「プロポーズ」  ナバホ体験記

私が夫と出会ったのは、1998年12月。ナバホ父が自分の家族を紹介するため、家に連れて行ってくれたときだった。

夫はナバホ父の次男なのだ。

夫は私を初めて見たときのことを、今でもよく覚えていると言う。

私は当時付き合っていた男性と一緒に、ナバホ国を訪れていた。ナバホの伝統的な住居であるホーガンに宿泊させてもらい、翌朝そのホーガンからナバホ父の家まで歩いてくる私達の姿を、夫は見ていた。

夫には私の姿がキラキラと輝いて見えたらしい。

「君がこちらに向かって歩いてくるときに、君の全身が光に包まれて優しく輝いていた。この人が運命の女性だと直感した。君の事を随分前から知っていて、今生でまた再会できたと感じた」と。 私と結婚しようと思ったのは、この瞬間からずっと変わらない、と彼は言う。

夫は私達が付き合うようになる前から、このことを私に何度も話してくれた。

一方、私の方はと言うと、ナバホ父の次男、つまりナバホ弟としてしか、彼を見ることができなかった。何せ、12歳も年下なのだ。 当時彼はまだ高校を卒業できずにいて、ナバホ両親の世話になっていた身だったし、表情も子供っぽくあどけなさが残っていた。

だから、夫が愛の告白めいたことを言うとき、私はいつも笑顔で「気持ちだけもらうよ、ありがとう。 でも私はあなたのことを恋愛対象としては見れないよ」 と返していた。

すると、彼は決まってこんな風に返してきたものだった。 「君は俺と結婚するよ。 俺は知ってるんだ。 時が教えてくれるさ」 とゆったりと構えていた。

出会いから7年くらいは、姉と弟という関係だった。 ナバホ両親とナバホ弟と私、というこの4人で、よくキャンプやセレモニーに出かけた。 この4人で一つのテーブルを囲んで食事をすること、一緒に出かけることが多かった。 ナバホ両親は私と弟のことを 「私達の子供達」 と表現していた。 私と弟は本当に仲が良かった。 胸ぐらをつかみ合ってケンカしたこともあるけど、仲が良いからこそのきょうだいゲンカの類なのだ。 ケンカの内容は本当につまらないもので、家の工事をしている最中にどちらがセメントを投げただとか、お前の方が羊の肉を多く食べただとか、そういったことだ。 どちらがお詫びにコーラを買ってきたり、アイスクリームをおごったりすることで、私達のきょうだいゲンカはあっさり終わる。

ナバホ母は、弟が私のことを愛していて結婚したがっていることをずっと前から気付いていた。 だから時折私達に、「あんた達、本当に仲が良いわね。 磁石みたいな関係なのね。 どんなことがあっても引き合ってまた元通り仲良しになる。 あんた達が結婚したら良いのに」 と言っていた。 私は決まって母に 「それは100% ありえない」 と返し、弟は 「時が教えてくれるさ。 俺達は結婚する運命なんだから」 と返したものだった。

彼との関係が急速に変わっていったのは、出会いから7年経った頃のことだった。 ひょんなことから、弟が私にキスをした。 そのキスに、私はドキッとした。 そこから私の彼に対する気持ちが変わっていったのだと思う。

彼との関係がボーイフレンド・ガールフレンドに変わり、それでもやはり年齢差が気になって、元の関係(姉と弟)に戻してくれるように頼んだ。 付き合って、また元の関係に戻して・・・ そんなことを数回続けたと思う。

その後、彼はアメリカ陸軍に入隊し、アリゾナ州の基地に配属された。

私達が出会ってから9年目の夏。 私はサウスダコタ州のツアーの仕事の後、彼を訪ねた。

彼は私と一緒に過ごすため、一週間の休暇を取ってくれた。

久しぶりの再会。 その初めての夜に、彼は話し始めた。

「君には何度も話したけど、俺は初めて君の姿を見たときにこの人と結婚しようと決めたんだ。 君の全身をキラキラとした光が覆っていて、すごくキレイだった。 君に何度も愛の告白をしたのに、君はいつも本気にしてくれなかった。 あの頃の俺には仕事がなかったから、君が本気にしないのも当然だよね。 でも今、俺はちゃんと社会人になり、君のことを迎える準備ができた。 これからの人生を君とともに歩いていきたい。 年齢差はずっと変わらず、残っていく。 でも年寄りよりも若い夫を持つ利点ってたくさんあると思うぜ。 今日は君に正式にプロポーズしたい。 ボクと結婚してくれますか?」

