この映画は、米海兵隊員と暗号通信兵の友情と葛藤を描いている。

    実はこの映画、ナバホの中では評価が低い。ハリウッド映画であるという性質上、当然ながら主役のニコラス・ケイジにスポットが当たっているし、ナバホの伝統やセレモニーも正しく伝えられていないからというのが理由である。

    ナバホの友人がこの映画についていくつか話していたが、私が覚えている理由は以下の通り。

    1) ナバホ役で登場するアダム・ビーチは、カナダのソルトー族出身でナバホではない。 彼はこの映画の為に、ナバホ語の発音を訓練したのだそうだが、ナバホの人が聞くと 「ナバホ以外の人の発音」 だとすぐに分かるのだそうだ。

    2) 映画エンディングシーンで、ナバホ兵が海軍兵のドッグタグをナバホバスケットの中で洗うシーンがある。 ナバホの人々はこんなことをしない。 ナバホでは亡くなった人の名前を口に出して言うのはタブーとされているし、このような習慣は無い。

    3)クラン制度の間違った使い方。 ナバホではクラン制度というのがある。 アダム・ビーチ扮するベンが自己紹介をする際に、「俺はビターウォータークラン。父方のクランは、タワリングハウスクランだ」 という台詞がある。 母親がビターウォータークランで、父親がタワリングハウスクランだと言っているのだが、ナバホのクラン制度ではこの二つのクラン同士は結婚出来ないことになっている。 (注:この部分はナバホの友人からの聞きかじりです。 クラン制度についてはまだまだ勉強中です)


  • 「ナバホ・コード・トーカー」  ナバホ体験記

    「ナバホ・コード・トーカー」という言葉を聞いた事があるだろうか?

    恥ずかしながら私は、ナバホの人から教えてもらうまで、こんな歴史があったことを知らなかった。

    第二次世界大戦の最中、日本軍は常に米軍の暗号通信の解読に成功し、米軍の進行を著しく遅らせていた。

    そこで米海軍が目を付けたのが、ネイティヴ・アメリカン、ナバホ族の言葉だった。

    1942年、海兵隊は数百名のナバホ兵を召集し、ナバホ語をベースに暗号を作成し、訓練を行った。 日本軍は最後までこのナバホ語の暗号を解読することが出来なかった。 この暗号部隊は 「ナバホ・コード・トーカー」 と呼ばれている。

    ナバホ語は長い間文字を持たず、口頭によって受け継がれてきた。 活字化されたのは1920年代だと言われている。白人の語学研究者が便宜上、発音に忠実に活字化をした。 この活字化はナバホ語を勉強する外国人の為に作られたという意味合いが強い。 最近では部族会議の報告書はナバホ語で行われるようになったとは言え、ナバホ語が母国語だが書くことは出来ないという人の割合は極めて高い。

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    先日、モニュメントバレーで「ナバホ・コード・トーカー」の記念式典が行われた。 ビデオコーディネーターの友人と新聞記者の友人に、同行させてもらった。

    ナバホの人々は「ナバホ・コード・トーカー」の活躍を本当に誇らしく思っている。