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13.笑いは最高の薬、ラコタツアー
落馬した女性の診察も無事終わり、いよいよ病室を出ようとしたとき、面白いことがあった。
”面白い” と言うと怒られてしまうかもしれないが、私達の目の前を重病患者の男性が通り過ぎたのだ。アメリカの病院は何でも大げさにやるという点を考慮に入れると、実際にはそれほど重態ではなかったと思う。しかし、本当にものすごい重病患者に見えた。
その患者は鼻の穴と腕に管を通されており、患者の周囲には左右2人ずつの人間が付き添っている。右前に医者、左前に看護婦、右後ろと左後ろには親族。その後ろにはさらに4人の親族が、後をついていく。患者は少し背の高めのリクライニング・ベッドの上で、神妙な面持ちだ。
ラコタ兄が思わずこう言った。
「すごいな。ファーストクラスよりもゴージャスだぜ」
ボスと私は思わず吹き出してしまった。安心したことに、患者自身も鼻に管を通した状態で何とか笑顔を作り、私達に右手を上げてくれた。医者も看護婦もこらえきれず、笑い始めた。(親族だけは笑っていなかったが…)
ひとしきり大声で笑うと、何だか気持ちがすっきりしてきた。ラコタ兄がこう言った。
「君に笑顔を取り戻すことができて、良かった。笑いは、何よりも効果的なメディスンになるからね。 (Laughter is the best medicine.) 」
それから私達は車に乗り込み、ラコタ兄の家に向かった。ラコタ兄が運転して、ボスが助手席、私と 女性客が後部座席に座った。家までは1時間半ほどのドライブだったが、時間は全く感じなかった。というのも、私達は順番に冗談や面白い話をしまくり、大声でゲラゲラ笑い続けていたからだ。中にはイマイチなジョークもあったが、私達はともかくどんなものであれ、大声で笑った。
ラコタ兄が言ったことは本当だ。笑いは最高のメディスンなんだ、と実感した。
ラコタ兄、ボス。 ベスト・メディスンをどうもありがとうございました。あなた達が病院の待合室に帰ってきてくれた時、本当に心強く感じました!
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12.ER ラコタツアー
シャイアン・リバー・スー部族両院に到着し、落馬した女性を診察室に連れて行った。
医者がやってきて、問診を行う。医者の質問の中で、いくつか意味が不明な単語があったので、それを何度か聞き直す、ということをした。
そのことが、女性客を不安にさせてしまう原因になったのだと思う。きっと悪気は全く無かったのだろうが、女性は私にこう言った。
「私は英語が話せるし、アメリカの病院に来た事もあるの。だから、そばにいてくれなくても良いわよ」
その言葉が、とてもショックだった。 “あなたの助けなんていらない!” そんな風に聞こえた。思わず、後ずさりした。病室から走って出て行ってしまいたい心境だった。しかし、ボスも医者も、私にそうさせなかった。「患者がパニックになる恐れだってある。だから、何と言われようが、彼女のそばについていてあげなさい」 と。
医者の問診が終わると、レントゲンを撮ることになった。病室とレントゲン室は少し離れている。レントゲン技師が、女性を乗せた車椅子を押してレントゲン室まで移動する間、私は肩を落としてついていった。 “あなたの助けなんていらないわよ” そんな風な言葉が、頭の中でグルグルと回る。
レントゲン室では、結構長い時間待たされた。女性客と2人っきりの時間が、とても長く感じた。
女性はこう言った。
「レントゲンを取る間は、外に出ていた方が良いわよ。あなたはまだ若いから将来子供を身ごもることになるでしょう。 出来る限り、レントゲンの放射能を浴びない方が良いと思うの」
彼女は本当に私の体を心配して、こう言ってくれたのだと思う。 そこで私は、レントゲン室の外で待つ事にした。
たかがレントゲンなのに、とても長い時間掛かった。 あまりにも長いので心配になり、中に入ろうとした。 しかし、中から鍵が掛かっていて、入れなかった。
やっとレントゲン技師が、部屋から出てきた。彼女は先程よりもさらに顔色が悪くなり、げっそりしている。
中で一体何があったのだろう? レントゲンを取るだけで、これほど体力が消耗するものなのか?