照れながらではあるが、彼なりの言葉で一つひとつ丁寧に、話してくれた。

年下だけど、私達はすごく仲良しだ。 彼になら、隠し事や嘘を言う必要がなかった。 これからもきっとそうだろう。

私は彼に 「わがままで泣き虫で、強情で年寄りだけど、こんな私で良ければ、これからの人生をともに生きていこう」 と返事をした。

彼はニコッと笑って、私に目を閉じるようにと言った。 それから小さなダイヤの婚約指輪を私の左手薬指にはめた。

「目を開けていいよ」と彼が言うので、見てみると、とても小さなダイヤに、とても大きなサイズの指輪。 あまりにもぶかぶかなサイズなので、ダイヤはくるりと回って下向きになった。

「あのさー、プロポーズするならフィアンセの指のサイズくらい覚えておきなよ」 と私が言うと、「これ、アメリカ女性の平均サイズって店の人に言われたんだよね。 まさかこれほどまでにぶかぶかになるとは・・・」 と彼。 結局、その翌日に指輪を購入したお店に行き、サイズ直しを注文することになった。

彼は女性に指輪を買ったのは初めてだったから、平均サイズを買えばぴったり合うのだと思っていたらしい。

私の夫は、心がキレイで、ピュアな人だ。 とても優しい人。 人間に対しても、動物に対しても、植物に対しても。 もちろん、私に対しても。

スピーディーにチャカチャカと物事をこなせるタイプではなく、じっくり時間をかけてこなしていく人だ。

彼は、「アリとキリギリス」 の物語の中では間違いなく アリ だし、「ウサギとカメ」 の物語の中では間違いなく カメ だ。 それとは真逆に、私は キリギリス であり、ウサギだ。 早飲み込み・早とちりして、急いできた。 人よりも多く挫折を味わい、頭を打って傷つき、心がささくれ立ってしまった。 金平糖のように心がトゲトゲの私と、やわらかめのグミのようにポヨポヨの彼。 実はすごく合っているのかもしれない。

私はこの人と結婚させてもらえたご縁に、心から感謝している。

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ちなみに、私は彼に素朴な質問を投げかけたことがある。

「あなたは私達が結婚する運命だったといつも言うけど、結婚するべきパートナーならどうして私と同じくらいの時期にこの世に誕生しなかったのよ? どうして私よりも12年も遅れたのよ?」

夫はこんな風に返答した。

「中間生にいるとき、生まれる順番を待つスピリットが長蛇の列をなしていた。 俺は君と同年代に生まれるべく、我慢強く列に並んで待っていたんだけど、後ろから来たスピリットが俺の前に何人も何人も割り込んできたんだ。 君も知っている通り、俺は人が良いから割り込まれてもケンカしたりせずにただ黙々と列に並び続けたから、君よりも少し出遅れたんだよ」

うまい言い訳だなと思う反面、夫の性格を考えてみると、案外本当なのかもしれないとも思う。

ま、年齢はあまり関係ないのかもしれないなー。

「ナバホの人の体の構造_精神面」  ナバホ体験記

「ナバホの人の体の構造_精神面」  ナバホ体験記

人間は生まれる前、子宮の中にいた。そこは暖かいお湯の中であり、愛に溢れた場所。私達は常に与えてもらうという状態を楽しむ。

生れ落ちた瞬間、初めて肺に空気が入る。そのことは、今までの与えられっぱなしの状態から独り立ちをするための決断の瞬間でもある。そして大声で泣き始める。この泣き声のトーンは、指の指紋などと同じく、誰一人としてまったく同じトーンで泣く人はいない。Holy Peopleは一人ひとり異なるこの泣き声で私たちのことを認識してくれる。

生れ落ちて最初の泣き声は、Holy Peopleに向かって発するものだ。「私はここにいます。これからこの人生で任務をまっとうしていきます。どうか私と共にいてください。私に気付いてください」と。

ナバホの人々は、お祈りをする際に、自分という人間をこの世に生み出すことに貢献してくれた過去に生きた人たち(先祖)のこともブレッシングする。そこで、常に体の7箇所を意識する。

1.左足 - 父方の祖父

2.右足 - 母方の祖父

3.左手 - 父方の祖母

4.右手 - 母方の祖母

5.心臓 - 母

6.頭 - 父

7.おへその下辺り - 自分自身

ナバホでは、1人の人間の中には、実際の性とは関係なく、常に女性の面と男性の面があるという。

体の右半身は女性面

体の左半身は男性面

頭のてっぺんにはガイドとなる羽がまっすぐ上の天に向かってついていると考えている。自分自身の女性面と男性面がバランスをとって調和した状態でこそ正しい判断ができる。セレモニーのときにこの羽飾りをつけるのは、そのことを思い出すため。

ナバホのエルダーたちの教え  ナバホ体験記

太陽に、お前の眠っている姿を見せてはいけない。だから、毎日必ず、日の出よりも先に起床しなければならない。

なぜなら、お前は何者にも依存せず、自力で使命をまっとうしなければならないからだ。

毎朝太陽よりも先に起床すれば、太陽はお前が使命をまっとうするために必要なエネルギーを惜しみなく与えてくれるだろう。

勤勉で、まじめであれ。そうでなければ、貧しさという名のモンスターに支配されてしまう。

自分の発する言葉に常に気をつけなさい。なぜなら、言葉にはエネルギーがあるから。言葉は決して、人を傷つける道具にしてはいけない。

考えること、発する言葉は、すべてポジティブなものでなければならない。

人の悪口は言ってはいけない。悪口を発するたびに、自分自身でトラブルを生み出すことになるからだ。

ナバホの人々の中で、もっともつらい罰は、家族や親戚などのコミュニティから完全に縁を切られること。すると、その人は最終的に自殺してしまう。ナバホでは、家族や親戚が一人もいないように扱われたり、そう感じることが、もっともつらいことなのだ。

稲妻とツノトカゲの話 ナバホ体験記

ナバホ神話の中に、稲妻とツノトカゲの物語がある。

ある日、稲妻はツノトカゲが歩いている姿を見た。稲妻はその場所を自分の縄張りだと思っていたので、怒ってツノトカゲにこういった。

「おい、ここは俺の土地なんだ。ここからすぐに出て行け」

ツノトカゲは次の日に話し合いをすることを提案し、その場を去る。

翌日、同じ場所にツノトカゲは鎧を着て出かけていった。

稲妻はツノトカゲがその場所を立ち退かないので、怒ってツノトカゲに稲妻を落とした。しかしその稲妻は、ツノトカゲの着ている鎧によって跳ね返された。

ツノトカゲは稲妻にこういった。

「この鎧は君の成分と同じもので構成されている。僕たちはみんな、同じ成分で構成されているんだ。だから僕たちは互いを傷つけ合ったりなどしてはいけないし、できないようになっている」

「それに、土地は僕たちみんながGreat Spiritから借りているだけなんだ。僕たちは誰も、借りている土地を所有することはできないんだよ」と。

この物語は、土地問題で紛争している両者に語られる。

ピースメイキング概要 ナバホ体験記

何世紀にもわたって、ナバホの人々は独自のjustice methodで問題を解決してきた。これがナバホのピースメイキングと呼ばれる方法である。

アメリカ政府の介入があった1892年から1981年の約100年間は、ピースメイキングが公には行われなかった。

1982年、ナバホ政府はjudical conferenceにて、ナバホピースメイカーコートを正式に発足した。その後、ピースメイキングの技法は精力的にナバホの人々や外部の人々に向けて知識の共有を図っている。

伝統的なナバホの法的システムはクランの関係に基づく。実質的に血のつながりはなくとも、クランの上では家族、親族に当たることが多い。ナバホではこれを「拡大家族」としている。

ナバホ語でK’e、またはK’eiと呼ばれる言葉がある。これは、思いやり、協力、友情、利他的、平和などの意味を含む。この考え方は、ナバホのセレモニー、神話、伝統の至るところに散りばめられている。これらの価値観により、ナバホの人々は、個人ではなくすべての人々がつながっているという大前提が根底にある。

また、ナバホの考え方を示すナバホ語としては「Hozho」という語があるが、これは美や調和、バランスなどの意味を含む。人間同士の関係の調和、超自然的な存在(スピリットたち)との調和などを意味する。

こういったナバホ語の用語には、英語と一対一で翻訳できない用語が多くある。ナバホでは言葉の持つエネルギーはパワフルであり、どのように話すのかによって武器にも盾にもなると考えられている。