私はレントゲン技師に聞いた。
「レントゲンを撮るだけなのに、どうしてこんなに時間が掛かったんですか?」
すると、レントゲン技師は薄ら笑いを浮かべて、こう答えた。
「いやぁ、4枚取ったんだけど、使えないものばかりだったんで、最後の1枚でやっと使える写真が撮れたんだよね」
何だって? お前のせいで、こんなに時間が掛かって言うのか? それにお前、何でへらへら笑ってるんだよ?
女性によると、レントゲンを撮るためにはベッドに上がらなければならず、そのベッドが高い位置だったから上がるまでに苦労した、のだとか。
「あいつ、全然手を貸してくれなかったの?」
と私が聞くと、女性は黙ってうなづいた。
何てヤツなんだ? 怒鳴りたい気持ちが込み上げてきたが、まだ彼女の治療は終わっていない。私がここで怒鳴った所で、どうにもならないことは分かっていた。
病室に戻って、レントゲン技師が医者にレントゲン写真を手渡した。医者はそれに一瞬目をやり、それから妙な表情をして、女性客の元にやってきた。
「あなたが怪我したのは、右足ですよね? 彼が撮ったのは左足のレントゲン写真だったんです。これじゃダメだ。レントゲンを撮り直します。」
レントゲン技師がまた半笑いの表情で、こちらにやってきた。私は精一杯怒りを抑えて、レントゲン技師にこう言った。
「彼女は全身打撲で、ちょっと体を動かすだけでも大変なんです。それを分かってあげて下さい」
それに対して、アホのレントゲン技師はこんな返答をした。
「彼女が痛みを感じていようがいまいが、俺には全く関係ない。レントゲンの撮り直しも、俺は全く気にしない。俺はちっとも構わない」
私の全身を、熱い血が駆け巡っていった。私はレントゲン技師に対して、激怒していた。よっぽど何か言ってやろうかと思ったが、とにかくまだ治療の途中なのだ。私が怒鳴る事によって大変な目に遭うのは、私ではなく 彼女なのだ。そう思って、怒りを飲み込み、何も言わないでおいた。
そうは言っても、私が怒っていることは明らかだったので、レントゲン技師はこんなことを聞いてきた。
「俺の事を訴えたりしないよな? 俺は俺なりに仕事をまっとうしてるんだ。君が俺を訴える事なんて出来ないぜ」
誰も一言も、訴えるなどと言っていない。第一、私はあれから何も言っていないのだ。さすが、アメリカの病院のスタッフだ。患者に訴えられるということを、最も恐れているのだろう。
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それから 女性客はレントゲンの撮り直しを終え、また病室に戻った。いろんなことが起こって、やりきれない気持ちだった。彼女が病室で医者を待っている間、私は待合室で待つ事にした。
その時ボスは、その場にいなかった。ラコタ兄と一緒に、私達の食べ物を買いに行ってくれていたのだ。
一刻も早く、ボスとラコタ兄に会いたかった。私一人では、不安でたまらなかったのだ。
ようやく、ボスとラコタ兄が待合室に戻ってきた。私は、ボスが買ってきてくれたハンバーガーをほおばった。空腹なのに、ちっとも美味しく感じない。無理やり流し込んでいるという感じだった。
ボスが私に 「おい、大丈夫か?」 と聞いた。ボスの目は、彼が私の気持ちをすべて感じ取ってくれていることを物語っている。不覚にも、私は泣き出した。 それから、ポツリポツリと、私は心の中を吐き出していった。
女性客から 「そばにいてくれなくても良い」 と言われて、落ち込んだということ。 彼女が私を信用してくれていないのが悲しいということ。 それが、私の実力不足から来ていることを、充分分かっている。 そのことが悔しいのだということ。 アホなレントゲン技師のこと。 レントゲン室から出てきた 女性客が、とてもやつれてげっそりしていたこと。 一人で待っている間、とても不安だったということ。