ピースメイカーは当事者がどのように言葉を話すのか、そのエネルギーの流れを読み取って、良い方向に向かおうとしているのか、あるいは悪い方向へ向かおうとしているのかを判断し、それに応じてアドバイスをする。

ナバホ語で「naat’aanii」という用語がある。これは英語ではリーダーと訳されているが、実のところこの用語の持つ意味はたった一語では訳しきれない。人を導く才能を兼ね備えている人、パワフルな人、賢く智慧に満ち溢れている人、先のことや見えないものを見る力を与えられた特別な人、という意味が含まれている。

この宇宙に存在するもの、生きているものすべて、動くものも不動のものも、正しくあるべき場所、存在するべき状態というものがある。これらが本来そうあるべき場所にない場合や、状態にない場合が、disorder(混乱)の状態である。ピースメイカーは、それらを本来あるべき姿、状態へと戻す手伝いをし、再び調和の状態を確立する。

ピースメイカーにできることは説得であり、強制ではない。説得の際には、先人の智慧から学べるように、物語や神話を例として使う。

厳密に言うと、ピースメイカーは完全なる仲介者という訳ではない。ピースメイカーなりの考えや意見を持て折、そちらの方向へと導くという尽力をする。それゆえ、ピースメイカーになるには、コミュニティで敬意を払われている人物であることが前提とされる。ピースメイカーに選任されるためには、ナバホの価値観やモラル、人間としての智慧を蓄えた賢者でなければならない。ピースメイカーはガイドであり、計画者であり、当事者両者に不調和を招いた状態を把握させるという役割を担う。

一般的な「仲介者」とは、完全に中立の立場を維持する弟三者のことであり、問題を起こした行為や結果そのものを議論するのだが、これとは対照的にピースメイカーは論争の源に焦点を置く。しかし、最終決定はあくまでも当事者の決断に委ねる。

つまり、ピースメイキングとは仲介をするのではなく、また二者択一の論争をするのでもない。

現在、ナバホ国の首都、ウィンドウロックには、世界各国からピースメイキングの手法を学びに訪問者が訪れている。カナダ、ジンバブエ、ナミビア、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー、パプアニューギニア、スウェーデン、国連など。

ナバホでは父なる空、母なる大地、自然界のすべてのものに敬意を払い、すべてのものはつながっていると考えている。我々人間も自然界の一部なのだ。したがって、ナバホのピースメイキングを語る際には、ナバホ神話、理論、先人の教えの知識を共有するところから始めなければならない。西洋式の法体制は分離化・差別化を重視している。この点がナバホピースメイキングと大きく異なる点である。

ピースメイキング機関 ナバホ体験記

ナバホ父は、数年前にナバホピースメイキング機関という非営利団体(一応、会社登録をした)を立ち上げた。私とナバホ父は将来、この会社の延長のアクティブティとして、世界中の人をナバホ国に招き、セッションをしたいという夢を持っている。参加者が宿泊できるように、現在、ナバホ両親の家の敷地内に B&B (ベッドアンドブレックファースト)となる建物を建設中である。 但し、この建物の建設はすべて自分達が手作業で行なっているため、非常にゆっくりなペースでしか進んでいない。 現在の時点では、基礎工事と外壁が終わったばかりである。

それでは、このインスティテュートの使命および目標をここに掲げておきたい。

1.世界各国から参加者を集い、ナバホ国に招待する。 このステップでは、ナバホの人々に伝わる知恵を参加者に共有する。 参加者達は、大地と共に生きる方法や、自然界に生きるその他の生物、動物や鳥達、爬虫類、植物などと共存共栄するために必要な知恵を学ぶ。

2.参加者達の生活している場所では、大地と共に生きるためにどのような方法が行なわれてきたのかを、参加者達が発表する。 参加者達の国の先人たちが守ってきた伝統や知恵を発表し、それらが現在どのようになったのかという変貌についても発表する。 先人たちの知恵をもう一度見直し、生活環境を変えるためにはどんなことができるのかを、具体例を出しながら、意見を出し合う。

3.ナバホの人々の生活振りを見せてもらうため、伝統的な暮らしをしている人々を訪問する。 ナバホの聖地を訪問し、その場所に言い伝えられている先人の知恵や神話を学ぶ。