ボスとラコタ兄は、私の背中をさすってくれた。その手がふんわりと優しくて、私はほっとした。
病室の中へは、ボスとラコタ兄も一緒に入ってくれることになった。
そこから先は、とても心強かった。撮り直しのレントゲン写真の結果、骨折はしていないことが判明。アメリカの病院にはシップ薬がないので、アイスノンを2つほどもらった。それと、痛み止めの薬をもらった。
やっと終わった。病院で診てもらえて、私達はみんな、ほっとした。
************** ちなみに… 後日談だが、 落馬した女性は帰国してから日本の病院で診てもらったらしい。肋骨が折れていたそうで、全治一ヶ月だと言われたそうだ。そう言えば、アメリカの病院では、足のレントゲンしか撮らず、胸のレントゲンは撮っていなかった。普通、落馬したとなると、当然胸のレントゲンを撮るべきなのに…。でもその時は、胸のレントゲンのことなど全く思いつかなかった…。
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11.信頼 ラコタツアー
乗馬を終えて、ラコタ兄の従兄弟の家に戻った。落馬した女性は少し眠ったそうだ。容態が良くなったようには見えない。立ち上がるとひどい頭痛がすると言って、女性は吐いた。
やはり、病院で手当てを受けた方が良い。そこで、女性を病院に連れて行くことにした。
病院までは車で一時間半ほど。私と年配の女性2人組と共に、ピックアップトラックの荷台に乗った。
私はこの2人の体調が心配だった。今回のツアーは実にハードだ。飛行機を3本も乗り換えてラピッドシティまでやって来て、休む間もなく連日あちこち出かけていたからだ。
2人は私の母と同じ位の年齢だった。 疲れていないはずがない。 それなのに、この2人はいつもパワフルで、周囲に気を配ってくれている。 私達が乗馬ツアーに出掛けた後にも、落馬した女性を起こさないように気遣いつつ、様子を見てくれていたらしい。
「お2人とも、体調は大丈夫ですか?」 と私は2人に尋ねた。
「大丈夫だよ。この旅行に来る前に、2人で固い約束をしたのよ。 絶対に無理はしないって。 だからなるべく早めに寝るようにしてるし、体調には気を付けてる」 2人はそう言ってくれた。
私は将来、今ボスがやっているようなツアーを組んで、お客さんにナバホ国を案内したいと考えている。 でも、今日の落馬事故を体験して、やっぱりまだまだ先になるな、と感じていた。 お客さんを連れて行くだけなら、誰にだってできる。 でもいざと言うとき、何かあったときに、対処できるのかと聞かれると、私にはまだまだ実力も自信もない。
2人はこんな話をしてくれた。
「私達はボスと長い付き合いをしているの。 その中で、確実な信頼関係を築き上げる事が出来た。 このツアーに参加しようと決めたのも、ボスを信用しているからよ。 だって、そうでしょ? アメリカ・インディアン保留地に行くツアー、つまりどんな所なのか全く分からないところへ連れて行かれる訳じゃない? 信頼関係が無かったら、絶対お客さんは来ないわよ」
確かにそうだ。 ラコタ兄の家では、シャワーは使えないし、トイレも屋外のものを使う。 ちょっとした買い物に行くまでに、数時間車を運転しなければならない場所なのだ。そういうツアーに参加してくれるというのは、勇気のいる事だと思う。
2人はこう付け足してくれた。「いずれ、あなたがナバホ・ツアーを組むなら、私達は是非参加させてもらうわよ。それまでに、いろんな人達とも、しっかりした人間関係を築いておきなよ」
2人の言葉が胸に染み込んでいった。そうしよう。今回のツアーで、ボスからたくさん学ばせてもらおう。人間関係のしっかりした絆の結び方を、学ばせてもらおう。
お二人とも、良いお話をどうもありがとうございました。