4.参加者達が今回のナバホ国訪問で得られた情報について、さらに話し合う。 参加者全員が意見を発表する機会を設ける。 

5.各人にできることを、皆の前で意思表明する。

6.参加者が自分達の住む国に戻った後、実現できたことや実現が難しいことなどを報告しあう。 このプロジェクトは、まだ私とナバホ父との間で、試行錯誤を繰り返している段階である。 ナバホの理念に基づくなら、私達は今、黒の段階に入ったばかりだ。 しかし、このプロジェクトは必ず、今の黒の段階から、黄、青、白の段階へと進んでいくと、私は確信している。

ピースメイキングセッション(感想) ナバホ体験記

ある日のピースメイキングの講演会では、参加者が白人、ホピ、アパッチ、カイオワなどのネイティブインディアンの人々という風に異なる人種が集まった。このセッションでの参加者の感想が特に印象的だったので、ここに記録しておきたい。

イギリス人とドイツ人のハーフの男性

「私は誰よりも短気な性格で、そのことがいつも嫌で仕方がなかった。 しかし、今回の講演会に参加して、怒りを無理に抑える必要はないのだ、と分かった。 怒りを表現することによって、相手に気付かせることもできるし、話し合いを始めるきっかけを作ることにもなる。自分のことを頭ごなしに否定するのは、今日限りでやめようと思った」

アメリカ人女性

「私はずっと白人社会で生きてきたので、幼少時代から議論の方法を叩き込まれて成長した。 議論の時には、いかに相手に負けないように自分を表現するのか、ということに執着してきた。 しかし、今日の講演会に参加して、常に勝ち続ける必要はないということ、常に自分の意見を主張し続ける必要はないということ、時には話し合いの場に参加して、他の参加者達の意見に耳を傾けるのみでも良いのだということが分かった。 相手を打ち負かすことに重点をおいてきた自分にとっては、これらのことに気付けたことが貴重な体験になった」

幼少時代をナバホ国で過ごした、アメリカ人女性

「私は幼少時代をナバホ国で過ごしたので、自分が白人だという感覚はなかった。成人して都会に移り住み、普通のアメリカ人の中で生活するようになって初めて、いかに貴重な体験をナバホ国でさせてもらっていたのかということに気付いた。

今回の講演会を聞いていて、プエブロ族のダンス会場での出来事を思い出した。 ネイティブの人達のダンス会場では、最前列に老人や子供のための座席を用意していることがある。 ネイティブなら誰でもそのことを知っているので、前の方が開いていたとしても、決してその場所を占拠したりしない。 しかし、その日は白人のツアー客も観光に来ていた。 ツアー客達はまっすぐに開いている座席に腰を下ろした。 自分は、その人達と同じ種族であることを恥じるだけで、何も行動を起こせなかったのだが、一人の勇気あるネイティブの青年がそのツアー客のところへ行き、事情を説明した。 するとツアー客は快くその席を空けてくれたのだった。

そのときに私は、行動しなかったことを恥じた。 今日の講演で学んだ通り、白人のツアー客はただ知らなかっただけ。 ネイティブの青年は自分の持っている知識を共有することによって、ツアー客をプエブロ族の一員に引き込むことに成功したのだし、相互理解のための一助にもなった。 

ホピの男性

「1880年代、ホピ部族の代表はアメリカ政府と話し合いを持つため、ワシントンDCに招集された。だが、ホピの代表者達は分かっていた。自分達が都会に出て行けば、立ち振る舞いも分からずにみじめな負け方をするだけだと。

1885年春、18人のホピがアルカトラズ刑務所に入れられ、2年間収容された。

その頃、ホピの人々がキバに集まって話し合いの場を持った。ホピが生き残るためには、白人の言葉、白人の考え方を学ばなければならない時代に入った。 ホピはあくまでもホピとして生きていきたかったのだが、白人の文化を受け入れなければ、ホピの言葉や生活習慣も滅びてしまう。

今まで、白人の文化を受け入れることは負けることだと感じてきたのだが、今回の講演の中で、受け入れることが一つの解決策のきっかけになるかもしれないと感じた」

カイオワの男性

「今回の講演を聞いて、自分がカイオワであるというアイデンティティをもう一度見直し、誇りを持つ機会が与えられた。 ネイティブの人達は、大地にしっかりと根付いている。 だからこそ、大地に対する愛情が深いのだ。 今日の講演で、知識を共有することの大切さを学んだので、今後は部族内での知識の共有や、広く白人の人達への知識の共有にも携わっていこうと思う」

クリスタルゲイジング ナバホ体験記

ある日、ナバホ父が私をピースメイキングの講演に誘ってくれた。講演の前日はナバホ父の古い友人宅に泊めてもらうことになった。

その友人の家は郊外にある一軒屋で、取り立てておかしいところはなかった。

しかし、一歩家の中に入ると、何かとても悲しくて苦しい感情が押し寄せてきた。

友人は私達に冷たい飲み物を提供してくれて、3人でしばらく談笑をしたのだが、その間中、私はむしょうに外の空気を吸いに行く必要性を感じた。

二人にお詫びを言ってバルコニーに出ると、さらにネガティブな感情が悪化した。吐き気がして、立っていられないほどになったのだ。あまりにも突然すぎる出来事だったので、何が何だか分からなかった。

バルコニーから部屋の中に戻った瞬間、父は私の異変に気付き、「窓を開けておけ」と言った。

あまりにも吐き気がひどかったため、父に対してうなづくことすらできず、私はトイレに駆け込んで、一気に吐いた。吐きながら涙が出てきて、激しい嗚咽が漏れる。だが、その理由は全く分からなかった。そのときには特に悩み事も無かったし、悲しくなる要因も無かったからだ。

吐き終わった後、平静を装って部屋に戻った。父には心配をかけたくなかったからだ。しかし、父は静かな口調でこう言った。 「用心しなさい。黒い影が君の後ろをついていったのが見えた」

ぞっとした。確かに何かが後ろをついてきている感覚はあったのだが、父から指摘されなければそのまま気のせいだと思い込もうとしていた。

その瞬間、友人の愛犬トビーが「そうだ、そうだ」と言わんばかりに、私の背後に向かって激しく吠え立てた。

父は静かに私に手招きをして、父の目の前に座るようにと指示した。

父はメディスンバッグからセージとクリスタルを取り出した。

「今からクリスタルゲイジングをして、君の後ろについた黒い影の正体を教えてもらう。黒い影が伝えたいことを知って、癒してあげて、君を解放するように頼んでみよう。そうでなければ、君はずっとそのネガティブな想いに支配されてしまう」

父はまず、何もしていない状態でのクリスタルを私に覗かせた。「この状態を覚えておきなさい。クリスタルゲイジングの祈りの後では、クリスタルの見え方が異なってくるからー」

それから父は、ナバホ語でチャントを唱えながらクリスタルをセージで浄化した。

祈りを終えて、父はクリスタルを覗き込んだ。しばらくしてから、父は「大体の事情は分かった」と言った。

そして、私の方に向き直り、こう言った。 「君自身がクリスタルから情報をもらって、君が癒しのための祈りをしなければならない。クリスタルに祈りを捧げてから、どういう事情なのか、この黒い影が何を求めているのかを教えてもらいなさい」

真摯な気持ちになってクリスタルに祈りを捧げ、クリスタルの中を覗き込んだ。私の勘違いなのか、クリスタルは祈りを捧げる前とは見える光景が異なっていた。女の人が頭を下げている姿が見える。「悲しい、悔しい、どうしてなのか分からない、なぜ? なぜ私が?」そんなような単語のイメージが次々に湧き上がる。その意味が分からなかった。

「クリスタルが教えてくれたことを話してごらん」と父が私に言った。

私は自分に見えた光景、感情に対して半信半疑だったので、父には「何も視えないし、何も感じない」と嘘をついた。間違うことが怖かったし、自分にそういう力があるとは信じていなかったのだ。

父はじっと静かに待っていた。「自分の視たもの、感じたものを信じなさい。君には俺と同じものが視えているって分かっているんだよ」と優しく言ってくれた。

その言葉に助けられ、私はぽつぽつと視たもの、感じたものを父に話した。

そのとき父と私に視えていたのは、以前この家に住んでいた黒人女性の姿だった。この家で見知らぬ人に暴力を受け、ひどく殴られて殺された。目玉が飛び出るほど殴られて、レイプされた。女性は死んでからも、理由が分からないまま、この場所で誰かに助けてもらおうとしていた。どこに行けば良いのか、どうすれば良いのかわからずに・・・

私と父は彼女に対して話しかけた。

「この場所で痛みを伴い、苦しみを味わい、辛い想いをしたんですね。あなたの辛さは十分伝わりました。その痛みや苦しみは今日で終わりにしましょう。なぜなら、あなたはもうこの世界に肉体を持たないスピリットになったのだから。あなたの故郷であるスピリットワールドにまっすぐ戻ってください。そこでは、あなたに近いスピリット達が待っていてくれて、あなたの受けた傷を癒してくれます。いつまでもここに残って、苦しんでいる必要はないのですよ。どうか、苦しみや怒りを手放して、まっすぐスピリットワールドに帰ってください」

祈りを捧げている間に、ネガティブな空気が段々と晴れていった。そうして、いよいよ女性のスピリットがここを去ること決断をしたんだなと思った瞬間、トビーが天井に向かって「クゥン」と小さく鳴いた。天井が数回、ミシミシと音を立てて、その後はシンと静まり返った。

父と私は互いに顔を見合わせ、「彼女はスピリットワールドへ向かったんだね」と言った。

それが、私の初めてのクリスタルゲイジング体験だった。

それから父は、少年のようないたずらっ子の表情で私にこう言った。

「俺の娘は素直じゃないなー。視えていたくせに、どうして視えないなんて嘘をつくんだ? 正しい場所で正しい人といるときには、素直になって良いんだよ。君はスピリチュアルな道を歩いていくために、もっともっと修行を積む必要があるな」

人間の能力  ナバホ体験記

ナバホ父がこんなことを話していた。

人間の脳は宇宙の広さに匹敵するほどの能力を秘めているが、実際に使われているのはほんの僅かな部分のみだ。

脳には制限がないのだから、何歳になっても学ぶ姿勢を崩してはいけない。

スピリットワールドに戻る最後の瞬間まで、人間は学び続けなければならない。そうやって努力したこと、経験したこと、学んだことは魂に記憶されるので、次の人生でも活用することができる。人生の中で、無駄なことは一つもない。

Everything is good for your spirit, whenever you enjoy and try hard.

現代は文明が進んで暮らしやすい世の中になったといわれているが、実のところ、ずっと以前にこの地球で暮らしていた人間には現代の人間よりももっと優れた能力があった。

自然と共存して暮らしていた頃の人々は、動物のことも植物のことも知り尽くしていた。祈りの方法も熟知していた。ナバホの神話に登場する双子の男の子達は、物理的に離れていてもお互いにテレパシーを使って意思疎通が図れていた。 そういった知恵や知識、第六感などは、文明の進歩とともに薄れてしまってはいるが、決してなくなってしまっている訳ではない。DNAにしっかりと刻み込まれているからだ。思い出すことさえできれば、現代の人間達が古代の人々のように暮らすことだって可能なんだ、と。

インディアンネーム ナバホ体験記 

ナバホ国で私自身の Hozhooji ceremony を受けたことがある。 これは beauty way ceremony とも呼ばれるもので、corn pollun road (正しい道)に戻るため必要なサポートをHoly People に祈るための儀式だ。

今回私が行なったセレモニーそのものは2日間。

初日はセレモニーを受ける前の準備としてのクレンジングセレモニー。 セレモニー中はネガティブな想いが一切入ってはいけないため、心と体を浄化しておく必要がある。

昼間は、体の浄化。 ユッカの茎を水で泡立てて石鹸を作り、髪の毛と体を洗う。

夜は、ネガティブな想いをすべて出し切る。これらの不要なものを出し切ってしまい、手放すという作業をする。すべてのネガティブな想いは、セレモニー用のタバコの煙によって、宇宙に戻す。 Hoply People がこれらを浄化させてくれる環。

2日目は夕方から本格的なものになる。最初に患者である私が、このセレモニーで達成したいことを述べる。 その後、メディスンマンがナバホ語で祈りの言葉を話し、それを私が一字一句同じように復唱していく。 これはセレモニーに対するコミットメントのような役割を果たし、「心身を浄化してこのセレモニーに望みます。私はまっさらの状態でこのセレモニーに敬意を払っています。 私に今後必要なサポートをどうぞ与えてください」 というような内容のことを自ら述べる。

セレモニー終盤に差し掛かった頃、私にナバホネームが与えられた。

Toh Bizhool  ateed (mist girl)

霧が太陽の光を浴びるとき、虹が生まれる。 それはすべてが調和できた瞬間を意味し、また調和の美しさの象徴でもある。

私がこの虹を見るときにはいつでも、Holy Peopleからの特別なメッセージがあるときなのだそうだ。